転職と天職 広告営業出身のセシル、インテリア・ブティックを開く。

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Cécile Omani(セシル・オマニ)。3年前にブティックMaison Omaniを開いた。3児のママである。

パリの外れ、ペール・ラシェーズ墓地の近く。ごく庶民的な一角で高感度のパリジェンヌたちの人気を集めているインテリアブティックがある。モロッコから、エジプトから、シリアから……都会の暮らしに手仕事のぬくもりをもたらすオブジェを集めた店内。各地の職人たちの仕事の特徴が生きた買い付け品、彼らの仕事を生かしたオリジナル商品、ヴィンテージのオブジェなどを販売する「Maison Omani(メゾン・オマニ)」を3年前に開いたセシル・オマニは、今年42歳。雑誌や新聞社の広告営業の仕事に長く携わっていたエネルギッシュな女性だ。次はインテリアの分野に進みたいと思っていた彼女だが、まさかブティックの経営者になるとは! 「不幸な出来事から出発した転職だったけれど、素晴らしい場所へと私たち一家を導いてくれました」とセシルは過去を振り返る。

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メゾン・オマニ。メニルモンタン大通りに面した最初のスペース。まるでインテリア雑誌の1ページのよう。

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遊牧民トゥアレグがテントを張るときに使う道具やテーブルなどのヴィンテージと、コンテンポラリーな品をセシルはうまくミックス。

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広告部長まで昇進し、これで目的は達成

「雑誌好きだった私は雑誌の広告の仕事に就きたいと思って、パリ15区の高等商業専門大学で学びました。テレビでもラジオでもなく、目標は雑誌。学業を終え、愛読していたモード週刊誌の広告部長にあえて調子っぱずれでユーモアあふれる手紙を出したところ、彼女から面接に来て、という反応があって……。フランスで女性の独立に協力的だった雑誌で、社会的参加もしていて、世代を超えて読まれている強力なメディアです。面接から2週間ぐらいで夢に見た職場に雇用が決まり、とっても幸せでしたね。そこでアシスタントから始め、10年勤めて広告部長まで徐々に上がって行く間、モード界のすばらしい人たちとの出会い、多くの発見がありました。打ち立てた広告営業のストラテジーを実行したり、すばらしいブランドの仕事をして、というのがこの仕事で楽しめたことですね。いまと違って広告予算がブランドにはたっぷりとあり巨額が動いていた時代でしたから、出版社の広告担当としていい時代にいい経験をしたといえます」

セシルはこの後、メディアを変わり、新聞社リベラシオンの広告部長職に就く。世界中を震撼させたシャルリー・エブド襲撃事件が起き、その編集部が近所のリベラシオン社内に避難というドラマティックな時期を彼女はここで体験することになる。

「人間的な面においても、これは一生の記憶に残る強烈なことでした。リベ(リベラシオンの略)でも、仕事ですばらしい経験ができ……私は役職としてチームを率いていて、それって気に入ることだろうと思ったのだけど、彼らを管理するということに喜びは見いだせなかった。これも転職の要因のひとつとなったことかもしれません。転職したいと思うようになるのは、広告営業という同じ世界で15年目を迎えたあたりですね。部長というポストまで上がり、自分が定めた目標に達することができたのは満足のゆくこと。そろそろ別のことがしてみたい……と。それにリベの本社が自宅とは反対のパリの外れに移転したので、家族で過ごす時間もあまりなくなっていたんです」

セシルが本格的に“転職しよう!”というスイッチをオンにするのは、3人目の子どもの出産休暇をとっている時の出来事がきっかけである。夫の大病がわかったのだ。その治療はとても強烈なもので、彼の介護も必要になり、彼女の出産休暇は10か月近く続いた。

「そして仕事に復帰したのだけど、夫の病気以前に自分が行っていた職場生活を取り戻すことができなかった。動揺があまりにも激しかったせいでしょう。私の中で大きな変化があり、プライオリティが完全に変わったのです。人生における価値について考えました。そして人生を満喫したい、と思ったのです。自分のために人生を活用しないのは愚かだわ。ほかのことをしましょう……と」

