コトリンゴによる、邦楽カヴァー・アルバムの魅力
Music Sketch 2010.09.30
カヴァー・アルバムのリリースが相次ぐ昨今。しかし、バークリー音楽院に留学し、のちに坂本龍一氏に見出されてデビューしたコトリンゴさんの場合は、とても独創的。発想の柔軟さと浮遊していく柔和なヴォイス、坂本龍一氏も驚嘆するほどのピアノテクニックによって、新たに楽曲の世界を構築していきます。たった8曲ながら中身の濃さで聴かせる初のカヴァー・アルバム『picnic album1』について話を聞きました。
いつ会っても、必ず優しい表情のコトリンゴさん。
――カヴァー・アルバムを制作しようと思ったきっかけは?
「オファーがあったので(笑)。今までは好きな曲をカヴァーするのは神聖なものに手を加えるような気がして、すごくイヤだったし、ちゃんとできるかという自信もなかったからやっていなかったんですけど。あとは自分の曲をやっていたほうが、何にも干渉されずにできるし(笑)。でも今回話をいただいて、好きな曲だったら、ちゃんと愛をもって取りかかれるかな、と思って」
――なかでも絶対に取り上げたかった曲はどれですか?
「クラムボンの『シカゴ』。日本のポップスでは小沢健ニさんが好きだったけど、日本の音楽をそんなに知らずにアメリカへ行ってしまい、たまたま帰国した年に『シカゴ』の"病み上がりヴァージョン"をTVでやっていて、すごくカッコいいなと思った。それでクラムボンのアルバムを買って、ずっと聴いていて、クラムボンさんが日本のポップスにまた興味を持ち出す入り口になっていった感じですね。ぜひやりたかった」
――Superflyの志帆さんが、洋楽のカヴァー・アルバムを制作したのですが、その時に「女性が歌う作品をカヴァーすると、歌い方が似るような気がしたから、男性シンガーの曲を多く取り上げた」と話していましたが、「シカゴ」に関しては似ることに不安はありませんでした?
「この曲は本当に良く聴いていて、歌詞もメロディも自分の中に1回入っていて、そこから出てきたものなので何も意識しないでできたけれど、逆によく知らなかった『ノー・サイド』(松任谷由実)や『う、ふ、ふ、ふ、』(EPO)の方が、どうしようかと考えましたね」
おっとり話しますが、メールの返信やピアノ演奏など、指先の動きは迅速です。
――1曲目はフリッパーズ・ギターの「恋とマシンガン」。イントロからして、コトリンゴらしい展開で。フリッパーズの曲って独特の世界観があるのにもかかわらず、それを壊さないようにして実験的に展開していますよね?
「『GROOVE TUBE』もやりたかったんですけど。この曲は出だしをちょっと分解したんですよね。先にピアノと歌は録れていたので、できているものにリズムトラックで□□□の三浦康嗣くんに加わってもらった。あとは、ちょうどWカップをやっていたので、私の中のアフリカが加わっていて(笑)。他に拡声器を使ったり、足踏みオルガンを借りてきたら楽しくて、結構使ったんですよ」
――スピッツは「渚」。
「高校生の時ですね、『ハチミツ』というアルバムがすごく好きで、カセットに入れてよく聴いていて、ちょうど進学を決めるのに東京によく行く時に聴いていました。『渚』の原曲の打ち込みの音がすごく好きで」
――草野正宗さん、この曲はシーケンサーで遊びながら作って、なんとなくできたみたいですよ。
「そういうのをピアノでやれたらいいな、と思って」
――斉藤由貴さんの曲「AXIA~かなしいことり」は知らなかったです。すごく良かったです、銀色夏生さんの作詞作曲も。
「初めて買ってもらったCDに入っていた曲。小学校1年の時にCDが普及しはじめて、"CDコンポを買うから好きなCDを買ってあげるよ"と、親に言われて。ちょうど『スケバン刑事』がTVで流行っていたので友達が見ていて、私は見ていなかったけど、そのCD買えば一緒に友達と聴けると思って、"これがいい"って、お父さんに持っていったら、ジャケットが邪悪な感じだったから"えっ、スケ番になりたいの?"って驚かれて(笑)」
――それは驚くわ(笑)。
「子ども心にお父さんを心配させちゃうと思って、それでいろんな人が入っているコンピレーションにして、それにはおニャン子クラブや、堀ちえみさんの歌が入っていたんですけど、そのなかでこの曲の雰囲気がいちばん好きだった。でも大人になってからちゃんと見たら、何だこの歌詞は!?っていう。結構ドキッとする。こういう歌詞ってあんまりないな、と思ってすごく新鮮だったのと、切ないとは違って、強気なのに弱気なのに、ずるいのかなんなのかっていう。別に辛いことを歌いたいわけじゃないですけど、絶妙な歌ですよね。シンプルな構成だったので、ピアノに変化を付けていかないと行けないのかな、と」
――"ことり"が入っているのは偶然?
