大きなグループから飛び出し、ホームウェアをキュレーション。
パリジェンヌの転職と天職 2022.01.28
2021年6月にオンラインブティック「La Romaine Editions」をスタートしたPauline Vincent(ポーリーヌ・ヴァンサン)。パトゥのスカートが似合う、キュートな1児のママだ。
マレ地区にギャラリー・ラファイエット・コーポレート財団によるコンテンポラリーアートに捧げる「Lafayette Anticipations(ラファイエット・アンティシパション)」が2018年3月に幕を開け、併設のミュージアムショップ的なブティック「A Rebours(ア・ルブール)」も同時にオープンした。そのディレクター&キュレーターに任命されたのは、ギャラリー・ラファイエットでモード部門のバイヤーだった若きポーリーヌ・ヴァンサン。その後彼女は退社し、昨年6月にホームウェアをメインにしたオンラインブティックの「La Romaine Editions(ラ・ロメーヌ・エディション)」を立ち上げた。とても好調で、早くも初のポップアップが2月1日からボン・マルシェで開催される。
ラ・ロメーヌ・エディションのファーストエディションのテーマは「花」(左)、セカンドエディションのテーマは「レッド」だった。ボン・マルシェのポップアップではこのふたつのテーマおよびブランドオリジナルからのセレクションが販売される。
デパートのバイヤーになる夢を実現する。
「ア・ルブールの前、私は同じグループのデパート、ギャラリー・ラファイエットのレディス・モード部門のバイヤーでした。これが私の最初の仕事。小さい時はフローリストか画家になりたかったことを覚えています。でも事業家の父から“ダメダメ、まずはビジネススクールに行って学びなさい。その後で自分のしたいことをしなさい!”と言われて、それに従ったんです。ナント市の高等ビジネススクールで学び、それと並行してエコール・デュ・ルーブルにてアートヒストリーも学びました。これは興味があったので。というのも、母が美術館の学芸員だったので、弟と私が小さい時からミュージアムからミュージアムへと母が連れて行ってくれて……。オルセーやルーヴルといった彼女が働く美術館に限らず、ガリエラ美術館やポンピドゥー・センターなどジャンルもさまざまに。私、印象派の作品に魅了されていて、とりわけモネは好きな画家のひとりです。テキスタイルがいかに描かれているかなどに関心があり、モードを絵画の中で発見したと言っていいでしょう。学位の論文もドガの絵画におけるチュールやチュチュをテーマにしたんですよ」
ふたつの学校を終えると、次はファッションへ興味から、パリのモード学校IFM(アンスティチュ・フランセ・ドゥ・ラ・モード)へ進んだ。卒業後はバイヤーになる!という夢を抱えてのことだったが、なぜこの仕事にこだわったのだろう。
「私、デパートが大好きだったんです。ギャラリー・ラファイエット内にコンテンポラリーアートを扱うギャルリー・デ・ギャルリーをクリエイトしたのは母なんですよ。そういうことも関係してかデパートで働くのが私の夢、それもバイヤーとして。これから芽を伸ばしてゆく新しい才能もすでに認められた才能も、とにかくこの世でクリエイトされる服のすべてに通じているのがバイヤーなのだ、と思ったんですね。クリエイターたちとの接触があり、その仕事をセレクションして、と。IFMを出て、即戦力としてギャラリー・ラファイエットでバイヤーとして働き始めました。実はビジネススクールの最終年にここで研修をし、その後に正式採用を提案されました。でも、私はIFMにゆくと決めていたので、ではIFMを出たら、ということになり、彼らはポストを用意して私を待っていてくれたんですね。バイヤーに必要なコンペタンスというのは、たとえばギャラリー・ラファイエットやボン・マルシェでは管理能力です。交渉をする、ビジネスプランを練る、購入予算を組むといったようにビジネス面が大きい仕事ですからね。これにはビジネススクールで学ぶことが役立つわけです。それに加えて、市場ではどんな品が求められるか、イメージとして何が客たちの気を引くかといったことを考えてコレクションを作り上げる必要があります。クリエイションに向ける視線が求められるのですが、この部分がいちばん楽しめたことでした」
