苦くない抹茶をフランス人に!貯金を元手に起業したカミーユ。

若き女性企業家のカミーユ・べセラ。自分の性格は企業家向きであると早くからわかっていたものの、では何で起業するのか? これが問題だった。大学の卒業証書を得るためのホテル実習で香港に半年滞在した2016年に“マッチャ”の普及ぶりを見て、“これだ!”というアイデアを得て多いに興奮したのだが、すぐには行動せず。それから3年が流れ、2019年に彼女は日本の抹茶を輸入・販売するANATAE(アナタエ)を設立した。初年度から赤字を出すことなく、会社は順調に成長を続けている。

230313-camille-becerra-01.jpgCamille Becerra(カミーユ・ベセラ)。2018年に働きながら茶の産地を巡り、理想の抹茶を見つけた。健全な食事に関心のある彼女。日本に興味を持つようになったのも和食がきっかけだったそうだ。instagram@anatae_matcha photography: Courtesy of ANATAE

仕事に情熱が見出せなかった2つの勤務先。

ANATAE設立前、2018年にカミーユは日本に滞在した。彼女にとって人生初の失業中のことである。失業以前、彼女は何をしていたのだろうか。

大学の最終年の研修地だった香港から戻り、卒業証書を手にした彼女は当時22~3歳。若く起業の勇気がなかった。両親も彼女が操れるフランス語、英語、スペイン語の3ヶ国語を活用できる安定した職業について、企業内で成功することを望んだ。それでクチュール・メゾン傘下のビーチウエア&ランジェリーのブランドで8カ月の契約社員として、カミーユは働くことを選んだ。

「8カ月の契約終了後、社員として正式採用の提案をされました。安定の保証なので、これは誰もが期待していることだけど私は断ったのです。そこでの仕事はトルコ・ドイツその他いくつかの欧州の国のロジスティクス(物流管理)の責任者として、担当国のブティックが必要とする商品、什器、ディスプレイ用マネキンなどの発送管理を担当していました。仕事は全然好きになれなかった。毎週日曜になると、“ああ、明日からまた始まる……”といったフラストレーションがあって。情熱を傾けられる仕事ではなかったのですね」

次は実家のあるペルピニアンに戻り、地元で有名なチョコレート製造会社に就職した。そこでも以前の会社同様にロジスティクスを任され、さらに大手顧客の注文の責任者でもあった。言語力を要する仕事なのでレベルの高い学業を修めた彼女が求められたわけだが、必要とされるのは道具としての言語力である。創造性の発揮の場もなく、ここでの仕事も好きになれず、退社した。

「失業中、何もしないでいるわけにはいきません。夏が来たので、ペルピニアンから近い海辺のキャンプ場のレセプションで働きました。これはよかったですね、バカンス環境なので人々はリラックスしていてポジティブな雰囲気だったので。夏が終わっても、再び企業に就職しようというつもりはなく。別の土地での気分転換も必要だし、インスピレーションを求めて長いこと夢だった日本に旅立つことにしました。職業面でいささか迷いも生じていたこともあって……でも抹茶は、まだこの時にはそれほど真剣には考えていませんでした」

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苦くない抹茶なら、フランス人に気に入られる!

日本へ!というので、まず出発前に英語を使って日本でできる仕事を探した。目的は稼ぐことではなく、2カ月間無料で宿泊するためだ。

「ユースホステルで働きました。受付だけではなく、掃除も含めてすべてをせねばならず肉体的にはとてもハード。でも、私にとって良かったのは頭は自由、ということでした。というのも、日本に着いて、スーパーマーケットやお菓子店などでMatcha(抹茶)をいたるところで見かけたことから、抹茶について可能な限りの情報を集めようと思い立っていたので。ユースホステルで私はハーフタイム勤務だったので、週4日働いて残りの3日は静岡、宇治、愛知というお茶の産地に出かけることにしたのです。毎週末出かけていきました」

幸い英語のできる女性栽培者を見つけることができた。フランスで抹茶を普及させたいという彼女の訪問目的を語ったものの、あいにくその女性の農家では抹茶は作っていなかった。しかし抹茶を生産する農家を紹介してくれた上、通訳として同伴もしてくれたのだ。

そしてフランスに帰国。お茶のフェアなどの催事があるごとに出向いていき、味わい、生産者を教えてもらって……といった作業を精力的に行った。これによって、2018年当時のフランスで見つかる抹茶はクオリティが低いことを確認したのだ。

