プレスオフィスをたたんで、アンティークジュエリーの世界へ。
パリジェンヌの転職と天職 2021.10.25
Anne-Lise Delsol(アンヌ=リーズ・デルソル)。彼女がセレクトしたアンティークジュエリーを販売するサイト「Caillou Paris」を2019年秋に開設した。
アンティークジュエリーを販売する「Caillou Paris(カイユゥ・パリ)」を2019年秋にスタートしたアンヌ=リーズ・デルソル。その前は職業はジュエリーブランドに特化したプレスオフィスを主宰していた。彼女が大学で修士号を取得したのはマーケティング&コミュニケーションで、最初に彼女がついた職業はインテリア商品の流通会社でのコミュニケーションだった。そこでPR業務も任されるようにもなったのだが、
「モード週刊誌のインテリア部門がアシスタントエディターを探しているということを耳にし、“雑誌がどのように機能するのかを学ぶのに役立ちそう!”と思って応募したんです。そこで期間限定の雇用契約を得て1年半働き、その後、デザイン関係のプレスエージェンシーに入りました。そのエージェンシーというのが、ジュエリーデザイナーに転身したセゴレーヌ・ダングルテールが経営していたエージェンシーなんです。偶然だけど、彼女も私もいまはジュエリーの仕事をしてるっておかしいですね」
カイユゥ・パリが扱うのは18世紀から1950年代までの、イヤリング、指輪、ネックレス、ペンダントトップ、ブレスレット。価格は200ユーロ前後から3,500ユーロ。どれも一点ものなので、売れてしまったら二度と出合えないジュエリーばかりだ。
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インテリアからジュエリーへ
2008年、リーマンショックが引き起こした金融危機の発生でセゴレーヌはアンヌ=リーズを雇い続けることができなくなってしまった。それで彼女はインテリア分野のプレスエージェンシーをひとりで細々とスタートしたのだ。ある日、ジャーナリストの友達とランチを取った日のこと。食後、ファッション関連のブランドを扱うプレスオフィスのオープンデーにゆくという友達に彼女にアンヌ=リーズも一緒に行ってみることにした。
「そこで目にしたのは、靴やバッグの中に小さなジュエリーが埋もれていて、語るべきことがあるブランドなのに正当な扱いを受けていないという状況でした。インテリアの世界より、ジュエリーの方が私にできることがたくさんあるのでは?とそこで思ったんです」
こうして彼女のプレスオフィスはインテリアからジュエリーの専門へと方向転換。ちょうどジュエリーを重ね着けするモードの時代で、タイミングもよかったという。ゴールドと半貴石のジュエリーの「C’est la Rose」、ファンタジー・ジュエリーの「Aime」「Adeline Affre」、ゴールドと貴石の「Céline Daoust」といったタイプも価格も異なる複数の小さなブランドをクライアントに持ち、順調に時は流れていった。
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失せてしまった仕事の喜び
「プレスオフィス時代の喜び。それは、まず新しいブランドの発見ですね。そして、そのブランドをジャーナリストに知ってもらうこと。そのクリエイターがどんな素材を使って、どのようにクリエイトするのかといったことなど語って……。いまでも当時のように新しいブランドを見いだすと、ああ、このブランドはいい仕事をしてるわ、って思うこともありますよ。発見し、それを分かち合うこと。当時これが仕事の大きな喜びだったのです。オフィスをクローズしたのは2017年でした。フランスの雑誌業界が不調で、スポンサーのブランドでなければ雑誌は取り上げないというようになってしまって。私は広告予算など取れない小さなブランドばかりを扱っていたので、どんなに努力をしてもスポンサーじゃないからといって私のブランドのジュエリーは取り上げてもらえない。フラストレーションですね。でも、私のクライアントたちはそうした状況が理解できません。私の仕事に彼女たちが不満を抱えているのを感じるようになって……。私自身も満足が得られなくなり、かつて仕事に覚えていた喜びが失われてしまったんですね。それにこの仕事ではもう学ぶことはない、という気もしていました」
自分のしていることに意味を見いだせなくなり、彼女はオフィスを閉めることにした。37歳の時。もっとも彼女が次のステップへと向かうと決心したのは、別の方向へ進まねば、という気持ちからであって年齢とは関係ないことだったと振り返る。
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アンティークジュエリーのキュレーターに
そして彼女はまず美術史を1年学んだ。その後、1年間宝石学を学ぶのと並行して、カイユゥ・パリのサイト開設へと準備を進める。
「カイユゥ・パリのアイデアが浮かんだのは2015年頃、まだプレスオフィスを続けている時代です。複数の業者が扱う古い家具やオブジェの掘り出し品をセレクションして販売するサイトにSelencyというのがフランスにあり、そのジュエリー版というのはできないだろうか、となんとなく考え始めていたんです」
Caillou Parisで見つかるアンティークジュエリー。左から、1920年代のサンゴとダイヤモンドのイヤリング「Sitax 」、1900年頃のダイヤモンドの花のネックレス、19世紀末のナポレオンスタイルのパール×アメジストのイヤリング。
左から、19世紀の白蝶貝の指輪、19世紀末のリボンのブローチ、18世紀中頃のルビー、サファイア、ダイヤモンドの指輪「Caleb」。サイトでは1点のジュエリーについて、素材、サイズ、状態など詳細に説明されている。