左: ア・ルブール時代に知り合った「Boris de Beijer(ボリス・ドゥ・ベヘール)」が、最初に声をかけたアーティスト。彼にガラスの燭台を彼女はオーダーした。どれも一点ものだ。 右: ベストセラーのひとつ、Samantha Kerdine(サマンサ・ケルディーヌ)がデザインしたマーガレットのキャンドルスタンド。各38ユーロ。
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アート財団のコンセプトストアこそが自分の仕事!と思ったが……。
夢にみたバイヤー職を謳歌し1年くらいしたところで、ギャラリー・ラファイエット財団のプロジェクトを耳にしたポーリーヌ。財団が作ろうとしているラファイエット・アンティシパションには、コンセプトストアもできるのだ。これこそが自分の仕事!と確信した彼女は、ディレクター2名の仕事場はデパートとは別の場所にあり、アクセスが簡単ではなかったけれど彼らのもとへ出向き早速志願した。
「モードだけでなく、アート、デザイン、オブジェの仕事で雑誌も扱うし、アーティストたちとのやり取りもあります。プロジェクトを耳にしてから実現まで3年間待つ間は、バイヤーの仕事を続けました。その間に扱うブランドの分野が変わったことで新しいブランドを発見したり、旅もして、とおもしろかったですね。私はリュクスなブランドのバイイングに携わりたいと願っていて、やっとその職を提案されたのはフォンダシオンでの仕事がコンファームされたと同時のこと。でも、私は企業者的な面を生かせるフォンダシオンの方を躊躇せず選びました。ア・ルブールは1年近い準備期間の後2018年にオープンし、2020年には新型コロナ感染症対策による閉鎖があり……私、長女を妊娠。母親となっても雇用されている立場というのは、私には考えられないことです。企業のパトロンでなくては!と辞める決心をしました」
フォンダシオンの仕事は彼女が想像していたほどには自由に任されなかったことも退社の理由だという。コンテンポラリーアートのためのフォンダシオン。ブティックで売り上げの良い結果を出すことは可能とはいえラファイエット・アンティシパションそのものがまだその機能の仕方を模索している部分もあり、また小規模であっても機能の仕方は大グループのように大勢がさまざまな意見を出し、変更が繰り返され……。素晴らしいプロジェクトではあるけれど、ポーリーヌは自由でもあり自由ではなく、という状況の中に閉じ込められてしまっている感じがしていた。そんな彼女にとって妊娠はパーフェクトなタイミングだった、といってもよさそうだ。
妊娠を機に、次にすることを決めずに退社。
「妊娠してなくてもア・ルブールを辞めていたかもしれません。当時ラ・ロメーヌ・エディションのアイデアがあったわけではなく、辞めても、さあ、この先自分は人生何をすればいいのだろうか?って(笑)。出産休暇、外出制限期間中、じっくりと考える時間がありました。社会人となってからずっと働き詰めだったので、これは初めてのこと。おかげで、いろいろなことに思いを巡らせ、子ども時代の思い出も蘇って……」
2021年6月にポーリーヌがオンラインブティックをスタートさせることになるラ・ロメーヌ・エディション。インスタグラムを見ると、ホームウェアのプラットホームと紹介されている。販売しているのはテーブル関連についてアーティストやアルチザンにオーダーしたエクスクルーシブなオブジェ、ブランド名を冠したオリジナル、既存の品からのセレクションで、アイテムは食器、グラス、燭台、テーブルリネンなどだ。
ラ・ロメーヌ・エディションより。左: ポーリーヌがデザインし、ムラノ島で生産されるグラス。各90ユーロ。 中: 器としても後に活用できるビオットのグラスを使用したオリジナルキャンドル。ピンクざくろ、ゴールデンイエロー、ガーデングリーンなど6色あり、香りはグラスのヴェルヴェーヌだ。50ユーロ。 右: ネパールで生産のカシミアのプレド。ラ・ロメーヌ・エディションの初のテキスタイルアイテムである。520ユーロ。
