ねごとの傑作『VISION』までの軌跡、そして初ワンマンツアー(後編)

後半では3枚目のアルバム『VISION』の制作に向けた話を沙田瑞紀にインタビューしながら、現在続いている全国16カ所の初ワンマンツアーについてもご紹介。
前編はこちら≫

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4月5日の仙台公演の前にサウンド・チェックをする沙田瑞紀。24歳。


■ 冒険の第一歩となった両A面シングル

『VISION』を発表する前にリリースされた両A面シングル『アンモナイト!/黄昏のラプソディ』は、シングルでは初のミドルテンポ、初めてラヴソングと打ち出した曲になった。2曲ともメロディと歌詞が先にできていたので、歌を活かすためのコード選びをはじめ、各楽器も棲み分けするようにアレンジ。そのため、一度聴いただけですんなり入ってくる。

世間のこの2曲への評価が、さらに彼女たちの背中を押した。
「音楽で冒険できる可能性を1回見てみたくてこの2曲を出したところ、新しい風が吹いていることを感じてくれる人が結構いて、ちょっと勇気をもらえたんですよね。曲に対して瑞々しい音が入るかどうかが一番重要で、触り心地のいいものにしたかったんです。特に『黄昏のラプソディ』は横ノリなんですけど、意外と楽しんでくれる人がいて。そこからもっと大冒険したのが『VISION』。どんなリズムでも楽しんでもらればいいと思ったし、どんなノリでもいいから身体を揺らしてもらえて、手を叩くとか手を挙げるとか別にいいから、もうその空気に乗っかれるような楽曲であればいいなと思って」

両A面シングル「アンモナイト! / 黄昏のラプソディ」

■ セルフプロデュースで、"曲の面白さ"を追究

結果、『VISION』には多様なアイディアが詰まっていて、イントロが流れ出すと同時に"この曲はどうなっていくのだろう"というワクワク感に溢れ、しかもドラムを筆頭にAメロBメロと同じアレンジがないほど懲っているにも拘らず、親しみやすいポップ性に満ちた内容になった。短期間でここまで良い曲が多くできた魔法は何だったのだろう。

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沙田の自宅にある作業部屋。手前のCDJ機器などオーディオに囲まれた場所で、ノリを意識するため立ったままで曲のアイディアを練るという。Photo:Mizuki Masuda

「『VISION』は凄く吹っ切れているし、そもそも自分たちのテンションが全然違った(笑)。"曲の面白さ"にフォーカスしつつ、今回のテーマはノリとグルーヴを出すことで、自宅で作業する時もリズムを意識するために立って作業していました。どういうノリなのか、この一瞬の止め際はどこなんだろうとか、そういう些細な部分も "どこが一番気持ちいいんだろう"とメンバーと相談しながらやっていましたね」

セッションから完成した「GREAT CITY KIDS」では、澤村のドラムに合わせて沙田が全体のアレンジを変えるなど、細部まで徹底。また、音を足して構築した『"Z"OOM』に対し、『VISION』ではメロディを活かすアンサンブルに徹したため、各パートの棲み分けを明確にし、逆に引き算を意識。その結果、各楽器のフレーズや音のこだわりを前面に出せるうえに、役割分担の流れを心地良く体感できるようになった。セルフプロデュースから生まれた曲どれもが、"ねごとの音楽の魅力"を充分に把握した上で制作されているのがわかる。

卓越した技術とセンスを誇る澤村も、「メロディが自分のレコーディング前になかったりすると好き勝手やっていい状態だけど、今回は歌詞もあったのでイメージしやすかったし、今回はまずそんなに難しく聴こえたくないなという気持ちがあった」と、先にバンドで取材した時に話していたほど、演奏が歌に寄り添っている。

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澤村小夜子(Dr)。GLAYの5月発売のシングルの「微熱Ⓐgirlサマー」に大抜擢され叩いているほど、評価の高いドラマー。@仙台enn 2nd


■ DJ経験からアンダーワールドが刺激になった「endless」

なかでも今後の代表曲となるであろう、「endless」が感動的だ。1度聴いただけで覚えてしまうサビに、最後にやってくる大サビの爽快感はライヴの爆音で全身から浴びたくなるほど。

「これは、最初に幸子から"エンドレスキス、宇宙のキス"というフレーズをもらい、リフレインしている曲のテーマみたいに聴こえたから、その先にもっとワッ! とくる何かがほしいと感じて、大サビを流れで作ってみたんです。アイディアの背景でいうと、一昨年頃からDJを始めてテクノの魅力について考えていた時にアンダーワールドを聴いていて、じわじわアゲて高揚感が生まれていって、最後に花火をバン! と打ち上げるのが凄くいいなと思ったんですね。私はそれまで短い曲が好きだったんですけど、最後まで飽きずにワクワク聴いてしまう曲を作ってみたくなった。そこから自分たちのアプローチの仕方も構成もいろいろできるようになった気がしますね」

「endless」

■ 型に嵌らないアイディア豊富な作曲法

「endless」のイントロで聴かれる不思議なサンプリング音は水の音を使ったもので、宇宙の浮遊間を想起させるかのように曲のあちこちに鏤められた。「透明な魚」では沙田のデモにあったイントロのリズムから、「みんなで手拍子したり歌ったりできたらいいね」という話になり、そこからメロディと歌詞を付けていった。曲作りの話を聞いていると、まるで絵を描くように変化していく美しさを含む発想で、自在にフレーズが生まれてくるようだ。