「抹茶がフランスで少し知られてきた時期でしたが、色はカーキだし味は苦い抹茶ばかり。私が日本で味わった抹茶は、香港で知った抹茶もそうでしたけど、きれいな緑色で香りもよく、まるでお砂糖を入れたのかと思うくらい甘みがあって。それで思ったのです。私は良い抹茶、苦味のない抹茶を知っている。これは間違いなくフランス人に気に入られる!という確信がありました」

230313-camille-becerra-02.jpg日本における抹茶の価値を尊重して、フランスで紹介することをカミーユは心がけている。茶せんを使うのも、さほど面倒なことではないと説明するそうだ。ANATAEのサイトでも茶せんを販売している。photography: Courtesy of ANATAE

愛知県西尾市の農家、そして静岡県の農家が作る抹茶を彼女は選び、インターネットで会社の設立の仕方を調べてひとりでサイトを立ち上げた。ブランド名はANATAE(あなたへ)。

両親は会社を設立するという彼女の決心に不安を示した。苦学して弁護士になった彼女の母親はとりわけ企業を専門としていることから、倒産した会社の例を多数知っていることもあった。

「日頃から私がすることを励ましてくれる彼らは、妨げることはしなかったものの彼らなりの意見をくれました。なぜ抹茶で成功できるという確信が私にあるのか?と。すでにフランスにはお茶を輸入している大手の企業が複数あり、抹茶がフランス人に受けるというなら、なぜ彼らはそれを扱っていないのか?と。両親の言うこと、確かに正しいですよね。でも、私には最初からこれはうまくいくという直感があったのです。当時抹茶がフランスで知られていないことはわかってましたから市場調査もせず、ビジネスプランも作らなかった。 健全、ビオという点、そして私が日本にひとり旅立ったというブランドストーリーは商品の保証となることで、気に入る人は必ずいるはずだ、と確信がありました。抹茶は苦いと思われていることが以前は怖かったけれど、私は日本で苦くない抹茶を見つけました。既存のお茶の会社が掴まなかったチャンスを自分は手にしているのだ!という思いがありました」

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長年貯めた貯金を全額投資。

誕生日、クリスマスといった折に贈られた両親からのギフトを彼女はずっと貯金していた。いつかアパートを買う時のため、いつか車を買う時のために、と。その貯金の全額1万4000ユーロを彼女はANATAEに投資した。

「大金ですね。これがあったことは幸運なことでした。成功しないことには! 私はこの金額をドブに捨てるわけにはいかないわ、と。強い確信があったからできたことでしたね」

新しいブランドをいかに世間に知らしめるか。それについて彼女があてにしたのは、インスタグラムだ。コンタクトしたインフルエンサーたちに商品を味わってもらうことによって、ブランド名を時間をかけて広めていく方法をとった。

「最初は1万4000ユーロのうち4000ユーロでお茶を購入しました。常に口座にお金を残しておく必要があるので、少しづつ買ってストックを増やしていき、それを繰り返して最終的に全額使いました。その間にインターネットで興味を持ったという人からオーダーが入るようになって……。いまは月平均4000のオーダーがあります。最初は私ひとり。発送も自分で郵便局に持って行ってました」

1万4000ユーロの投資をし、最初の年は7万ユーロの売り上げ。黒字である。2年目は8万8000ユーロ。そして3年目を待たず、2年半目には8万ユーロの売り上げを達成。そこでひとり雇い入れ、さらに、もうひとりを……と。現在は4名のチームで、売り上げは120万~130万ユーロという数字だそうだ。

「この数字は期待していたものといえます。投資家を探さずに済んでいることに満足しています。最初の3年、私は無給。ひとりだったので、郵送も自分で郵便局に持って行ってました。ANATAEと並行して、午後はコンサルティング会社の受付、夜はスペイン人にフランス語のレッスンをし、週末はイベントのコンパニオンと、パリ中を駆け回って3つの仕事を掛け持ち。高等教育を修めた人間が、こうした仕事をすることを受け入れるというのはメンタル面でなかなか大変なことですね。たとえば受付嬢相手だからと不遜な話し方をする客もいたりします。そういう時、私は自分に言い聞かせていました。『こうした仕事はプロジェクトの財政目的。稼ぐためであって、ここでキャリアを築こうというのではない』と。この時期、働いて働いて、疲れ切っていて……これが、このプロジェクトについて一番の苦労でしょうね」

230313-camille-becerra-03.jpg取り扱う3種の中で、まったく苦味のない“cérémonie”は西尾の抹茶だ。photography: Courtesy of ANATAE