「昔のことでは、母との美術館巡りや、それまでに私がした旅、訪れたミュージアムブティックなどを思い出し、また祖母と室内建築家の叔母がアンジェという地方都市で経営していたインテリアブティックについても……。そこはフィリップ・スタルク、ヒルトン・マコニコ、テレンス・コンラン、デザイナーズ・ギルドといった80~90年代のデザイナーに、ピエール・フレイやディオール・メゾン、マニュエル・カノーヴァなどをミックスした色のあふれる世界でした。当時祖父がタイに住んでいたので、叔母と祖母がそこで買い付けたシルクや陶器なども売っていて、ちょっとアリババの洞窟のような店。叔母が手がけるウィンドウ・ディスプレーも素晴らしく、見惚れていた記憶があります」
このように昔を懐かしみながらインスピレーションを得ると同時に、ア・ルブール時代に知り合ったデザイナーの中で一緒にいつか仕事ができればと興味を持った人々についても考えてみた。そして明快なアイデアもないまま、その中のひとりであるBoris de Beijer(ボリス・ドゥ・ベイヤー)に彼女はコンタクトするのだ。“あなたの仕事が好き。私のためにガラスの燭台を作ってもらえないだろうか”と。
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熟考、テスト、そしてラ・ロメーヌ・エディションが生まれた。
「一種のテストですね。でも、まだラ・ロメーヌ・エディションについて具体的なことは何も決めておらず……。彼と話をするうちに、ああメゾンの世界に関わるオンラインブティックを作らねば!となったのです。でも人々はいったいオブジェにどんな欲を抱くのだろうか、とも考えました。モードに対する欲とは異なります。欲しいという気をそそる品、囲まれる暮らしが想像できるような品々であるためには、人々が買いたいと夢見ることができるようにしなければ、と。それで雑誌のように編集のテーマを作るのがいいだろうと。ラ・ロメーヌ・エディションは2021年6月にスタートし、最初のエディトリアルテーマが花、10月のふたつ目のテーマがレッド。次はハーヴェストに決めました。植物の世界にインスピレーションを得ることが多いですね」
左: ミツバチの小皿は既存の品からのセレクション。ダリアの皿はポルトガルのボルダロ・ピンヘイロによるもの。その下の丸いクロスはラ・ロメーヌ・エディションのオリジナルだ。 中: ハンドペイントが魅力の格子皿はサマンサ・ケルディーヌによる。 右: セカンド・エディションでスペインのEl Rayo Verdeが手描きした花のお皿が人気だ。
アイデアが生まれた時、夫に話したところ彼は彼女をプッシュし、また仲の良い友達何人かにも相談をした。その中のひとりは最初のプレゼンテーションからいまにいたるまで、彼女をサポートしてくれているそうだ。両親はというと。
「母はいつだって私に賛成してくれるのだけど、父は私のアイデアを“めちゃくちゃなことを言って! 母親になったのに仕事を続けるなんて”と。でも私が真剣に取り組んでいると分かるや、“もしよければ、助けてあげるよ”となったんです。父の援助は期待していなかったのですけど、株主になってくれました。いま私が仕事をしているオフィス&ショールームは父の会社の持ち物なんですよ」
ラ・ロメーヌ・エディションという名前は、祖父母が別荘を持っていた南仏のヴェゾン・ラ・ロメーヌからだ。ローマ時代の遺跡が残り、街の中に別の街があるという土地で、彼女もこの地で素晴らしいヴァカンスを何度も経験している。こうしたパーソナルな面に加え、ロメーヌという響きが女性やドルチェ・ヴィータも思い出させるし、またサラダの一種の名前でもあるということも気に入って、ラ・ロメーヌ・エディションに決めたという。
幸運なスタートを切ったポーリーヌ。このラ・ロメーヌ・エディションのためにコンタクトし、テーマに合った品の製作依頼にはア・ルブールで知り合ったアーティストに限らず、未知のアーティストにも声をかける。テーマに合わせて、過去に仕事をしたアーティストと再び、あるいは新しい人と……というように。また彼女自身がデザインすることもある。ア・ルブールでの経験からあまり客層を絞り込まないようにし、なるべくオープンに、寛大に、というのがポーリーヌの方針だ。たとえば花のモチーフのうつわにしても、限られた人向けの花ではないようなクリエイションを提案。その結果、売れ行きも好調である。