「私は高校の時はフィッシュマンズが凄い好きだったので、ねごとに近い音楽をあまり聴いていないんです。その頃はプログレだとキング・クリムゾンやイエスも聴いていて、構成を決めてからはみ出していくという、そのバランスとか関係性が凄く面白くて。ブラーやレディオヘッドも好きだし、トーキング・ヘッズはMGMTから知りました。もう本当にいろんな音楽を聴いていました」

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沙田瑞紀(G)。「今まで作曲するためにギターを使っていた気がしたけど、今はギター自体も大好きになった」。@仙台enn 2nd

『VISION』は、初心に返って曲を作ったらどうなるか、自分の原点から掘り起こしてテーマを作るなど、みんなでアイディアを出しながら繋いでいった感じだったという。

「いつ聴いても"いいな"と思う、根本的に好きな楽曲ってありますよね。なので『エイリアンエステート』でいえば、"レディオヘッドの1枚目や2枚目の頃のちょっとがさついているサウンドって、どういう秘密があるんだろう"って考えながら音にこだわって。『コーラルブルー』は"そもそもの自分たちのイメージ、1枚目のアルバムの時の爽やかさを今やったらどういう響きになるかな"って、コードも当時使っていたものをチョイスしてみて作っていったんです」

つい先日デンマークのアート系バンド、MEWに取材した時も、彼らもアイディア豊富な作曲法の源について同じような話をしていた。作曲の手法は人それぞれだが、時には「1番だから2番だから」といった、きっちり曲構成にこだわることもしないねごとの自由な楽曲は、海外のバンドからも感想を聞きたくなるほどだ。音楽好きにはたまらない、聴けば聴くほど発見の多い『VISION』になっている。

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藤咲佑(B)。小柄ながら、今回のツアーから5弦ベースを使用。バンドリーダーとしてライヴを締める。@千葉LOOK

■ 現在ワンマンツアー中。さらに輝きを放つ『VISION』

彼女たちは、現在3月24日から全国16カ所で初のワンマンツアーを開催中。私は共にソールドアウトになった初日の千葉公演と6本目にあたる仙台公演を見たが、驚くほど成長を遂げた蒼山の歌唱力やパフォーマンス力が牽引するかのように、団結力の高まった演奏も進化して凄いことになっている。多彩にタムとシンバルを操る澤村をはじめ、タイプの違うギター3本を曲に合わせて次々と持ち替える沙田、5弦ベースから音域の広いフレーズを奏でる藤咲。しかも、音源からの予想を超えた変幻自在なコーラス!!!には歓喜を覚えるばかりだ。まさにライヴバンドとしての真骨頂を発揮する。

「endless」を筆頭に、独自のグルーヴで揺らす「GREAT CITY KIDS」や「透明な魚」など、ノリをテーマにした『VISION』の曲はどれもライヴ映えし、生演奏によって曲の世界観を可視化するようにさらに何十倍もの輝きを放つ。先に紹介した「nameless」や「シンクロマニカ」もハイライトシーンとなり、初期のヒット曲ではイントロから歓声が上がる。4人のゆるいキャラが伝わるMCや観客との一体感を含め、2時間にわたって音楽に浸ることができるのだ。アンコールも毎回楽しみで、仙台では突然、沙田がベース、蒼山がドラム、澤村がギター、藤咲がヴォーカルを担当して「ループ」が始まるサプライズに、超満員の観客が沸いた。

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蒼山幸子(Vo&Key)。『"Z"OOM』以降、発声が変化し、フロントマンとしての意識も高まり、ライヴでのバンドの見せ方が大きく変わった。@千葉LOOK

今回、歌詞の魅力について書くスペースがなくなってしまったが、歌詞の多くを手掛ける蒼山が、バンド取材時に次のように話してくれた。
「私は"これから先どうなっちゃうの?"って展開していく可能性、未来のあるものに惹かれるし、その未知の感じには楽しさもあると思うんですね。今のバンドシーンには、たとえば自分の内面を全部吐露した歌詞を書くものが多い中で、私たちの曲は空間や時間が広がったり、歌詞も謎めきやロマンを感じるものが好きで、それは音楽の楽しさであり可能性だと思っているんです。そういうものが"ねごとだったらできる"とバンドを組んだ時から妙な確信があって、しかも自分1人じゃ見えない景色が4人でやれば見えるから、それが楽しくてやっています」

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最新アルバム『VISION』

『VISION』は子供たちにもどんどん聴かせたいほど想像力も創造力も培われる音楽だし、歌に演奏に思いを込めたステージは回を重ねるごとに宇宙感が増して、楽曲、演奏する彼女たち、そして音楽そのものに感動して、思わず涙腺が緩むことが幾度もあった。近い将来MEWやフェニックスのようなバンドと対バンしてほしいくらい、今の4人は躍動的だ。ねごとが生んだ曲たちが最終公演の6月7日(日)Zepp DiverCityまでにどう進化していくのかとても楽しみだし、音楽が好きでたまらない音楽ファンのみなさんには、是非この機会にねごとのワンマンライブに足を運んでほしいと思う。

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ライヴでは、エモーショナルな演奏を展開するねごとの4人。仙台でのアンコールの様子。

『3rd ALBUM「VISION」 -digest- edited by Mizuki Masuda』


ねごとのツアー日程はコチラ→ http://www.negoto.com/
各会場には女性と子供専用のエリアが設けてあり、小柄な人でも見やすくなっている。


*LIVE PHOTO: 半田安政(Showcase) (3月24日@千葉LOOKと4月5日@仙台enn 2nd)

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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