フランスでどの季節が1番好きかと問われると、以前は夏と答えていたと思う。

日本ほど暑くはなく、乾燥しているので日射しが強い日でも木陰に入ってしまえば涼しい。夏が来るからといって身構えなくていい、ふらっといつの間にかやってきて去っていく夏、最高だ。

でもある年から、いやちょっと待てよと思いはじめた。

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photography : iStock

そんなフランスでも年に1、2回、とても暑い時期がある。合計するとひと夏に1週間くらいのものなので、ひと夏ずっと暑さに耐えなければならない日本と比べると大したことはなさそうだけれど、1週間くらいのものだからこそ、フランスにはクーラーや扇風機といったひんやりグッズがない。そういう環境でひたすら暑さに耐える1週間を、「1週間経てばもう涼しくなるのだから記憶から抹消してしまえばこの夏は暑くなかったことになる」という謎理論でごまかすことに無理が出てきたのだ。

そもそも、室外機がない。「クーラーは存在しない」前提で形成されている社会である。

たとえば、とある夕食会で、あるフランス人男性が「友人がとても“わがままで強欲な”マレーシア人女性と結婚して尻に敷かれている」と私に話しはじめたことがある。「だってね、ちょっと聞いてよ」とその男性はもう笑いをこらえきれないというように吹き出しながらこう言った。

「クーラー買おうっていうんだ! 信じられる?」

笑いながら首を振る彼に私は椅子からずり落ちそうになってしまった。その数日後にはフランスに熱波がやってくるというニュースが流れており、そのマレーシア人女性は2人目の赤ちゃんを出産したばかりだったのだ。

マレーシアも確かクーラーが当たり前の国だし、彼女はきっとクーラーを持たないままに猛暑のニュースを聞いて戦々恐々としただろう。日本だってもちろんクーラーがあるのは特別なことではない。だから在仏日本人家庭では、室外機を自力で設置してクーラーを買う人も多い。ただこれは物理的にかなり無理をすることも多いし、取り付けられない部屋だってあると思う。そしてこれは特に気にしなくたっていいのだけど、前述の彼のようにクーラーを購入する人を奇異な目で見る人もいる。それは「たった数日、ちょっと暑いだけなのに何を大げさな」という目だ。暑さをなめているのだ。

今年の夏も、7月に暑い日が続いた。ヨーロッパ中が暑く、プラピも(暑さは関係ないかもしれないが)ベルリンのプレミアにスカートスタイルで出席したというニュースがあった。

でも記憶に新しいなかで最も暑かった夏は2019年だ。この夏は殺人的な猛暑が1週間くらい続くと恐ろし気なニュースに身構え、私はクーラーは悩ましいが扇風機は買ってもいいのではないか、と悩んでいた。これまでパリ市内でよく引っ越しをしてきたものだが、建物や部屋によって同じ猛暑でも耐えられそうだったりとても耐え難かったりするものだ。そしてそのときに住んでいた部屋はいままで住んでいた中で1番暑い部屋だと感じていた。

と、悩んでいると「使わない扇風機があるから、あげようか」と言ってくれるご近所さんが現れた。ありがたく譲り受けることにすると、私の身長とあまり変わらないくらい巨大な扇風機を地下から取り出してきてくれた。

その巨大扇風機を張り切って掃除し、スイッチを入れると、爆音とともに、風が送られて……

こないのである。

ちょっと元気のない人なら声がかきけされてしまうというほどの爆音なのに、羽根はちゃんと回っているのに、そして一応風は起こっているのに、なぜか、涼しい風がこちらにやってこないのだ。

どういう理由でそうなっているのか私にはよくわからなかった。頂き物なのにこういっては何だが、単にフランスクオリティというほかない。

とにかく、だからこそ彼(扇風機)は地下に幽閉されていたわけだし、きたる猛暑にはまったく役に立たないだろう。

このように私がバタバタしているうちに、猛暑は「ハーイ!」とやってきた。
ひんやりグッズゼロでこれに挑んだ人々は、公園の噴水にどぶどぶ浸かったり、ギャラリーラファイエットのようなでっかいデパートで涼んだりしているというニュースが流れた。最も賢明な友人たちは海辺の避暑地に向かった。

私はといえばあまり部屋から出ず、とにかく雨戸をピッチリ閉めて過ごした。例年、数日続く暑さもこれで何とか解決していた。しかしこの年はもうこの雨戸ピッチリ作戦さえ易々と打ち破ってしまうほど強力な暑さだった。夜は雨戸を開ければ涼しくなるものの、そうすると大量の虫が入ってくるのが嫌であまり開けられなかった。

そこで私は2リットルのペットボトルに水を入れて何本も凍らせ、部屋の中に置いて寝る、というきわめて原始的な手法を編み出した。
氷をとにかくたくさん置けば部屋の中の温度は下がるに違いないと思ったのだ。

しかし氷は無情にどんどん解けていき、氷嚢もあっというまに常温になってしまう。

眠ることもできずにベッドの上で呆然と、常温の水が入った7本のペットボトルに囲まれた私は、夏はやっぱりクーラーが最高だと思った。フランス人にクーラーを布教して「俺もクーラー付けてえな」って思わせたいと強く思った。そうするとエコロジーから離れてしまうのは悩ましいが、この瞬間の私にはとにかくクーラーを崇め奉る気持ちしか湧きあがってこなかったのだ。

翌日、覚悟を決めて外出すると、私に扇風機をくれたご近所さんがビキニみたいな格好で扇風機を持ち向かいの道路をわしわしと歩いているのが見えた。次の扇風機を購入したのだろう。今度は日本で見るような小型の、ちゃんと風を送ってくれそうな扇風機だった。

こうしてそれぞれが試行錯誤を繰り返しながら何とか1週間を乗り切ると、秋のような穏やかな気候がやってきた。そうすると1週間の悶絶はするりと喉元を通り過ぎてしまい、どういうわけでクーラーなんてつけようと思ったのかまったく意味が分からなくなってしまった。クーラーを買う? どうして? いったい何で私はそんなことを考えたのだろう?

そうして、このようにして、また今年も暑い1週間を迎えることになる。

パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。

パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。

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