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偶然からインテリアブティックの経営者へ

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モロッコにて。photos  @viebontemps

インテリアの分野へ。こう願う彼女が偶然目にしたのはモロッコに移住したクリエイターのヴァレリー・ヴァルコフスキーによるワークショップの情報だった。セシルはさまざまな国を旅しているが、子ども時代に両親と最初に訪れた外国がモロッコで、この国にはとりわけよい思い出がある。モロッコにまた行きたい、という気持ちになっていた時期でもあり、このワークショップの参加を決めた。

「10名ほどの女性たちと一緒に、コレクションの創作についての過程を学びました。私が選んだ分野はアール・ドゥ・ラ・ターブル。10日間くらいの開催期間中に私は架空のひとつのコレクションを作り上げるというすばらしい勉強をし、それによって私のインテリア分野に進みたいという願望はより確固たるものとなりました」

彼女がこのワークショップに参加する頃には夫の病状も快方に向かっていて、終了後、彼と子どもたちが彼女に合流してモロッコの旅を楽しんだそうだ。

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モロッコで古物を掘り出す。ブティックの開店にあたり、何度も訪れたのがこの国だ。photos:@viebontemps

インテリアの仕事といっても幅広く、彼女も具体的には明快な答えが得られずにいた。そこでパリの12区にあるブール校のインテリアデザインのコースに登録申請。彼女の書類は受け入れられ、さあ、これから学校通いが始まる、というところに思いがけない偶然が飛び込んできた。

「いまこの店があるのは、かつて私が気に入っていたブロカントがあった場所です。夫はこの大通りで商店を経営して、ある日、その店のオーナーが引退するという情報が入ったんですね。私、店を経営するなんて想像もしてなかったことだけど、夫が こんないいチャンスを逃すのは惜しい、と……。それでブール校に行かず、ブティック経営に乗り出したわけです。夫の店も近く、家も界隈。この場所でなかったら、考えもしなかったでしょうね。幸運な偶然だったのです」

この話が持ちあがってから、オープンまで準備には1年をかけた。ブロカント時代、店の1階の後ろ半分と2階がオーナーの住居だったが、セシルはすべてをブティックにし、光と空間を大切に大改装。彼女の転職物語の出発点となったモロッコと仕事をするのはもちろんだが、彼女のアイデアは買い付けした品を売ることにとどまらず、様々な国の職人たちとの仕事による品を提案する店だった。信頼の置ける職人を探し、人間関係の絆を築き……。

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メゾンとうたうブティックゆえ、家らしさにこだわり店内にキッチンを設けた。

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メゾン・オマニのいちばん人気は陶器。最近入荷したエジプトからのお皿は、モチーフも陽気でこれからの季節にぴったり。ほかの国からの食器ともミックスできるので、卓上で世界一周できるのがメゾン・オマニの提案のすばらしさ。どの品も少量の取り扱いなので、ものによってはすぐに在庫なしとなるそうだ。

「商店経営の経験はなかったけれど、広告営業の経験が私にはありました。客相手に話をすることも慣れていて、昔の仕事はいまとても役にたっています。でも商店主の夫の助けなしには、この冒険に乗り出すなんてできなかった。会社を辞めた時は不安も大きかったですよ。役職を捨て、いいサラリーを捨て……。確かに、この店を始めたときうまくいかなかったら?と思ったりしました。でも、やってみなければわからない。やらずに後悔したくない。失敗する権利、私にもあるでしょ、と」

子どもが3人いても、仕事をまったくしないという選択肢は彼女には存在せず。恐れ混じりの期待とともにセシルは、新しい世界に飛び込んだのだ。パリの中心から離れた庶民的な地区での開店というのは大胆すぎるというのが、彼女の周囲の声だった。しかし、この場所だからこそのプロジェクトである。職人仕事にスポットを当てるのは時代の空気に合っていることだし、と、自分のアイデアを彼女は確信していた。

