あなたが僕は真っ白だっていうから

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あなたが 僕は真っ白だっていうから
わたしはその雪を少しだけ信じて食べてみた
味はさらさらとして結構おいしかった

あなたが僕は真っ白だっていうから
わたしはその雪の中に飛び込んでみた
ふわふわとしてすごく暖かい気持ちになった

あなたが僕は真っ白だっていうから

「おとこのて」

僕たちにとって付き合ってから初めての旅行。まだ東京も寒かったけど、なんとなく春の気配は感じていた。1カ月前の土曜日、昼まで適当に寝て、「どこ行くー? ファーマーズマーケットでも行こうか」「そうだね、あのカレー食べたいな」などと言いながら僕たちは一向に布団から出る気配はなく、とっくにもうお昼ご飯の時間は過ぎていた。適当にFacebookのページを開き、たまたま目に入った北海道の写真を見て、「ここ行きたい」と言ってみた。そしたら彼女は少し目が覚めたようで「あ! 牧場でめちゃくちゃおいしいソフトクリーム食べたい! 牧場行きたい! 行こ! いつ行く?」と具体的な話をし始めた。
僕的にはさらっと言ったつもりだったが、あまりにも彼女が乗り気だったのと付き合い始めだったのもあって少しだけかっこをつけてしまった。いまはそんなにお金もないんだよな。と思いながらもそんなことを付き合いたての僕は到底言えるわけもなく、「3週間目辺りなら行けるかも」と無理をした。
彼女は目をキラキラと輝かせ、その日は曇りだったけど瞬間的に部屋の空気が晴れたように見えた。そんな無理が重なった北海道旅行だった。

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彼女が先に着いて、僕は後から追いかける形で北海道に着いた。ギリギリまで仕事をしていたからだ。正直、体力的には疲れていたけど、楽しさの気持ちの方が勝り、違う場所で彼女に初めて会う嬉しさだけを期待して北海道に着いた。ひとまず荷物を降ろし、彼女にキスをした。昨日も一昨日も会っていたのにも関わらずふたりして「会いたかったよ」と言い合い、昼間から家のベッドよりも小さいビジネスホテルのベットで布団の中に入る。布団の中に入ってしまえば北海道だろうがまったく関係なかった。

気付いたらいつものように眠りすぎていて、起きたら夕方で、ソフトクリームは明日に持ち越した。友だちに聞いたおすすめのジンギスカン屋に行き、ひたすらジンギスカンを食べた。"焼肉は好きじゃないけどジンギスカンは好き"という共通点がお互いにとって少しだけ運命を感じさせた。たかがジンギスカンの共通点だが、付き合いたての僕らにとったら、それだけでも十分すぎるほど運命を感じていたのだ。

軽く二件目に行き、一杯だけ日本酒を飲んだ。違う席にいる男女が恋人なのか、それとも恋人になる前なのか、お互いの予想を言い合ったりなんかしてると酔いも回り始め、ようやくここが北海道だということを体感する。

明日は目的だったソフトクリームを食べに行く。

朝早く起きたのは彼女の方で彼女の顔にはソフトクリームと書かれていそうなほど目的はソフトクリームしかなさそうだった。まだまだ肌寒い場所でレンタカーの助手席に彼女が座り「東京は24度だって、春じゃんねぇ」と天気を見ながら呟いている。たわいもない、昔の話を車の中で話す。

僕たちはまだまだ何も知らないことも多かったことに気付いた。彼女が高校に行かなかったことや、昔の彼氏の話など、色んな話をしていると目的地であった牧場に着いた。着いたら着いたで、券売機なことになんだか残念な気持ちになりつつも、そのことをお互い言うのはやめた。やっぱりどこかでまだ気を遣っている。券売機でふたつ買う。¥360が高いのか安いのか分からないが、たぶん、安いんだと思う。彼女がトイレから戻ってきて少し小ぶりな可愛いソフトクリームを渡した。

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「お、きたね、ソフトクリーム」僕の予定では牧場を見ながらアイスを食べるはずだったが、実際には目的も見つからないまま車の中でアイスを食べた。「ふ〜ん、おいしい」正直もう少し喜んでくれるのかと思ったが彼女はいつもの食事と同じように完食した。そして僕も完食した。正直言うといままで食べたソフトクリームの中で断トツすぎるほどおいしかった、こんなにおいしいんだとびっくりした。さらさらとしていて牛乳を飲んでいるみたいに一気に溶けて身体の中に染み込んでいく。ソフトクリームが目的の旅行なんてものは前日まで馬鹿げていると思っていたがこれが目的だということが十分すぎるほどのソフトクリームだった。

しかし彼女との感動の温度差がなんとなく違和感へと変わり、その後からなんとなく、タイミングのずれを感じ始めた。何を話してもどこかにずれがある。意識したことはなかったが、彼女とどこかがずれていた。その変な焦りもあってか夜のワインは異常なほど酔いが回り、一軒目でもう大切な夜は終わってしまい、僕は先に眠りについた。記憶の中でいうと彼女はどこかつまらなさそうな顔をしていたことだけは覚えている。

ぼんやりと朝起きた時、彼女の気配はなくビジネスホテルの部屋ではっきりとひとりだということが分かった。一瞬トイレにいるのかと思ったがすぐ確認してみると彼女はいなかった。左側の小さなテーブルの上にある小さなメモから声が聞こえたような気がして目を向けた。朝5:40のことだった。

「こみくんへ

こみくんが先に寝たから、
なんとなくこみくんの携帯を見ました。
なんとなく見たのがいけなかったのかな。
どこかで不安だったんです。その不安って
私の勝手なものなんだけどなんだか
不安だったんです。
付き合ったばかりなのに
信じてあげることができなくてごめんなさい。
あなたが真っ白だっていうから
真っ白いところに一緒に行きたかった。
おいしいソフトクリーム食べて
あぁ、あなたは真っ白なんだね。って
思いたかった、正直言うと顔に
ぶちゅっとアイス付けて笑ってみたかった。
そんなこともできなかったくらいに
なんだか不安でした。本当は
ソフトクリーム、すごくおいしかったです。
さようなら。

大事にされてたけど
大事にされてなかったんだと思う。

ことより」

僕は突然ひとりになった。
僕は昨日の夜眠りに落ちてしまう前、
そう最後の記憶の彼女の顔を見た時、

明日もまたあのソフトクリームを食べに行こうと
起きたら言おうと思って眠りに落ちた。

今日の予定は何もない。

おとこのて

モデルとしてメディアで活躍する一方、彼女の中から生まれる独自の言葉を作品にし、詩集やエッセイ、写真、音楽、ジュエリーなど、形を変えて“表現”の幅を広げている。@loveli_official

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