tricot アジアツアーに行ってきました(シンガポール編)
Music Sketch 2014.03.27
マレーシア編に引き続き、tricotのアジアツアーのシンガポール編です。tricotは8日の台湾公演からスタートし、11日の香港まではわりと日程に余裕があったものの、東南アジア特有の暑さを持つマレーシアにライヴの前日12日に入った以降は、過密スケジュールに。ライヴのあった13日は会場の片付けを終え、食事する間もなく深夜2時にホテルへ戻り、翌14日朝は5時半に空港へ向かってホテルを出発。しかもシンガポールは1泊のみで、演奏した翌朝15日にはフィリピンへ向かい、当日にライヴを行わなければならず、気候や環境の変化の中で体調を崩して点滴を打ったメンバーもいたそう。
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シンガポールの会場で、絶妙なトークで笑いを取る、中嶋イッキュウ(Vo&G)。奥はヒロミ・ヒロヒロ(Ba&Cho)。Photo:Yuji Sakatani
ライヴ会場のHome Clubは観光客にも人気のあるボート・キー(Boat Quay)のエリアにあり、普段は若者が集っているクラブ。流れていたのはUKロックが多く、選曲センスの良さを感じたし、オープニングアクトの地元のバンド、7 night at seaの演奏もとても良かった。この後の回でシンガポールの音楽事情についてコラムを書くけれど、イギリスの植民地であったこともあり、また東西貿易の拠点として発展してきたせいか、レコードショップを回ってみても各国の音楽の入り方のバランスが良く、それが音楽センスにも繋がっている気がした。
とはいえ、この日は金曜の夜でもあり、賑やかさのノリがライヴ会場のそれとは違った。女性メンバーが中心となった日本のバンドtricotに興味はあるもの、飲みながら音楽を楽しみたいという客が多いようで、マレーシアの時の"早く始まってほしい、早くtricotの演奏を目の当たりにしたい"という歓待ぶりとは違う温度があった。しかも、今回もステージの形状から中嶋イッキュウがセンターに立つことに。前日のマレーシアでの終演後、komaki♂は「ベースアンプがいつもより遠くにあったので聴こえにくかった」と話し、中嶋イッキュウは「ドラムの音ばかり聴こえた」と話していたので、ただでさえPAスタッフが慣れていないところにセッティングの違いもあり、この夜も音響に関して不安が募った。実際、いつも以上に音作りに慎重に成らざるを得なく、リハーサルを3時間もやったそうだ。ライヴは一期一会、せっかくtricotを観に来てくれた人たちを魅了するために、もちろんバンドは200%全力投球だ。

クラブの入り口にはこのようなポスターが。
曲順はマレーシアと同じで、「POOL SIDE」から「POOL」に移り、イントロで一瞬ギターのアルペジオで静まった時に、「tricotです、今日はよろしく〜」と中嶋が挨拶し、歓声が沸く。とにかくギターもベースもドラムもヴォーカルマイクも音が悪くて歌いにくそうな中嶋だが、ぎっしり入っている観客の大部分である男性は、ステージのフロントに並ぶ女子3人のパフォーマンスに釘付け状態。ベースソロから手拍子となり、「おもてなし」のギターのイントロが始めると、再び歓声が上がる。シンガポールではまだCDは発売になっていないものの、やはりYouTubeに上がっている曲はチェックしている様子。いいタイミングでヒロミが「シンガポール!!!」と叫ぶと、そこでも歓声が上がり、会場はすぐにtricotのペースになった。
最初のMCでは、海外でのライヴに慣れてきた中嶋が「Thank you. Hello,こんにちは。We are tricot from JAPAN」と挨拶すると、熱い絶叫が。「Thank you for coming today」と答えると、「英語がうまい」と男性が日本語で答え、会場に笑いがこぼれる。ここから「3.14」へ移り、"大変だ〜"の歌詞について説明。そのコール&レスポンスを観客に練習してもらいながら、「Thank you. Let's go!!!」と中嶋、続くキダのシャウトでカッコよく曲に傾れ込む。このあたりは勢いでハイテンションのまま進むが、残念ながら未だ音が悪い。ドラムのモニターの音が大きいのか、全体のバランスが悪く、見ていて心が痛むほど歌いにくそうだ。
2012年4月にアップされた「G.N.S」のミュージックヴィデオ。
しかし、ここから驚くことが起こる。続く「G.N.S」は繊細なギターに乗った中嶋のウィスパーヴォイスから曲がスタートするのだが、歌にコンプレッサーやディレイといったエフェクトが掛からない分、彼女は自分のヴォーカルに絶妙にビブラートを掛けて伸ばしていく。"幻想"をテーマにしたこの歌、言葉を短く切って聴かせる箇所がある一方で、一瞬にして心の視界が開けるかのようなサビのフレーズでは"夢だって覚めれば幻 せめてその中で落ち合って 夢だって覚めなければ現実でしょう? 君と"と、強く歌い、しかも今までとは違う、喉の奥からというか、お腹の底からビブラートを効かせて歌い上げているような声が響き渡り、感動してしまった。
演奏中に2人のスタッフは所狭しとステージ上や脇を動きながら、PA担当者に懐中電灯で合図を送って音響の指示を出し、インプロバイゼイションから「夢見がちな少女、舞い上がる、空へ」に移るあたりでベースの音がはっきり聴こえるようになり、曲がぐっと引き締まっていく。このあたり、とてもスリリングで、tricotという特急列車のステージに乗っている間にスタッフがエンジンを修理しているような、時間との戦いのような錯覚さえ感じた。中嶋の喉がつぶれないか心配なほど、ノイジーなサウンドに立ち向かうように歌うが、その熱さがさらに観客を興奮させていく。ただ、マレーシアの観客はtricotに同調するかのように楽しんでいたが、シンガポールの観客は騒ぎたいがために来ている客もいて、そのあたり「アナメイン」のようなコーラス重視の曲ではパフォーマンスしにくそうな気がした。
すでに閲覧回数が100万回!!!を超えている人気ナンバー、「爆裂パニエさん」。
次のパートのMCでも、観客は叫び過ぎ。しかしこんなハードスケジュールの中でも、中嶋はリハの前にkomaki♂やスタッフと観光名所であるスカイパークに足を運んでいて、英語と日本語をミックスして話し、時には高い場所が怖いことをジェスチャーで表現して笑わせ、客との距離を縮めていく。
面白かったのは、ヒロミ・ヒロヒロを指して、「彼女の年齢は何歳だと思う?」と英語で聞いた時。「eleven」「ジュウロク」という声も飛び出して、思わずヒロミがチューニングの手を止めて「I'm 25 years old!」と答えたほど。中嶋も「She can drink alcohol」とフォロー。シンガポールでもMCタイムは笑いが絶えない。

