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photography: iStock

少し前のことなのだけど、近所の路上にものすごく美しい物乞いが座るようになった。年は50代くらいの白人女性で、真っ白な髪をシニヨンに結っていて、背がすらっと高く、着心地の良さそうなスラックスとセーターを身に着けていた。小脇にひとつ、小型のキャリーケースがあった。

その人が路上に座ると、とても目立った。道がパッと華やぐとさえ言えた。それは単にその人が「小綺麗な物乞い」だからというだけではない。物乞いに小銭を恵む立場であるはずの道行く人々と比べても美しい人だった。

フケのない、きちんと洗ってありそうな髪。肌もつやがある。何より、彼女の身に着けるスラックスとセーターは薄いベージュと生成りだった。パリを歩いていて、彼女のように白っぽい色の服を着た人とすれ違うことはほとんどない。そういう人がたまにいると目を引くし、裕福そうな人だなあ、と金銭的にも精神的にも余裕を感じる。ほとんどの人は汚れの目立たない黒っぽい色の服を身に着けている。

そしてキャリーケース。この人には荷物があるのだ。パリには職業的物乞いもいるし、本当は家のある人もいるし、そういう人は家に荷物を置いてきているだろう。本当に物乞いをしないと生きていけない人だってほとんど持つべき荷物なんて持っていないし、あっても彼女のようにぴかぴかのキャリーケースには入っていない。

私は当然、ひとめ見たときから強烈に彼女へ興味を引かれたが、ともかく物乞いとして成功することはないだろうと思った。

物乞いとして成功するとはおかしな話だが、つまり多くの人が彼女へ「お金をあげたくなる」ことはないだろうと考えていた。だって物乞いというのは、実態はどうあれ「物乞いをしなければいけないほどに貧しい」という前提があるのだ。彼女のように、何らかの事情があるにせよ上品で清潔そうな白人で、すぐにどこかで職にあり付けそうな雰囲気を持つ人に、なぜ人々はお金を恵んで助けてあげなくちゃと考えるだろうか? それよりも身だしなみを整えようなんて思いつきもしないような人こそ、人々は救うべきと考えるのではないだろうか?

しかし私の予想に反し、彼女は物乞いとして大成功を収めた。

多くの人は私と同じように彼女へ興味を示し、振り返ったり、じっと見つめたりした。そして決して少なくない人が彼女の前で足を止め、隣に座って長く話し込むようになった。その多くは若い白人女性だった。そしてにこやかに立ち上がると彼女にいくらかお金を渡し去っていった。小銭ではなく札を渡すことも多かった。

たしかに普通、特に女性が、物乞いに対してこんなことはできない。普通の物乞いは、多くが不愉快なものだ。酔っ払いもいるし、小銭をあげてももっとよこせと言われたり、脅しつけられたり、危険を感じることもある。だから私は心に余裕がない日には、物乞いはできるだけ避けるようにする。近寄らない。しかし助ける必要がある人とはこういうものだと、誰かを無償で救おうとする行為とはそういうものなのだと、ずっと考えていた。

物乞いでさえ、美しい人の方がたくさん稼げるものなのか……。

私は路上でふとそう思いついてしまい、それなりに衝撃を受けた。それからどうしても忘れられない出来事としてたびたびこのことを思い返してしまう。

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パリに来て数年経ってから、私は造形によって誰かを美しいとか美しくないとか感じることがほとんどなくなった。誰かが美しいかどうか、それは清潔で身だしなみが整っているかどうかでしか決まらない。

日本で私が「美しさは造形ではなく、身だしなみが整っていることが一番重要」と口にするとき、それは建前でしかなかった。どれだけそうあるべきだと思い、何度も口に出してみようとも、私の心は狂おしく修正済みの表紙モデルに惹かれた。

でもここでは違う。清潔に身だしなみを整えられるということは、かくも得難くひと握りの人間しか味わえない贅沢なのかと心から思う。そしてその種の「美しさ」が他人に与える最も強い効果は、「安心」だと思う。

「美しさ」とは、非常にあやふやで定義できないものだ。でも最近では殊に、それは「近寄っても安全だ」というしるしだと思う。信頼、と言ってもいい。

その安全が本当は見せかけだとしても、普通の人は目に見えるものを指針にするしかない。「危険な美しさ」などというものが本当に存在するならば、それは安全で清潔な場所からしか機能しないだろう。「安全で清潔な場所」が「危険なもの」を美しく彩ってくれるのだ。でも実際には下水の臭いがしたり、しらみが身体中にひそんでいたりする。

さて、その美しい物乞いは、ひと月もしないうちに路上から姿を消してしまった。

差し当たり必要とするお金を稼いでしまったのだろうか?
何か仕事を見つけて自立することに成功したのだろうか?
それとも、美しい彼女に路上はあまりに危険だったのか?

いまでもよく考えるのだ。若い女性が次々に近寄ってきた彼女のことを。

text: Shiro

パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。

パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。

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