いまでこそインスタグラムのフォロワー数は4万5000、クライアントは2000だが、最初はANATAEを知る人は誰もいず、レストラン経営者にコンタクトしてもフォロワー数がたった20程度なので扉は開かず。これには少々挫けたが、これもいまや思い出だ。彼女がANATAEをスタートしてしばらくすると、大手の茶の会社も抹茶を入れるようになった。

「小規模だから良いアイデアを持てない、ということではないわけですね。このメッセージを発することができたのはうれしいことです。不可能なことは何もないのです。確かに母が私を思いとどまらせようとして言った論理は完璧でした。でも、その後彼女は私に言いました。『私、間違っていたわね』って。いま、誰よりも彼女が応援してくれています」

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自分の性格は企業家に向いている。

香港での実習は5つ星のホテルだった。その前はパリのホテルでも実習を行っている。というのもビジネススクール時代、将来はホテル業に進もうと的を絞っていたのだ。自分と異なる文化、言語、宗教に興味を持つ彼女は、海外に出向いて行きたいと考えていたため、現地の人々と直接触れ合う方法になると思ってのことだ。それでホテル業界は気に入るだろうと思っていたのだが、自分がしたいことに確信の持てないまま、卒業後はランジェリー&ビーチウエアの会社へ。

「私のパーソナリティは企業家にふさわしい、とわかっていました。自由こそ私にとって大切なことだからです。行動の自由、地理的な自由、日常の自由……。そして私はクリエイティブな人間なので、自分が関わる仕事に創造性をもたらしたいんです。また私はチャレンジが好き。与えられた仕事ができたかどうか、ということには刺激されません。私が好きなのは、その仕事が“信じられないようになされた”、“期待していたのとは違う方法で素晴らしくなされた”、というように、依頼された仕事に自分の創造性とチャレンジを込めたいのです。ただ、できました!というのは退屈。これが私の会社員時代の問題だったのです。期限を守る仕事、これは全然刺激的じゃない。メンタル面を要されず、複雑ではなく、時間通りにオフィスを出られるということでこうした仕事を好む人がいることは理解できます。私もいつか子どもができたらそうなるかもしれません。でも、いまは毎日がバリエーションに富んでいて、あらゆるチャレンジを楽しんでいます。企業家というのは、こうした私の性格から自分に向いていて、気に入ることだとわかっていました。ただ何で起業するのか?というのが最初はわからなかっただけ。抹茶を知り、それを企業家になろうという考えに結びつけたわけですね。日本滞在中、近しい人たちにメッセージでアナウンスしたんですよ、『抹茶の会社を始めます』って。私の人生でうまく行かなかったこと、それは周囲には仕事で喜びが得られている人がいるのに、私にはそれがない……ということでした。天職を見つけた。これは確かなことです」

230313-camille-becerra-04.jpg抹茶味のパティスリーやデザートが人気のパリ。レストラン経営者からのオーダーも全体の10%くらいを占めている。photography: Courtesy of ANATAE

現在、ANATAEが扱う抹茶は、まったく苦味のないCérémonie(34ユーロ/30g)、ほんのわずか苦味のあるPremium(28ユーロ/30g)、中くらいの苦さでパティスリー向きのClassique(22.90ユーロ/30g)の3種だ。少量しか購入しない彼女なので農家は割引はしてくれない。元値が高いのだから、ある程度売値が高くなるのは仕方がないと考えた。もっとも、インターネットでいろいろ調べたところ、同じような価格帯で商品が販売されているのを知った。

「フランスで入手できる最高の抹茶だ!といわれるようになりました。これは最高の褒め言葉です。フランス人のために最上の抹茶を見つける、というのが私の望んでいたことだったから」

苦くない抹茶をフランスで普及させたいとスタートしたANATAE。彼女自身は苦味のある抹茶が好みだそうで、次なるステップとして、苦味のある抹茶も提案してみようと思っている。また、ANATAEではすでに玄米茶や新茶も扱っているが、日本びいきの彼女は味噌など、お茶以外の日本の食材の販売に手を広げることも視野に入れている。

4月、再び彼女は日本へ旅立つ。茶葉の収穫に立ち会える時期である。畑で農家の人々と一緒に語り、彼らからお茶について多くを学び、それをANATAEで語ることができると、いまから心待ちしている。

ANATAE
www.anatae.fr
instagram@anatae_matcha

editing: Mariko Omura

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