もともとアンティークジュエリーに興味を持っていたアンヌ=リーズ。自分が扱うブランドのジュエリーをつけて失くしたり、壊したりしたくないこともあって、プレスオフィスのオープンデーでも身に着けていたのは自前のアンティークだった。
「ジャーナリストから、それどのブランドの品?と私が着けている古いジュエリーが興味を引いてしまって……いいアタッシェ・ドゥ・プレスだったとはいえないですね。でも、こうしてわかったのはアンティークジュエリーに興味があっても、どこでどのように買っていいのかがわからないという人が多いことでした。友達からも、“あなたと一緒に行けば、私もドルオー競売場に入れるの?”と聞かれたこともあります。誰でも入れる場所なのに……」
彼女とアンティークジュエリーの出合いは、母親によってもたらされたそうだ。アンティークフェアなどに一緒に出かけていたのだが、小さかった彼女はあまり関心を持てず。また母が自分の宝石箱から取り出して見せる陶製の牙がついたジュエリーなどは恐ろしいものにしか思えず。母の持つアンティークジュエリーに興味がわき、また自分でも買うようになったのは学生になってからだ。
「たとえば英国によくあるのだけど9カラットのゴールドのリング。ターコイズとファインパールが並んでいるのがたった35ユーロとか。あるいは、耳たぶを覆う感じのドルムーズが80ユーロ……こうしたものを買い始めたんです。この程度なら入手できますよね。競売場やアンティークフェア通いは、私の暮らしの一部になっていきました」
サイトで扱うジュエリーをプレスオフィスにてジャーナリストにお披露目。留め具に“amour pour toujours(永遠の愛)”と書かれたロマンティック時代のネックレス(左下)や、赤い金属片パイヨンが黄色いシトリンを赤く見せる19世紀のイヤリング(中上)など。
2019年11月、約50点のジュエリーを並べたカイユゥ・パリのサイトがスタートした。以前から知り合いだった2名のアンティークジュエリー商のところで選んだジュエリーを販売……といっても、アンヌ=リーズが実際にジュエリーを売るのではない。
「私は自分の仕事をアンティークジュエリーのキュレーションと表現しています。商人たちが持つジュエリーの中から、私の好みに合う品を選び、確かな商品とはいえ念のため石が本物か、傷がないかなど私が再鑑定。そしてサイトで販売し、購入者への発送はジュエリーの持ち主のアンティーク商が行うという……つまり私が販売していてもジュエリーは購入しておらず、販売のコミッションが収入なんです。もちろんサイトの開設など、何かを始めるにあたっては最初に投資が必要なのは当然のことですね。それにその後、発送のためのパッケージング、サイトの宣伝といったことにも費用がかかっています」
カイユゥ・パリという名前のカイユゥは小石を意味し、また宝石を語るときに“石っころ”的に少し蔑視した表現にも使う。それゆえにアンヌ=リーズの友達の中には、“カイユゥなんて、とんでもない!”と反対する声もあった。しかし彼女の頭にあったのは、童話の中で子どもたちが辿る道後に小石を置いてゆき、出発点に遡れるということ。アンティークジュエリーの物語に結びつくように感じての命名だ。
ベルエポック、アールヌーボー、ドーム、タンクなどの指輪。アンティーク市場も新品と同じく、指輪とイヤリングが人気アイテムだそうだ。
扱うジュエリーの価格の上限は3,500ユーロ、カルティエやブシュロンといったメゾンの品は扱わないと決めている。著名ジュエラーの名前に安心して購入する人のためには、別の市場があるからだ。彼女の審美眼に適った品を選んでいて、時代は18世紀から1950年代で、魅力を湛えるジュエリーが生み出された19世紀後半の品がとりわけ多い。スタイルさまざまでアールヌーボーもあれば、アールデコなども。どれも一点ものである。
「カイユゥ・パリをスタートし、軌道に乗ったのは半年くらいしてからですね。購入する女性の年代は幅広く、また婚約指輪を求める男性も客も少なくありません。アールデコが婚約指輪には人気なんですよ。先日は、30歳のお祝いに自分に指輪を贈りたいという女性からコンタクトがあって……彼女が希望する指輪を探すことになりました。こうしたリサーチもしています。アンティークジュエリーに関心を持つ人は増えていますね。ゴールドやダイヤモンドの採掘……ジュエリーのクリエイションは環境汚染に繋がることもあるので、エシカルゴールドや合成ダイヤモンドへと向かう人もいれば、既存の品であるアンティークジュエリーへと向かう人もいて。後者の場合、誰かと同じということがないのも利点です。それにいまでは用いられない技術が施された珍しいタイプも見つけられるし。たとえば、透明の石の下に色のメタル片(パイヨン)を敷くという19世紀によく使われた技術。これによって石の色が角度で変わって見えるんですね」
左: アンヌ=リーズが日常的に身に着けているアンティークジュエリー。左のスネークリングは、亡くなった祖父から母が受け継ぎ、サイズを調整して着けていたそうだ。こうした継承の物語もアンティークジュエリーにお楽しみのひとつと彼女は大切にしている。 右: アンティークのタイピンを彼女のアイデアでイヤリングやペンダントトップに変身させて「再創作」としてサイトで扱っている。photos:Mariko Omura
指輪の場合はサイズの問題もあるし、またアンティークジュエリーをサイトで買うことに抵抗ある人もいる。アンティークジュエリーの世界に不安なく飛び込めるようにと、アンヌ=リーズはときに場所を借りて一種のポップアップのような半日を催している。そこで来場者は実際にジュエリーを試し、彼女からのアドバイスももらえて……。発見し、分かち合う。アンヌ=リーズは以前失った仕事の喜びをいまカイユゥ・パリで味わっているのだ。
editing: Mariko Omura