3月11日の香港公演では、中嶋は香港で購入したTシャツを着て演奏。こんなちょっとした気配りが、ファンには嬉しい。Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
「art sick」のような静かめのバラードではまだ音が気になるが(特にドラムのモニターから返ってくるハイハットのノイズ)、その分、中嶋が1つ1つの言葉の余韻を、まるで水彩画で描いていくかのように丁寧に歌っていく。たった1日で歌い方を修正してくる技術と気持ちの強さは、本当に絶賛ものだ。そしてこの曲に限らず常に進化し、いろいろな表現で魅了してくれるから、tricotのコンサートに毎回のように足を運びたくなってしまうのだ。続く「swimmer」も、キダの水面を思わせるアルペジオのイントロからゆったりとスタート。このあたりからスタッフやメンバーの調整が行き届き、音響がかなり良くなり、細やかな音遣いから瞬発力の強いダイナミズムまで自在に具現化されていく。
「おちゃんせんすぅす」の話では、観客は中嶋のTwitterをチェックしているのか、彼女が大好きなピザをこの日も食べた話をしたら、大ウケ。終盤はいつものように踊れる怒濤のナンバーで展開され、アンコールでは中嶋の「Clap your hands!!!」の掛け声からキダの誕生日を会場全体で歌い、「おやすみ」で幕を閉じた。
この日も大変盛り上がったけれど、お酒の勢いからか、曲が最後まで終わらない前に会場から声が上がることがあり、tricotは1つ1つの曲にきちんとした世界観を持つだけに、伝わり切らず、惜しい気がした。とはいえ日本から持ってきたCDは完売、サイン会にはCDに加え、Tシャツを購入したファンまで並び、写真撮影は集合写真1枚で終えるはずが、結局1人1人個別にファンに囲まれてしまい、一瞬収拾がつかない状態になってしまった。特にキダ・モティフォとヒロミ・ヒロヒロは相当疲労が溜まっていたにもかかわらず、最後まで笑顔を絶やさずファンに対応していて、どんな環境でも諦めずに最善を尽くす演奏同様、このファンを大事にする気持ちが、次のツアーへときちんと繋がっていくのだと確信した。

3月15日のフィリピン公演の様子。会場には、tricotの文字をTシャツに書き込んだ熱狂的なグループまでいたそう。Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
バンドは次の日にはフィリピンへ発ったけれど、機材が希望していたものと違い、また会場の音響システムにも馴染めなかったハードな2公演で、自分たちの音楽を最大限に引き出すためにここまで修正できたのは、本当に圧巻だと思った。そして、凱旋公演として3月20日に超満員の観客を前にした赤坂AXでのライヴ・パフォーマンスは、さらに違うレベルに到達した演奏になっていて、急成長しているバンドの凄さを目の当たりしてしまった。
昨年4月にリリースした1stシングル「99.974℃」のMV。ライヴで盛り上がる曲の1つ。
残念ながら3月27日の大阪でのワンマンライヴを最後にkomaki♂は脱退してしまったが、tricotは今夏、セルビアで開催されるヨーロッパ最大級のロックフェスティバル「EXIT FESTIVAL」をはじめ、ハンガリー、チェコ、スロバキアの計4ヶ国の野外フェスに招待されている。快進撃は止まる所を知らない。
tricotのHPはコチラ→http://tricot.tv/
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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