転職と天職 試しに始めた子ども服ブランドが好調。レティシアは退社した。

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Marsou(マルスー)の創業者レティシア・フランドル。生まれて間もない次女が着ているのも、すべてマルスーの品だ。なお日本ではマルスーではなく、マルソーの名前で販売されている。photo:Mariko Omura

2016年、インスタグラムで販売が始まった子ども服の「Marsou(マルスー)」。落ち着きのあるナチュラルな色とシンプルなデザインが特徴だ。ボヘミアンシックと呼びたくなるタイプで、子ども服の世界では珍しい。いま流行りのロンパースを復活させたのもマルスーだ。これは洋裁などそれまでしたことがなかったというLaëtitia Flandre(レティシア・フランドル)が、会社員時代に試しに始めたブランドである。8月半ばから10月上旬まで、デパートのボン・マルシェで秋冬コレクションが販売されることが決まった。

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子どもだけでなくママの心も掴んでしまうマルスー。秋冬コレクションは8月13日から10月10日までボン・マルシェでも販売される。

結婚し、翌年2015年に長男を出産したレティシアはフランスの多くの女性たち同様に出産以前からの仕事を継続していた。しかし困ったことに当時夫の勤務先はロンドンなので、パリにいるのは週末だけ。彼女の方はといえば、仕事がら旅で不在がちで……。

「仕事が好き! 仕事が好き! こうばかり言ってるわけにはいかなくなったんですね。私が出張を減らさないことには、と思うようになって。でも会社勤めを辞めても、働き続けたい気持ちに変わりはない。さて、自分に何ができるのだろうか?と、考え始めました」

フランス西部の高等ビジネススクールで彼女はマーケティングを学んでいる。学校には財政やマーケティングなどさまざまな部門があり、彼女が選んだのはマーケティング・コミュニケーションだった。いかに商品を紹介するか、ということにとても興味を持っていたのだ。学校の最終年には実地研修がある。通常6カ月のところ、ニューヨークのヴァン クリーフ&アーペルから彼女は1年を提案された。

「ジュエリーの素晴らしいメゾンであるうえに、ニューヨークで1年間暮らせる! これって夢のようですよね。特にジュエリー部門で働きたいと思ったのではなく、語ることのある歴史あるメゾンで、というのが私の希望だったのです。ここで本格的にPRを学ぶことができました。ジャーナリストに対し、クライアントに対し、どのように自社製品をアピールするかの方法ですね」

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トラベルリテールで旅と仕事の楽しみ

研修の後に正式なポストの提案があるのが通常だが、運悪く、2008年は経済危機の年で、とりわけアメリカの状況は芳しいものではなかった。首切りも多い状況なので、雇用などはとても望めない。それでレミー コアントロー社に仕事を見つけた彼女は、フランスに戻ることにしたのだ。仕事はトラベルリテールのためのマーケティング・PR。フランスのコニャック地方で100年以上の歴史を持つメゾンによって生産されていて……というように、空港の売店の販売勢力がいかに商品を購買客に語るかの指導である。

「シンガポール、中国などアジア諸国への出張がありました。支社があるので日本に一度も行く機会がなくって残念だったけれど、旅が好きな私はとってもこの仕事に満足してました。本社にはコニャックのルイ13世のセラー・マスターがいて、常に非の打ちどころこのない商品であることを保証しています。そのピエレット・トリッシュに同伴して、あちこち出張しました。販売する人たちも、このように商品のクリエイションに関わる人に会えることでモチベーションがあがるものです。それに商品について誰よりも詳しい彼女に会えるのはうれしいことです。私は空港の免税店にアニメーションのスペースを作って、試飲会を開いたりするなど、商品の紹介に務めました。仕事にはとても満足していたのだけど、5年たったところで変化好きな私は、違う分野の商品を語りたいと思い始めたんです」 

旅を続けたいので部門はトラベルリテール。でも、今度はフェミニンな商品がいい、とどの香水メゾンがこの分野で活発な活動をしているかを調べてみた。その結果、彼女はシャネルに志願した。トラベルリテールがとてもパワフルなことで知られるレミー コアントロー社での経験を買われた彼女。2012年に入社し、トラベルリテールだけでなく、支社のない国も担当を任されることになった。

「ヨーロッパだけでなく中近東も含めて支社のない国へ出向いて行って……旅も増えたし、私の過去の経験やアイデアが求められて、最初はすごく満足していたんですよ。それに、シャネルはとても素晴らしいメゾン。他社と違って社員もプレゼンテーションやパーティに招かれ、社内で働く人たちにも夢を見せてくれます。私たちはガブリエル・シャネルが育った修道院や、香水のための花畑をグラースに訪問し……。創業者へのリスペクトがあり、彼女のヘリテージを守り、偽りのない商品を作り続けているメゾンです」

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会社員時代に生まれた子ども服のアイデア

仕事を楽しんでいたのだが、子どもが生まれると事情が複雑になった。一緒に過ごせる時間が欲しいし、家には夫か彼女のどちらかはいるようにしたい。では会社を辞めて、いったい自分に何ができるのだろう。こう考えたレティシアの頭に浮かんだアイデアが、マルスーだったのだ。エコな素材、リサイクル素材を使ったフランス生産の価格が手頃な子ども服。これは可能だろうか?

