転職と天職 会社勤務時代に学んだガーデンデザイン、独立までの長い道程。

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2019年に「Rock Your Garden」を創業したAlexandra de Brito(アレクサンドラ・ドゥ・ブリト)

16区に植物を販売するスペースを兼ねたアトリエを構え、ガーデンコンセプター&植物デコレーターとしてAlexandra de Brito(アレクサンドラ・ドゥ・ブリト)が「Rock Your Garden(ロック・ユア・ガーデン)」の名で活動を始めたのは2019年。それまでは旅行関係の仕事に就いていた。植物は自分の人生に不可欠な存在。彼女がそう理解し、そして植物に関わる仕事に実際につくまで、とても長い時間がかかっている。

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植物とオブジェが共存し、まるでアパルトマンのようなアトリエブティック。photos:Mariko Omura

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自由に旅をした観光業時代。

「高校を終え、まずは英語を実地で学びたいとロンドンへ行きました。具体的に何をしたいということが自分でもわかっていない時期で、ロンドンではセレブリティが対象のファッションデザイナーのプライベートブティックで偶然働くことになって……。驚くほど信じられない体験をしたけれど、人生、必要なのはもっと別なことだというのはわかっていました」

フランスに戻り、エクス・アン・プロヴァンスにあるツーリズム専門学校で2年間学んだ。彼女の目標はツアーの企画だが、すぐにはその仕事に就けるものでもない。最初に就職した会社ではフライトやチャーター便といった空路輸送の管理、購入に携わった。担当国はエジプト。彼女の仕事ぶりに目をつけた会社から声がかかった。エジプトのツアー企画の仕事だ。そうして会社を替わってから2年間、彼女はエジプト国内のさまざまなツアーを作り続けることになる。ここではチーフとも仲間とも素晴らしい関係が築かれ、辞めるつもりは毛頭なかったのだが……。

「リクルートされて別の会社に移ったんです。エジプトを担当し、さらにマルタ島なども任されるように……。この会社時代に素晴らしかったのは、旅をしたいときに自由に出かけられたことです。毎月のようにエジプトに行きました。3〜4日滞在し、あちこち回って。たとえば、エジプトの南部の素晴らしい場所を発見して、と。私が企画するツアーはクラシックな周遊とはちょっと違っていて、新しい旅を提案。仕事として、これが気に入っていたことですね。私は宿、移動手段、日帰りツアーなどの担当で、現地のパートナーとも、とても気が合っていました」

そんなところにサラリー2倍の提案で、英国の会社からヘッドハンティングが彼女に舞い込むのだ。仕事の場はパリ。気に入っている仕事を去るのは難しい。でも、2年間身も心も仕事に捧げ、私生活ゼロの暮らしだったので休養が必要と感じていた時期でもあった。また、ちょうど30歳を迎え、新しい冒険に出る時かもしれない、という思いもあった。

「パリのパラス・ホテルとの交渉というのが仕事の内容。この提案には自尊心がくすぐられたし、衝撃がありました。当時のボーイフレンドの“パリのあらゆる扉が、君の前に開かれるんだよ”という言葉に励まされて、心を決めました。確かに、そうでした。パーティー、イベント、コンサート、シアター……会社の契約先からのあらゆるハイレベルの文化的催しに恵まれ、信じられないような毎日が続いて。でも、こうしたことにも関わらず、私、満たされた感じがなかった。社会的地位、権力、高給といったことは実はあまり興味のないこと、プライオリティじゃないと分かったんです」

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自分がしたいのは植物の仕事だと気づくまで。

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植物に囲まれ、植物の仕事をする現在の暮らし。photo:Mariko Omura

そんなことを考え、彼女は20歳の頃ツーリスト専門学校時代に受けた国土開発計画の授業が気に入っていたこと、それゆえに成績も良かったことを思い出した。そして、ある晩、インターネットで造園関連のサイトを無意識に検索している自分がいた。

「なぜ、こんなことをしてるのかしらと驚き、そして自分がしていることを理解したんです。その晩眠らずに、植物との関係で自分の人生を最初から振り返って……。私はナイジェリアの砂漠で育ちました。家の周囲には水を引いて、植物を植えた庭があって、そこが私の遊び場。両親は仕事で忙しいので、私の面倒を見てくれていたのはトゥアレグの庭師だったのよ。もうひとつ忘れがたい庭があります。それはフランスの祖父の家の庭。花、植物、果樹にあふれた庭で、そのどこに何が植わっていたかも記憶に蘇ってきました。この庭で食べた最初のチェリートマトの味も覚えていました。小さいサイズなので、これって子ども用のトマトなんだと思ったことなども。それを口に入れ、味に心を奪われたことも。植物こそが私の道、というのが明白だったのに、私は10年間、脇道を歩いていたんですね」

