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photo:iStock

私は基本的にフランスのスーパーマーケットが好きだ。納豆を除き、私が生活するのに必要なものはだいたい揃うし、スープやスパイスの棚などはとてもわくわくする。野菜や果物も種類が多くて安く、たくさん買って食べるぞー!という気持ちになる。

でもひとつだけ、どうしても、欲しい物がある。サッカー台だ。

念のためサッカー台というのは、レジを通して支払いを済ませたあと、買った商品を袋に詰めるための台、あれだ。

ただ一応付け加えておくと、私個人はフランスで一度もサッカー台を見たことがないが、もしかするとフランス国内のどこかには存在しているのかもしれない。なぜなら私はドイツに行くたびにどこのスーパーに入ってもサッカー台があることに感動し、「ドイツさんはやっぱりサッカー台必要だと思うタイプだよね……」と思っていたのだが、ある日ドイツ在住の知人が「ドイツにはサッカー台がないのでとても困る」と言っていたのを聞いたからだ。
もしかするとこの世には私の知らないサッカー台でホッと一息つけるフランスワールドが存在しているのかもしれない。私はそのワールドにはまだ足を踏み入れたことがないというだけなのかもしれない。

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さて、日本ではレジを通す時、レジ担当の人がカゴからカゴへ商品を移し、支払いが済むとカゴごとハイっと渡してくれてサッカー台に移動するわけだが、こちらはベルトコンベアのようなところに自分で商品を乗せ、前後の人の商品と区別するために自分で仕切りを置く、自立精神を養うことに長けているシステムだ。商品はレジを通されたあと次々とレジ台の端っこへザザザと流されていく。そうして支払を済ませ商品を袋に詰めるわけだが、少しでも手間取っていると次の客の商品も容赦なくこちら側へ流れてきてしまうのだ。

この時私は、そのことに対して非常に気を使う。

この時というか、だいたいがその前から、列に並んでいる時点で財布をすぐに取り出せるよう態勢を整えているし、自分の商品を置き始めたらすかさず仕切りも置くし、前の人が忘れていたら前の人の仕切りも素早く置くし、自分の順番が来たらいつ支払いを求められてもいいようカードもすぐ手元に用意している。誰も、私の目の届く範囲にいる者はなんぴとたりともお待たせしない、別にそうしたいと心から望んでいるわけではないがナチュラルボーンでそんなメンタリティを備えている。

もちろん私だって、フランスで誰もそんなことは気にしないことなどわかっている。多くの人はとてもゆっくりお金を払い、とてもゆっくり商品を袋に詰めていく。でも誰も、急かしたりにらみつけたり怒鳴りつけたりなどしない。正確には一度見たことはあるが純度100%の珍事件として処理されていた。

そもそも私が気を使うまでもなくレジ担当だって、レジを打つ最中に出勤してきた同僚を振り返って挨拶し、ちょっとした近況で盛り上がるなどして3分経過するのが常である。私のこれまでの体験のなかで最もゆっくりレジを打った女性はひとつひとつため息をつくように商品をレジに通し、途中、おもむろにレジ台へ直置きしていたガトーショコラを半分ほど食べ、足元からコカ・コーラの1リットルペットボトルを取り出して喉を潤したあと、頬杖をついて大きく嘆息し「疲れた……」とつぶやいた。一連の動作がスローモーションのように思われるほどゆっくりと行われたが、私はただじっと白目を剝いて、時間を押しとどめるような彼女の重厚な疲労を無感情に味わった。余談だが私は甘い菓子×甘い飲み物という組み合わせはそれぞれのおいしさを相殺してしまうと考え、忌避すべきと思うタイプだ。

しかしそんなレジ係の“ゆったり”さえ私にはまるで自分の“もたもた”のように感じられてしまう。自分の後ろに出来る長蛇の列と、何も言わないが何か言いたげなほかの客の視線さえまるで自分の責任であるかのように思ってしまう。そこへさらに袋詰めに手間取ってしまい後続の客のスペースがなくなってしまうとなれば、抑えようとしても抑えきれない焦り、「決して他人に迷惑かけてはいけないメンタリティ」のなかで純粋培養されたジャポネーズとしての私が大爆発してしまう。

しかしそれもこれも、サッカー台ひとつ作ってくれれば解決する問題なのだ。
あの何の変哲もない、シンプル極まりない台がひとつ備えてあるだけでスーパーマーケットはどれほど快適になることか。日本では一度もその利便性に気づいたことがなかったが、いまとなっては発案者に対する感謝の念でいっぱいである。

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ところで以前近所のスーパーに、「陽気」でこの世のすべてを解決しているような、テニスプレーヤーのガエル・モンフィスに顔と髪型がそっくりな店員がいた。実はモンフィスなんだろうかと思うくらいに本当に似ていたのだけど、ともかく彼はレジを打ちながら、品出しをしながら、セルフレジのサポートをしながら、いつも客に陽気な声掛けをしていた。その陽気さは「頑固一徹」黙って買い物したい派の私も親しくならないわけにはいかないほどだった。

彼なら、モンフィスなら私も聞けるかもしれない。

そう思ってある日、サッカー台について聞いてみたことがある。それさえあれば私の心はとても軽くなるのだというような旨を伝えた。しかしモンフィスは眉間にしわを寄せながら不可解そうな笑顔を作ってこう言った。

「なんで待たせちゃいけないの?」

知ってるよ、日本人は他人のこと考えるんだよね、でも買い物くらいたいしたことじゃないよと続けたモンフィスは身体を若干斜めにしてかっこいいポーズを作り、すごくゆっくり片目をつぶってウインクしてみせた。そして私に売り物の赤ブドウをひと粒、房からむしって手渡した。

私に必要なのはサッカー台ではなく、モンフィスのメンタルなのかもしれない。

text: Shiro

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