レディオヘッドのフィリップ・セルウェイのソロ作品
Music Sketch 2010.09.07
レディオヘッドのドラマーとして活躍するフィルことフィリップ・セルウェイが、ソロ・アルバム『ファミリアル』を発表しました。驚いたことに全曲の作詞・作曲とも彼がひとりで手掛け、しかも見事なギター演奏も披露。予想以上に繊細な表情を全面に押し出した情緒豊かな作品になっています。8月末に来日公演が行なわれた際に、早速インタビューしてきました。
穏やかな雰囲気で、インタビューに応えてくれるフィリップ・セルウェイ。
――とても繊細な一面を感じさせるアルバムになっていますが、まず、子供の頃はどんな少年だったのですか?
「とても礼儀正しい子だったよ。でも、自分の世界に籠りがちな子だったな。姉が2人いる末っ子で、物静かな子だったんだ。でも、10代の頃は頑固なところもあった。とはいっても、人に不快感を与えるようなタイプではなかったと思うよ」
――でも、子供の頃から籠りがちで、こんなに繊細な音楽を作る人が、なぜ最初の楽器のパートナーとしてドラムを選んだのでしょう?
「違う面も持っているからね(笑)」
――ドラムを始めたきっかけは?
「叩くと音がすぐに伝わってくるとか、近くで聴いた時に感じるものが大きいとか、まずドラムの音にすごく惹かれたんだ。あと初めて叩いた時に、何をどうすればいいのかすぐに理解できて、何か自分にしっくりきたんだよね。たとえばヴァイオリンはいい音を出そうとするまでに2年間ほど掛かったりするけど、それに比べて、ドラムはすぐに自分で叩けたというのが大きかったんだ」
――その頃に憧れたドラマーはいますか?
「スチュワート・コープランド(元ポリス)、ピート・トーマス(エルヴィス・コステロのジ・アトラクションズのメンバー)、トッパー・ヒードン(元クラッシュ)」
――ドラムが好きで聴いていた音楽と、自分の世界に浸るような気分で聴く音楽はかなり違ったのでしょうか?
「そうだね、気分によるね。でも、僕が外交的というか、外向きであったことはなかったと思う。まぁ、元気な時もあるけど(笑)。今回のアルバムに対しては、レイト・ナイト・ミュージックというイメージがあったんだ」
かつて日本に唯一のフィルのファンクラブがあったほど、誰からも愛される性格のフィル。
――レディオヘッドで演奏するようになって、自分のやりたい音楽性が定まったのでしょうか?
「ドラム奏者として、レディオヘッドでは本当にいろいろなことができるし、チャレンジし甲斐のあるバンドなんだ。だから多くの音楽的満足を得ることができるけど、今回自分なりのソングライティングをしてみると、自分には全く違う音楽面があったんだなって、気づかされた。レディオヘッドのドラマーをやっていたのでは出てこない音楽的側面があることがとてもよくわかった」
――このアルバム用としてではなく、ソングライティング自体はいつ頃から始めていたのですか?
「ドラムを叩き出したのと同じ時期だから、14、15歳くらい。でも、ドラムに集中したかったからしばらく書くことを休んで、そしてレディオヘッドを始めたらバンドがどんどん大きくなっていって、ミュージシャンとして求められるものもどんどん大きくなっていったから・・・・・・。ようやく7年前から自分で少しずつ曲を書き始めたんだ」
――ギターで?
「そうだよ」
トム・ヨークでさえ驚いたという、フィルのソングライティングとギターの才能。
――「フォーリング」のように自分の内側へ気分が落ちていくことを歌った曲もありますが、内面を深く追求していくことは曲作りの面でつらくはありませんでした?
「決してその時の気持ちがよみがえってくるわけではないのだけど、その時に感じていたものを正確にどう伝えていくのか、というのが難しかった。正しい表現を見つけていくのがね。それに曲を書いている時に、書いている言葉や、伝えたいこと、そして音楽に自分も心が動かされなければいけないと思っているから、そして自分で何か感じないといけないと思っているから、確かに書いている途中にとてもエモーショナルになってしまう瞬間があった。アルバムを作るきっかけとなった『ブロークン・プロミシーズ』は僕の人生の転換期となった母の死から生まれた曲であり、初めて歌詞を完成した曲なんだけど、う〜ん、確かに感傷的になった瞬間はあるよね」
――前から詩や文章を書くことは得意だったのですか?