オンラインブティックでは単に商品を並べるだけでなく、ポーリーヌはテーブルコーディネートのアイデアもさまざまな状況で見せている。
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大きな自由がある。これが仕事のいちばんの喜び。
「綺麗な品が好きな人たちが対象といえますね。外出制限期間中に自宅時間が増え、喜び、旅心が感じられるような美しい品々に囲まれていたいという思いが人々には強くなっていて、ネックレスやイヤリングを買うように、人々はメゾン関連の品に出費します。一度買い、次は別の色で追加で買って、というように。フランスだけでなく、アメリカでとても順調なんですよ。これまでとても順調に進んでいて、幸運だと感じています。もちろん商品が壊れて届いたとか、出来上がった品のクオリティが期待以下だったとか、そうしたこともありますけど……。巨大な白紙が自分の前に用意されている。こういった自由があることがいまのこの仕事の大きな喜びです。デザイナーやアルチザンとの出会い、クリエイションをすることも喜びです。さらに私の世界に魅了されたというクライアントとの出会いもうれしいこと。子どもが生まれる前は時間を無視して仕事をしていました。いまは1歳半の娘がいるので、効率よい働き方をしています。子どもは足枷ではなく、仕事の原動力だと言えますね」
バイヤー時代の経験がいまの仕事に役立っていると、彼女は断言する。人々が入手しやすいブランドや品は数を売り、ニッチなブランドはイメージとして、ということをバイヤー時代に彼女は学んだ。またマルチブランドのスペースの仕事を担当したことで、異なるブランドをいかに共存させるかということもごく自然にできるのだ。ラ・ロメーヌ・エディションのサイトにあるように、クラシックなお皿とコンテンポラリーなお皿といったミックスはその賜物だ。2月1日から3月7日までボン・マルシェで開催されるポップアップに置かれる大きなテーブルで、大勢の人たちがその世界を堪能できることになる。
「オンラインブティックでスタートし、これが初のフィジカルな販売です。アンティーク商のところで見つけた家具も配する予定で、あまり価格が高くなければその販売もと考えています。私のいまの目標はこの初めてのポップアップを成功させること。そして、私がデザインしたオリジナルの食器のクリエイションがいまギリシャで進んでいて、それを発展させることも。この仕事は私の天職と言っていいかもしれません。ずっと以前からしたかったことで、もう少しブランドが成長したら香水、ビューティ、文具などへと世界を広げてゆきたいと思っています。スタート当初は気付かなかったけれど、私がしていることってなかなか野心的ですよね。大きなデパートで働いていたせいか、経済的な現実はさておいて、徐々に意欲が増していってるんです。これをしたい!という欲、それを実現させるエネルギー。これが私のパワーだと思います。静かにしている時間も好きだけど、私、バイタリティにあふれているんですね。人をまとめる統合力もある、と過去に言われたことがあります。これはコミュニティの形成に役立ちますね」
まだ生まれたてのラ・ロメーヌ・エディションだが、いずれはレストランやホテルなどの内装も手がけてみたいとポーリーヌは目を輝かせた。オンラインブティックに並ぶ彼女の美意識が反映された品々、写真で提案するテーブルセッティングなどを見ると、その時が来る時を期待したくなる。
左: セカンド・エディション「レッド」では、Sophie Lou Jacobsen(ソフィー・ルー・ジャコブセン)による花器のようにサイズの大きな品も登場。 右: サマンサ・ケルディーヌによるラ・ロメーヌ・エディションのためのドットのお皿。オンラインブティックで販売の品は、日本も含め海外への発送も行っている。
www.laromaine-editions.com
@laromaine.editions
ポップアップストア 2月1日〜3月7日
Le Bon Marché Rive Gauche
24, rue de Sèvres
75007 Paris
営)10:00~19:45(月~土) 11:00~19:45(日)
無休
editing: Mariko Omura