その時に偶然見つけたアースデザインという会社のサイトに、「How to be a Gardener ?」という2日間の講習会の案内があった。花屋の経営から、個人宅の庭の整備の仕事に転職した女性が会社のオーナーだ。講習会に参加したアレクサンドラは彼女といろいろ話し、情報収集を開始。そして、ヴェルサイユにあるランドスケープ専門学校に願書を出したのだ。

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グリーン・デザインの仕事ではクロッキーを描いてクライアントに見せる必要がある。彼女にとって転職のための第一歩はデッサンの習得からだった。courtesy of Alexandra de Brito

「私、植物について何も知らず、知識はゼロ。デッサンもできない。面接の際、私の高いモチベーションゆえに彼らは入学を拒むことができなくって。最低限のデッサン力を身につけておくようにと言われました。それで学期が始まる前に、パリのあちこちでデッサンをして……。まだ会社は辞めていません。2年間、学校と仕事の両方を続けたんですよ。たとえば学校が休暇のときは会社で仕事、というようにして。身体的にとても厳しかったですね、これは。結局、その後回復に3年が必要となってしまいました。この2年間、めまいで倒れたことも何度か。でも、鉄の意志があったので乗り切れました。学校では発見続きでこれは楽しかったのだけど、その一方、すごくひとりで孤独を感じ、精神面でのコーチを必要としたほどでした」

この学校では3年目をとらないと終了証書は出ないのだが、彼女は2年のコースを選んだ。というのも、この証書は学業に専念している人でも取得の難しいもの。そもそも外科医や弁護士じゃないなら、こうした証書って不要だし、もし必要となったら、その時に3年目をとればいいのだから、と。

「疲労困憊して学業を終え、ちょうどその時期に、会社は他社に買収されて……。新しい女性マネージャーの下で働くことになったのだけど、彼女もチームも素晴らしくて。私は回復を計りながら、将来について熟考することができました。というのも、2年学んだ後も、植物の仕事をしたい、ということ以外まだ自分が本当にしたいことが見つけられずにいたんですね。それで高給取りであることを活用し、たくさんの研修を受けました。植物学のクラスや野草についての講習会、世界各地の庭の訪問、それに書物の購入などさまざまな投資をして。私はパリのアパルトマン暮らしで庭もバルコニーもありません。自分の心の平静を求めて、室内に庭を作り上げました。でき上がったのは、いまのこのアトリエ・ブティックによく似た空間です」

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左:グリーンあふれるアレクサンドラの自宅。 右::家具を配置した自宅風の店内。photo:(左)Alexandra de Brito, (右)Mariko Omura

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独立までの長い時間ののちに。

3年前、41歳の時にオランダを旅したアレクサンドラ。町を歩いている時、室内に庭を作り上げた自分のアパルトマンにそっくりなブティックが目に飛び込んできた。その瞬間、彼女にひらめいたのだ。「これ、これが私のしたいことなのよ!」と。

自分が自宅に作ったような空間でビジネスをする。こう具体的なアイデアが得られたところで、10年近く勤めた会社を退社した。セーヌ河岸にコンテナのブティックを開く、という考えが浮かんだのだが、そんな時にセーヌ河が氾濫し、これは諦めることに。アレクサンドラのいまのアトリエブティックは、公団住宅や難民によるレストランなどがある、かつて消防署が占めていた敷地内の5つの建物のひとつの中にある。

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16区のLes Cinq Toits。右の建物内の一室にロック・ユア・ガーデンがある。photo:Mariko Omura     

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ユーフォルビア(写真左上)やベゼー・ドゥ・パンゴラン(鱗甲目のキスの意味、写真中左)のように、ほかでは見つからない珍しい植物を揃えるように心がけている。photo:Mariko Omura

「その建物がアトリエの候補者を募っていて、ちょうど翌日が締め切りということを友人が教えてくれ、そして、志願しなさい!と。14区のかつての病院跡地にクリエイターやレストランなどが集まって一種の共同体のようなル・グラン・ヴォワザンという場所があります。そこで植物を扱うママ・ペチュラというブティックの存在を知り、こうしたアイデアは悪くない、と思っていたので……。もともと、街中によくある普通のブティックを持つことは、望んでいませんでした。自分がしたいガーデンデザインの仕事を、店を持つことで縛られてしまうのは嫌だったから。私が住んでいる7区に、イベントを手がける女性の花屋さんがあります。店はイベントの仕事がない時だけ、営業。私もそうしたかったんですね。もっとも私の場合は花ではなく、売るのは植物ですけれど」