「店を開いて軌道に乗せるのは時間がかかることです。でも、私は目的にまっしぐらに進むタイプ。闘争的なんですね」

セシルは17歳と早くに独立している。パリ、ノルマンディー……いくつものアパルトマンで暮らし、引越すたびに彼女はインテリアを熟考した。小さなスペースをいかに活用し、快適で美しい暮らしができるかと。アイデアの実現には、DIYが得意なパパにSOS。このようにインテリアへは尽きぬ興味があったのだが、当時その方面に進もうという考えは毛頭もなかったそうだ。もともとクリエイティブで芸術的分野への関心があった彼女。その面を活用できるだろうと選んだ広告の分野だが、最終的には広告作りとは反対側の世界で活躍することになったのだ。

いま、ブティックで発揮されている彼女のセンスを頼りに、自宅のインテリアデザインを!と声をかけてくる客も少なくない。しかし、過去に引き受けたことがあり、内装の仕事に100%打ち込むのは難しい、というのがその時に出した結論だった。ブティックもあるし、それに家族と一緒にいる時間を減らすことはできない。

「子どもたちは放課後、私に会いにブティックに立ち寄ります。暖かい季節には、夫も私も店を構えるこの大通りでキックボードで遊んだり……。私がブティックで過ごす時間はとても長いのですけど、以前に比べはるかに子どもたちとの時間を味わってると感じますね」

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左:1階奥には階段の下も含め、食器や台所用品が豊富に揃っている。 右:モロッコ南部で見つけたうつわを用いてフランスで生産される、オリジナルのパフュームキャンドル。

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左:ヘナ染めのアフリカの布パーニュもあれば、現地の職人たちに特注した小テーブルやサボも。 右:ブティックではパリの陶芸家のうつわも扱っている。

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アフリカを含め、世界中の職人たちとの仕事を求め

2018年に営業を始めたメゾン・オマニ、つい最近3周年を祝った。開店時から店のスタイルは変わらないが、彼女が職人たちを求めて出かける行き先は大きく広がっている。アフリカでいえば、最初は北アフリカだけだったのが、いまやアフリカ全土である。

「この仕事でもっとも楽しいのは店で売る品のソーシングです。大好きなアフリカやそのほかの海外での職人たちとの出会い。あらゆる幸せがここに詰まっています。すばらしい人たちと出会い、多くのやりとりがあり、その出会いが続き……。人間的に自分がとても豊かになっている、と感じられます。新聞社にい続けたら、経験できなかったことなので、大きな一歩を踏み出したことに満足しています」

ソーシングの旅はときに家族全員で出かける。子どもたちは上から10歳、8歳、5歳。一家の旅はリュックを背負っての“地球の歩きかた”スタイルだ。昨年もギリシャなどさまざまな国に全員で出かけ、コロンビアでは1カ月近くも滞在した。旅、出会い、発見……これは子どもたちにとって教育の大切な一部と彼女は考えている。

「来月は象牙海岸に出かける予定です。骨董商たちと会うためですが、もちろんパーニュ(アフリカ西部の腰布)も持ち帰るでしょうね。でも特定の品を求めるより、オープンな気持ちでその地の品と出合うという旅をするつもりです」

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左:一点もののセラミック。セシルがインスタグラムで紹介するや、多くの問い合わせが。手前左の白いボールは、レバノンから届いた自然派石鹸。 右:奥の黒いうつわはコロンビアから。3種の異なる粘土を用い、特別なテクニックで焼き上げた後に磨きをかけて艶をだしている。

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左:2階。サハラで見つけてきたアフリカの布は、新しく見えるが50年以上も前の古い品だ。これらでクッションやベッドカバーなども作って販売。 右:2階は現在模様替え中。この暖炉の向かいは、モロッコの砂漠に住む先住民ベルベル人たちの古いカーペットのコーナーだ。

Maison Omani
62, boulevard de Ménilmontant
75020 Paris
www.maisonomani.com
instagram:@maison_omani

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réalisation : MARIKO OMURA

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