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彼女はカモミールティーが大好きで
僕はカモミールティーが大嫌いだった。

おとこのて。

彼女から6つ目のメールが届いたのは
夜の21時頃だった。
おそらく彼女はもうお風呂に浸かっていて
いつものようにあの綺麗な鎖骨を
湯船から少しだけ出し、気持ちよく浸かりながら
考えたりしてこのようなメールを
送ってきたんだと思う。

メールを送ってくれるということは
きっと僕のことを考えてくれているからであって
だけどそれを僕は鵜呑みにはしてはいけないと
2週間前くらいから気付き始めた。

彼女に出会う前から僕は言葉を書いていて、
でも今思えば書いているつもりでいたのかもしれないと思う。僕にとって書くということは、未来を自分の言葉で描けることと同じだった。でも今書いていて少し格好つけている自分に違和感を感じてしまったので、正直に言うことにする。本当の本当は自分という存在を感じることができるから書いているだけだ。自分の存在を確認できているような気になって、誰かのために言葉を書いているようなふりをしていても、自分のためにだけ書いている。自分が少年時代に理想としていた"男"とは随分とかけ離れている。こんなことでしか自分の存在を確認できない女々しさがあることは誰も知らない。だから自分にも嘘をついている。言葉で本当の自分をごまかし続け、言葉に頼りきってそれなりにいい年齢を迎えている。同じ道を辿っているような、その道をもう何周もしているような、なにがその先に見えるか予想しなくても分かっているような道、見慣れすぎた道を歩くことにもう随分と飽きている。そんな繰り返される道の途中に突然彼女が現れた。僕の顔を見るなり前からもう出会ってる人に微笑むように優しく微笑んで、黄色い花のような彼女に僕は戸惑いながらも微笑み返した。

緑に囲まれた彼女の家は玄関を入った瞬間にカモミールの香りがする。色で言うとくっきりとした輪郭のある黄色に柔らかなベージュが混ざったような雰囲気だった。そしていつもいつも彼女はカモミールティーを出してきた。

「私ね、カモミールティーが大好きなの」

その言葉を何度も聞いた。彼女はその言葉をいつも初めて言うような顔をして。もしかしたら言ったことを忘れているんじゃないかと思う。彼女は本当に大好きそうな顔をしていたし、僕は彼女が傷つかぬよう僕も初めて聞いたように頷いた。そしてそのたびにこの人とこれからもずっと一緒に居たいと思った。今思えばそれはすごく安易なことだったと思う。

彼女はカモミールティーを飲みながら
僕に突然言ってきたことがある。

「ねぇねぇ、言葉ってさ、書く時点でね、言葉のパワーは小さくなってるんだよ♪知ってたー?」

彼女は木の椅子に座りながら僕の方を見つめて、初めて会った時と同じように微笑みながら犬を抱いていた。その犬は彼女とは全然関係のない方に顔を向けている。

言葉のパワーって一体なんなんだ。
書く時点、書く時点。
彼女の言ってることが、分かりそうで分からなかった。それよりもなによりも彼女の顔を見るたび可愛くて、彼女が何を言っていても、「可愛い。」この一言で完結してしまう自分がいて彼女の言った言葉の意味は何処かに消えてしまった。

男がただのばかなのか、僕がただのばかなのか。
たぶん僕がただのばかだった。

「今度また読ませてね。」

さっきまで笑っていた彼女の目は、寂しそうな目に変わり、僕の方をちらりと一瞬だけ見てカモミールティーをまた一口飲みながら少し微笑んだ。

僕はなぜか分からないがこの時から彼女のことをとても遠くに感じ、無性に寂しくなってしまった。
同時に彼女は僕のことを必要としてくれたような気がする。でもやっぱり彼女はとても遠いところにいる気がした。その感覚が僕の中から抜けていくことは、今思えばあの日からだと思う。

彼女と過ごす最後の日になるつもりがなかった最後の日の夜、

「ねぇねぇ言葉っていうのはね、伝わらないと
意味ないんだよー。」

彼女の右手にはカモミールティーだ。
いつもと同じで、いつもと違うのは彼女だけだった。
彼女は本当につまらなさそうだった。

彼女を失うつもりもなく安易にあの事で僕は失って、僕は自分のために書いていたはずの言葉も書けなくなっていて、僕は自分のことを感じられずにいる、もう何日も紙を目の前にして右手にペンだけを持っていた。

そして余白しかない紙を見ながら
僕は彼女を思い出していた。
この余白の中にあるもの
ここにこそ言葉が存在してるのかも
しれないと思った。彼女と過ごした感情は
言葉にできるほどのものではなかった。

「ねぇねぇ、言葉ってさ、書く時点でね、言葉のパワーは小さくなってるんだよ♪」

彼女という日常を失って初めて彼女の言った言葉の意味が分かってしまった。でも結局のところ僕は今、言葉にしている。

結局のところ彼女への思いを言葉にして
僕は自分の存在を確認しようとしている。
言葉にすることでしか消化できない僕の足りなさに、僕はまた足りなさを感じている。

どこまでも自分が物足りなかった。
彼女がいなくなった今彼女を感じれるのは
寂しそうな顔をしたカモミールティーだけだった。

今日もカモミールティーを飲む。
今となっては僕の日常で本当のところ
僕はカモミールティーが大嫌いだ。
花畑に強制的に居されられるような
気がしてならないからだ。
でもその黄色い花畑でしか
彼女には会うことができない。

「今度読ませてね」
花畑の向こうからそう言われているような気がしてしまう自分は、あほでばかでまぬけで単純だ。

僕にだけ微笑んでくれる君に会いたい。

彼女はカモミールティーが大好きで
僕はカモミールが大嫌いだった。

おとこのて

モデルとしてメディアで活躍する一方、彼女の中から生まれる独自の言葉を作品にし、詩集やエッセイ、写真、音楽、ジュエリーなど、形を変えて“表現”の幅を広げている。@loveli_official

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