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自然な色合い、ビオのコットン、フランス国内での生産と最初のコレクションからレティシアのこだわりは変わっていない。photo:(左)Mariko Omura

「フランスでの生産は高くつく、という定評がありますけど、私はパリで私の考えに賛同してくれるアトリエを見つけられました。会社勤めをしていたので、夜と週末に作業を進め……自分の楽しみ的な気持ちが当時は強かったですね。最初はブルマーだけで量もわずか。私のアイデアを友人がデザインしてくれて、女の子のにはフリルが、男の子のはサスペンダーつきというごくシンプルなものでした。裁縫の経験は私にはありません。私にあったのはフランス生産の商品を作る会社での経験です。オーセンティックを愛し、誠実なクリエイションによる良い商品を作る。いまの仕事において過去の経験の中でも、とりわけシャネルでの5年間がとても役にたっています」

2016年に普及し始めていたインスタグラムを活用し、販売をスタートしてみた。当時はまだフィジカルなブティックで人々は買い物をする時代で、インスタグラム上ではライバルも少なくて、信じられないくらいうまくいった。

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2021年春夏コレクションより。対象年齢は男女0歳から8歳まで。

「会社の仕事ではクリエイションに関わっていない私は、自分のどこかで自分のアイデアを生かして何かをクリエイトしたい……こう思っていたからマルスーを始めたんでしょうね。旅はたくさんしたけれど、何かが欠けていたんです」

ふたり目の子どもの産休中、彼女は猛烈にマルスーの仕事をし、そして産休が終わるころに今後をどうするか決めなければ、と思ったのだ。会社を辞めようか迷う彼女に対して夫は、「できるよ!! 僕たち家族にベターなことなら、財政面は僕が援助するから」とプッシュ。彼女も会社を辞めたら子どもたちと過ごす時間も増えることだし、と退社することを決心した。うまくゆかなかったら、経験のあるもとの仕事に戻ればいい。こう思ったそうだ。

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ロンパースを復活させたマルスー

それと時を同じくして、彼は勤務地がロンドンからパリに。マルスーのトレードマーク的アイテムとして、ロンパースがある。これはブルマーの後に手がけたもので、当時子ども服ブランドのどこもこのアイテムを作っていなかった。

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各コレクション、ロンパースは欠かせない。左は今年の春夏コレクション、右は秋冬コレクションから。

「マルスーはヴィンテージタッチ、レトロタッチを大切にしています。だからとても自然にロンパースを作ったところ、これが大ヒット。それゆえに会社を辞めた、といってもいいでしょう」と当時を振り返るレティシア。ブランドの特徴のひとつである曖昧な中間色というのも、彼女が始めた5年くらい前の子ども服には珍しいものだった。裁縫はできないけれど、染色が好きな彼女は、最初の頃はオリジナルブレンドで生成りの布を自分で染めていたという。いま、染めはパリ市内のアトリエに任せている。

「ブランドを始めてから、ソフトにではあるけれどずっと発展し続けています。有名なブランドで余った上質の素材を集めて販売する業者があって、私はそこから布を買ってマルスーを始めたんです。未使用のまま半端に余っていた布なので、とても手頃な価格で入手できます。エルメスやジェラール・ダレルなどどこからのものかがわかる素材もあれば、不明なものも……。捨てられる運命にある布のリサイクルですから、エコですね。最初はこうしたアップサイクリングの布だけで足りていました。でも、こうした布は分量に制限があるので、ブランドが発展してゆくにつれて増える注文に応えきれず。現在は、アップサイクリングを続けつつ、かつ新しい素材も使うようになっています」

今年の夏のコレクションでは、Econyl(エコニル)というイタリア産の素材を使用した。海洋プラスチック廃棄物が生み出すアンチUV素材である。厚手でUPF50。子どもの肌をしっかりと保護できる水着やトップをこれで作ったのだ。速乾なのも魅力の素材である。子どもを持つ身として、次の世代にどのような地球を残せるのかということを意識せずにはいられらないという。

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今年のヴァカンスシーズンも、マルスーを着た子どもたちが海に山にとフランス中にいっぱい! 右が女子のエコニル素材の水着。秋冬コレクションではコートにヒートテック素材を使用している。

さて、マルスーを成功に導いた彼女。どのような性格の持ち主なのだろうか。

「私の性格?? それには夫が喜んで答えるでしょうね」と大笑いしてから、こう続けた。「挫けないというのは確かね。たとえば、最初に見つけたパリのアトリエとの価格交渉は、私の希望に相手がイエスというまで毎日のように通ったのよ。いまも一緒に仕事をしているのだから、そういう経緯があったにせよ、このアトリエとはうまくいっているということですね。頑固というのとは違う。そうね、決めたことには断固とした態度で臨むということでしょうか。アップダウンの小さな波はこれまでいくつもあって、難しい時期には、あらら、会社員を続けているべきだったわ、と気弱になったりもします。たとえばSNSで手応えのある反応を得られなかった時とか。活気に欠けるというのは、何かエラーがあったのかしらと考えたり……。でも、そういう時に何かが起きるものなんですね。8月半ばからボン・マルシェで販売される話が来たのは、5月に3人目を出産する数日前のことでした。会社員なら産休がとれるけれど、いまの仕事では産休は存在しません。ちょっと仕事に疲れてしまって、ああ、会社員だったらなあ、などと思った時に、この話が舞い込んだんです。ああ、頑張ってる甲斐があった、と報われた気がしました」

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秋冬コレクションより。レティシアは過去の仕事において、ビジュアルの大切さを学んだと語る。ブティックを持たないブランドなのでSNSで発表するビジュアルは服が正しく、美しく見えることを心がけている。

マルスーではコレクションごとに、SNS上にできたマルスー・コミュニティのメンバーから選んだひとりとコラボレーションを行っている。かつての自分のようにクリエイターではないけれど、何かを作りたいという意欲を持つ女性たちは多いとレティシアは語る。秋冬コレクションは、ベルギーに住む一女のママとコラボレーションした。これを続けるのはもちろんだが、今後はベビーの毛布などホームの分野にマルスーの世界を拡張してゆきたいと考えている。彼女なら成し遂げるだろう。

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editing: Mariko Omura

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