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植物とブロカントのスペース。

彼女は植物だけでなく、掘り出しものの古い花器やオブジェなどもアトリエブティックで販売している。植物とブロカントの店、といってもいいかもしれない。営業を始めた当初は、自宅からたくさんの品々を持ち込んだそうだ。植物はなるべく珍しい種類を置くようにしている。ロック・ユア・ガーデンというのはまだ会社員時代、10年前に見つけた名前だ。

「バスでモンテーニュ大通りを通りかかった時に、硬直した植え込みの庭が目に入って。ちょっと庭に揺すりをかけてみたら!って、口をついて出たのが“Rock Your Garden !”だったんです。すぐにこの名前を植物部門で登録しました」

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オブジェも販売している。品によっては愛着があって手放しがたいものもあるようだ。photo:Mariko Omura

サラリーマン時代と違い安定のない仕事だけれど、それを支える情熱が自分にはあるとアレクサンドラは語る。自分の中にしっかりと根ざしている情熱こそが機動力だと。そんな彼女の仕事における最大の喜びとは何だろう。

「それはクライアントから、“期待を上回る仕事をしてくれた”と言ってもらえることですね。私は夜も自宅でリサーチをし、細かい計算を重ねてクライアントのために最高の仕事をする努力をしてますけど、それはクライアントの目に見えないこと。だから、こう言ってもらえると、任務が遂行できたという大きな喜びを感じることができます。私の仕事はクライアントの夢の実現。彼らは夢に対価を支払っているのです」

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ガーデンデザインや植物デコレーションの注文はスタート時から徐々に増えていっている。パリ郊外の集団住宅の430㎡の庭という大きな仕事も、この先控えているそうだ。自然、生き物が相手の仕事ゆえ、ときに思うようにならないことも。彼女は常に理想の植物の入手に奔走するものの、昨年の外出制限期間中などは苗木業者たちも苦戦した時期。たとえば、個人宅のバルコニー用に持ちのよいバラの品種が欲しいのに、どこにも見つけられず。こういう時は待ってもらうしかないのだ。また希望の色の花の入手が難しい時は、どこまで色の幅を広げてもらえるか。クライアントの理解を得る必要がある。

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植物デコレーションの仕事をしたキッチン。photo:Claude  Pasquer

「これまでの仕事を振り返ってみて、私はクライアントに恵まれたといえますね。私の名前は口コミで広がっていったんですよ。インスタグラムでこの場を知った若いカップルが彼らのインスタで私のことを勧めてくれて。それを見た人がここに来てクライアントになって……と。こうした人々とは、とてもいい友好関係が築けています。毎朝目覚めるたび、“最高のクライアントばかりだわ”って 、感謝するんですよ。おもしろいのは、若い人たちは花より植物をテラスやバルコニーに求める傾向ですね。可能な限り花は見たくないって……。私のサービスに対価を支払えるのだから、ある程度豊かな暮らしの30代の人たちで、彼らは植物のフォルムや色、香りといったことにこだわりを持っています。花を好むのはもっと歳の上の人たちです」

デザインする際、日当たり、風向きといったことを考えて植物を選ぶが、アレクサンドラが最も大切に考えるのは、そのスペースをクライアントが活用するのか、ということ。そこで食事をするのか、読書の場としたいいのか、といった。それに彼らの美意識を尊重して、そこからデザインを始める。以前の彼女の仕事とは180度の違いだが、過去の仕事が役立っていることは少なくないという。

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アレクサンドラはこのような3Dのデッサンをはじめ、多くのことを独学で学んだ。courtesy of Alexandra de Brito

「転職しても過去からきっぱり切り離されるのではなく、続いている、といってもいいでしょう。以前は渉外担当だったので、他者といい関係を築けるようにしながら闘うのは得意です。かつての仕事の交渉とはいまはタイプの異なる交渉だけど、よい関係がよい結果をもたらすことに変わりはありません。ミーティングでは10名の男性を前に、私がひとりで、というようなことをしていました。よい仕事をするための闘いです。問題があっても、葉っぱのようにはらはらと震えたりせず突き進むんです」

ガーデンデザインの授業を受ける前にパリの庭をたくさんデッサンしたというアレクサンドラ。パリ市内のおすすめの庭を聞いたところ、プティ・パレの中庭、そしてケ・ブランリー美術館の庭の2つが挙がった。後者は自宅の近所だという。裏通りの入り口から誰でも自由に庭に入れ、読書に最適!とプロの視線での彼女の評価はとても高い。

Rock Your Garden(アポイント制)
c/o Les Cinq Toits
51, boulevard Exelmans
Paris 16em
www.rockyourgarden.com
Instagram:@rockyourgarden

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editing: Mariko Omura

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