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フランスの冷奴がもたらす、不思議な効果とは? photography: shutterstock

子どものころ、毎日夕食に冷奴が出た。木綿豆腐の、冷奴である。我が家は親類縁者を含め完全なる木綿豆腐勢力に属しており、異論は許されなかった。おそらくこのせいで、私は冷奴というものがすっかり嫌いになってしまった。木綿豆腐のあの硬さ、口の中でボロボロくずれ、箸で割ると無数の気泡が見える、あの様相すらも苦手だった。

幼い私にはちっともおいしいと思えなかったのだが、木綿豆腐至上主義である我が家ではいつも「木綿こそが真の豆腐」「絹ごしなどというチャラチャラしたものは豆腐ではない」「もっと木綿豆腐を味わい本物の大豆の旨味を知るべき」とされ、絹ごしへ鞍替えすることなど口にするのも憚られる雰囲気であった。この木綿豆腐勢力による強固な態度は、私の冷奴嫌いをますます加速させた。

だからフランスに来てから、自分がまさか進んで冷奴を食べたくなるなんて、思いもよらないことだった。いくら日本食が恋しくなっても、冷奴だけは例外だろうと思っていたのだ。

フランスで豆腐を買うとなれば、もちろんみなさん中華街の豆腐店へ行くだろう。日本食品店やアジア系スーパーでは、小さな豆腐が日本の数倍の値段で売られていることが常だからだ。でも安さだけが理由なのではない。現地のレストランも契約しているという、中華街で買えるこれらの豆腐は初めて私に冷奴を「おいしい」と思わせてくれた逸品であった。

大きさは、日本のスーパーで私が好んで買う豆腐(絹ごしだ)の4パック分くらいで、持つとずっしりと重く、硬い。でも木綿豆腐のように気泡が大量に入っているわけではなく、とてもなめらかだ。なめらかだけど普通の絹ごしのように脆く繊細ではなく、じゅうぶんに頑強で、凝縮された味がする。

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フランスの中華街で購入した豆腐。蛍光ペンと並べるとその大きさが見て取れる。photography: Shiro

とにかく買ってくると、どうしても食べたくなってすぐに3分の1くらいを食べてしまう。それだけでもかなりの量で、冷奴があんなに嫌いだったのに不思議なものだなあ、と思う。数日間で1丁食べ、2丁食べ、3丁を食べてしまう。そしてまた買いに行く、という豆腐の永久機関の完成である。

それはただ中華街で買う豆腐がおいしいということもあるし、早く食べないと傷んでしまうという焦りもあるし、また、「豆腐をストイックに食べ続けるととんでもなく肌がきれいになる」とのうわさを聞いたことも大きな理由であった。それはそれは、美しくなるというのだ。

どのくらい美しくなるかというと、まあ何というか、豆腐のようになってしまうらしい。なめらかで透明感があり、内側から発光するような艶が出て、吹き出物も治り、うるおいが増し、何なら気になっていた小じわも改善されたという、どこに出しても恥ずかしくないほど完ぺきに危険な誇大広告のような話だ。

これが木綿豆腐を食べ続けろと言われたのであれば拒否したが、何しろおいしいので自然に生活へ取り入れながら食べ続けることができた。

そうしてある日、鏡を見て、私は思った。

「豆腐だ......」

おお、イソフラボンよ......それは透明感があり輝くような、まさに自分史上最高に美しい肌だった。イソフラボンという強大な力にひれ伏したい気持ちになった。また、私は放っておくとほとんどタンパク質を摂らない食生活をしてしまうので、それも一因だという気もしている。

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しかしここで、問題が発生する。多くの豆腐や豆乳好きな女性が抱える悩みだと思うが、生理周期が狂うのである。

私の場合には普段よりも2カ月近く遅れるという、わりと深刻な事態に陥った。しかし婦人科を受診するまでもなく、豆腐をやめればすぐに元に戻る。そして豆腐をやめれば「自分史上最高に美しい肌」も失われる。

もちろん、肌だって大事なのだけど健康はもっと大事だ。ところが無駄にポジティブなところのある私は、しばらく豆腐を控えたあと「今度は大丈夫なのでは」と根拠なく思い始め、また濃密な豆腐摂取期間をスタートさせてしまう。もちろん「今度は大丈夫」なんてことはなく、予想通り生理周期が狂う。そうしてまたしばらく豆腐をやめては、「今度こそもしかしたら......」と性懲りもなく繰り返してしまうのだ。

豆腐の美肌効果は、イソフラボンが体内でエクオールという物質になり、これが女性ホルモンのエストロゲン様作用を持つため肌が美しくなるという仕組みのようだ。しかしイソフラボンが体内でエクオールとなるかどうかには個人差があり、作られない体質の人にとってはあまりイソフラボンの恩恵は感じられないという。私はもしかするとけっこう作られる方の体質だったのかもしれない。 

だが大豆アレルギーの心配もあるわけだし、豆腐だけを大量に食べる生活は健康のためにも続けられない方がよいのかもしれない。そう思ってある日私はいさぎよく豆腐の大量摂取をあきらめ、毎日少しずつ食べるにとどめることにした。健康を維持しつつイソフラボンの恩恵を受けるには結局のところこれしかないのだろう。

ただひとつ不思議なのは、この「豆腐大量摂取」を日本でやろうとしたときには、フランスで実行したときほどの効果を感じられなかったことだ。何度か試してみたが、まるで自分自身が豆腐になったかのような美肌効果はなく、生理周期が少し狂うだけだった。また、フランスで買う豆腐も麻婆豆腐や揚げ出し豆腐などに調理して食べるとそこまでの効果がない。いま思ってみてもあれは、フランスで買う豆腐を「冷奴」で食べるときだけの、限定的で特殊な現象だったのだ。

text: Shiro

パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。

パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。

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