「偶然、偶然(笑)」
インタビューは、表参道のNid Caféで。
――「悲しくてやり切れない」(ザ・フォーク・クルセダーズ)は最初に聴いた時に耳に残りました。
「結構はじめにできてやりやすかったです。これはスタッフから提案されて、私も好きな曲だったので、すんなりと」
――次は、YMOの「以心電信」。
「これはやりにくかったです(笑)。YMOでは『ONGAKU』か『以心電信』をやりたくて、先に作り始めてしまったのが『以心電信』。最初は8ビートを刻んでるだけのパターンにしようかと思ったら、ASA-CHANG独特のパターンで攻めてきてくれたので面白いことになって、ゆったりした感じとせわしない感じが入り乱れているのが自然にできた」
――アレンジをやっていていちばん楽しいのは?
「アイデアを思いついた時は楽しい。だいたい名曲ってメロディがしっかりしていて骨組みが出来上がっちゃっているから、他を自由に変えられるし。この曲は歌メロはそのままで、コードもだいぶ変えました」
――それは面白い。
「だいぶヘンなコードにしたから(教授に)怒られないかな、と思って。メジャーな曲だとすっと変化を付けやすいから」
――ジャズを学んでしまうと、多様なハーモニーを付けやすいし可能性が広がるから、逆に"コレ!"というものが決めにくくなるのでは?
「確かに学校へ行ってアカデミックなものをちょっと知ってしまうと、いろいろやりたくなってしまう。でも結局いちばんシンプルなものがスッと来るし、いろいろ変えてもあとで聴き直していく時点で、"これはちょっとカッコ付け過ぎている"って言われちゃったら直してしまいますね。ジャズのハーモナイゼーションは、メロディの音が入っているコードをいろいろ探して変えていく。そうすると曲全体がちょっと真新しくなっていくという感じで・・・・・・、そう言うのがカッコいいと思う時もあれば、シンプルな方が美しいと思ったりするし」
――大橋トリオさんが、"ジャズをやっているかはどうかは、コード感の遊びが入ってくるからすぐわかる"って話していましたね。
「最終的には自分の判断ですけど、そこで気をつけないといけないのは、いやらしく聴こえちゃうとイヤだから。だからいちばん迷ったのは『以心電信』ですね。
コトリが大好きなのと、毎日リンゴを食べていたことからついた名前。実際に小鳥を飼っています。
――「う、ふ、ふ、ふ、」は意外でした。
「この曲も薦められて。YouTubeを初めて見た時は衝撃だった。Epoさんのハツラツとした感じが私にはないなと思って、このテンションをどうしようかと思って。いろいろ考えたけど、"う、ふ、ふ、ふ、"というものだけを取って、あとはノンキに、と思って(笑)。"う、ふ、ふ、ふ、"って歌うのもステキだと思いました」
――この曲はCMでビールの競合会社同士が使っていたり、今でも大人気なんですよね。まさに80年代という時代を感じさせる歌だと思います。「ノー・サイド」は現実&情景描写がしっかりなされていて、歌詞にファンタジーが入っているコトリンゴが歌うのが新鮮でした。
「以前『ひこうき雲』をカヴァーしていたことがあって、"ユーミンの曲を何かやりたいね"ってなって、この曲を薦められて聴いてみたら、風景がすごく浮かぶから気に入ったんです」
――ラグビーがテーマで肉食系の歌だったから、何か意外だったんですよね。
「どうでもいい話なんですけど、高校の時の彼氏がラグビー部だったので、感情移入しやすかったんです(笑)」
(スタッフ)「意外とマッチョなのが好きなんですよ(笑)」
――カヴァーに自分の個性を出していく中で意識する点は?
「これは3拍子にしたことですね。途中までやって、"やっぱり、ないな"と思うこともあるけど。これは校庭の寂しい感じとか、3拍子が好きなこともあるけど、悲しいワルツにしたくて。自分にはしっくりきたと思う」
――自分の佇みやすい映像がどの曲にもあって、その映像のBGMになるような曲を作っていった感じ?
「そうですね。あと『悲しくてやりきれない』も、私に見える景色があって、それに合うイメージにしたくて」
――カヴァーの場合、メロディは既に決まっているので、リズムとハーモニーのどちらから攻めるか?ということになりますよね?
「ハーモニーって、私にとって色なんです。それは気分にもつながっている気がしていて、感情とか。上原ひろみさんは、子どもの頃に習っていた先生の方針で、楽譜の小節を全部色分けしていったらしい、感情を表すのに色を使っていったらしいですよ。そういう感覚的なことをやっていた、と話していました」
――でも、それはわかる気がします。共感覚に通じる部分ですね。この後に、洋楽でカヴァー・アルバムをもう1枚作るそうですが。
「はい。でもその前に映画『くまのがっこう~ジャッキーとケイティ』のインストのサントラと主題歌をやらせていただいたので、それが出ます。あと『BECK』のピアノだけのサントラもやりました。これは監督の要望がきちっと決まっていて、最初に教授の曲が全部サンプルで入っていたくらいで(笑)。最近はインストが楽しいですね。ジャズを1回やめてから、"私にはどうかな?"と思ったけど、やっぱり楽しい」
『picnic album1』。もちろん、オリジナルのアルバムもオススメです。
CDのアートワークから感じられるように、まさにピクニック気分で爽やかに浮遊できる『picnic album1』。愛されてきた名曲を、独自の感性と卓越した才能、そして遊び心ふんだんに調理していく、コトリンゴの音楽世界が広がっています。UAの『KABA』もそうでしたが、ガラッとアレンジを変えたからこそ、両極に対比するような原曲の魅力もカヴァーの魅力も堪能できるのだと思います。
*To be continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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