私はずっとラディッシュというのは、薄切りにしてサラダに彩りを添える、それ以外の食べ方を知らなかった。

だからその味についてもおいしいとかおいしくないとか、好き嫌いについても特に考えたことがなかった。

私のなかでラディッシュにスポットライトが当てられたのは、フランスで人生2度目のホームステイをした時のことだ。私はこれまでに3度、引っ越しの合間などにごく短期のホームステイをしたことがあるが、どうしても慣れることができない。お金を払っているとはいえ、知らない人の部屋に上がり込んで食事を作ってもらうなどする生活に24時間緊張してしまうのだ。気軽にカウチサーフィンなどを常用できる人は社交術の鬼だとしか思えない。

その時は滞在中、ほかの部屋にブラジル人の男の子と中国人の女の子がいた。ふたりとも積極的で親しみやすく、私は彼らと比べると、ホストマザーとは少し距離があったように思う。親よりも年上の彼女にはつい遠慮してしまって、親しい話し方もできず、一緒に出掛けたりすることもあまりなかった。

ところがある休日、家にホストマザーと私しかいないことがあった。中国人の女の子は週末ずっと部屋にこもって勉強していることが多かったので、それはめずらしいことだった。お昼前に食卓に着いていた彼女が私を呼ぶので行ってみると、テーブルにはバゲットの入った籠と、バターと、ボウルに入ったラディッシュがあった。彼女は肉や野菜を決してスーパーで買わず、週末に市場でまとめて購入していた。

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ホストマザーはまずバゲットにたっぷりとバターを塗り、ラディッシュに塩をほんの少し振った。そしてバゲットとラディッシュを交互に齧ってみせ、「ラディッシュはこうやって食べるのが最高」と言った。
彼女に促され、私も同じようにバゲットと塩を振ったラディッシュを交互に齧った。すると、これがたしかにおいしい。ラディッシュは全く辛みがなく、カリッとした歯ごたえが爽快で、みずみずしい。濃厚なバターと混ざり合うと、これこそ日曜の朝の贅沢とでもいうべき味がした。シンプルだけど淡白ではない、だから無限に食べていられる気持ちになる。

「おいしいでしょう」とホストマザーがにっこりするので、私も俄然同意してみせた。そのあと少しして部屋が見つかり引っ越してしまったのだが、彼女のことを考えると、いつもこのラディッシュのことが思い浮かぶ。

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しかしそのホームステイ経験から何年経ってもずっと、ラディッシュを見かけるとついバゲットとともに買ってしまうのはその思い出を懐かしんでのことだけではない。私もホストマザーがいうように、ラディッシュはこの食べ方が最高と考えるようになったからだ。

ホストマザーは無塩バターを使っていたのだが、有塩バターを使えばわざわざラディッシュに塩を振らなくてもいいのではと考え、有塩バターを塗ったバゲットとラディッシュを交互に齧ってみたことがあるが、何かが違うと感じて元のやり方に戻った。
また、サンドイッチのようにバゲットに切り込みを入れ、バターと塩を振ったラディッシュを挟むということもしてみたが、これはまるで別物と言うしかなかった。やはり彼女のやり方がベストなのだ。

ただひとつだけ気にかかることがあるとすれば、それはバゲットに「たっぷりと」バターを塗るということだ。
漠然と「たっぷりと」などと言われたってそんなものは個人差があるに決まっている。これについては正直なところ、朝トーストにバターを塗る感覚では到底足りるものではない。私のなまっちょろいバターの塗り方を見て、ホストマザーは「そんなのじゃダメ、もっとたっぷり塗りなさい」と指導してくれたものだが、ひとりでは勇気を持って塗ることができる量ではなかった。厚さでいえば5ミリといったところだろうか。

思い返せば小学生時代、家庭のなかで「間食は良くない」という風潮が高まりすぎて、家のなかに醤油せんべいしかおやつがないという時期があった。なぜか醤油せんべいは良いと考えられていたのだが、小学生にはどうしても物足りず、私はそれにたっぷりとバターを塗って食べるという方法を採用していた。一緒に牛乳を飲むとさらにおいしさが増す。その時塗っていたバターの量がラディッシュに塗る量とほぼ同等だったと思うが、小学生当時でもこの「醤油せんべいバターメソッド・牛乳を添えて」には常に一抹の不安と罪悪感が付きまとっていた。大人になったいま同じことをしようとすれば、せんべいを口に運ぶ手も小刻みに震えてしまうことだろう。
ちなみにこの「間食は良くない」ブームは親戚中に広がり、従兄弟の家では醤油せんべいさえ置いておらず、彼らは甘味を求めてビオフェルミンをなめていたというから、私の醤油せんべいの件を鑑みてもあまり子どもに間食を与えないというのは考えものである。

このように、ホストマザーが教えてくれたラディッシュの食べ方はおいしさと恐怖の狭間で揺れるため、あまり人様に勧めて良いものか迷ってしまう。

でも日本でも手に入る高級バター(といっても3ユーロちょっと)のボルディエ創設者ジャン=イヴ・ボルディエは以前、「私の仕事は喜びを与えること」と語っていた。またバターは「あまりにも身近にあるのでその尊さを忘れてしまう」一方で「みんなが買えるものだということを忘れてはいけない」とも言った。そういうことを思うと、バターとは、そうか喜びなのかと考えさせられてしまう。あの天気の良い休日に口にしたバター・ラディッシュがとてもおいしかったことを思い出す。

やっぱり、おいしいから、一度試してみてほしい。

text: Shiro

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