「いや。10代の頃は詩を書いていたけど、歌詞に関しては19、20歳くらいから『ブロークン・プロミシーズ』を書き上げるまではほとんど書いていなかった。でも出版社でコピー・エディターという仕事をしていたから、見出しはよく考えていたんだ。だから文章に対しての批評的見方というのは身に付いてしまっている。だから、自分が書くものに対しても厳しい目を持つようになってしまったよ(笑)」
コンサートはヴァイオリンなどオーガニックな楽器も交えて、叙情的に温かく展開。8月26日 渋谷DUO Music Exchangeにて。Photo:Yuki Kuroyanagi
――ドラムという楽器はビートを刻む楽器でありつつも、"おかず"という形で感情を細かく装飾していくことができ、一方、歌詞は感情を記号化していくので、双方の感情表現の手法は異なりますが、やはり言語には苦労しましたか?
「すごい大変だったよ。すぐ出てくる言葉もあるけど、そこから1曲の曲に仕上げていくのにとても時間が掛かったし、何度も何度も書き直した。特に音楽に対してはやはり言葉の響きがちゃんと合うものでないといけないから、すごくいろいろ勉強させられたよ」
――このアルバムを完成させて、充足感他、何か新たな発見はありましたか?
「やり遂げて、説得力のある声、自分らしさを出せたことが大きかった。自分なりの表現を見つけることができたのが良かった。自分について発見したと言えば、自分が思っているほど、自分はいいヤツではなかった」
――それはどこでわかったんですか?
「(しばし沈黙)アルバムの完成を優先させなくてはいけないという目標があったので、自分は自己中心かなって思ったんだ。曖昧な答えかな・・・・・・」
全身白い衣装で誠実に歌う姿には、どこかシェイクスピア劇の俳優のような雰囲気も。Photo:Yuki Kuroyanagi
――先日KTタンストールにインタビューした時に、フィルも参加していたニール・フィン(元クラウディッド・ハウス、フィン・ブラザーズ)主宰のプロジェクト《7 Worlds Collide》でのライヴやレコーディングの経験がとても良かったと話していたんです。
「僕もそうだよ。ジョニー・マーやエディ・ヴェーダー、リサ・ゲルマーノやレディオヘッドのエド・オブライエンなどが参加していたんだけど、僕はこのライヴで初ソロを披露したんだ。ニールに支えられた部分も大きかったし、ここでの経験や刺激が今の自分にとても役立っているのは確かだね」
――刺激や影響を受けやすいというのはいいことだと思いますか? 自分が「こうやるべき」と思っていたら、それは大切にすべきですか?
「正しい人に影響されること。ちゃんと影響されるべき人に影響されることが重要なんだ。で、その対象となる人も重要だけど、確かに自分の判断や自分の声、自分らしさということに、しっかり自信を持つことだ。レディオヘッドはずっとそれらを追求して来たわけだけど、ただそれだけでは自分たちから生み出すものが繰り返しになって、自分たちが作り出す円が小さくなってグルグル回ってしまう。だから、外の影響に対して常にオープンにしているということで、自分たちを進化させてきたんだ」
――では、フィルが一番影響されていない核の部分は何なのでしょう?
「ワ〜オ、ビッグ・クエスチョンだな。(長い沈黙)自分の直感に従って行動して来たということが、結果的に常に正しい答えに自分を導いてくれていた。直感に従うことが正しいことだと、科学的には証明されているんだけど、自分ではこうしようと決めた時は、それが正しい道に導いてくれるとは思っていないけれど、結果的に自分の直感を信じることで、いい結果をどんどん出してきたんだ」
幸せそうな家族の底辺に潜むものを象徴したかったというアルバム『ファミリアル』のアートワーク。
*To be continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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