うつわディクショナリー#80 波多野裕子さんのパート・ド・ヴェール

絵画を見ているような、美しきガラス器

波多野裕子さんが作るのは「パート・ド・ヴェール」という技法のガラス器。ガラスの粉を型に詰めて焼くことで生まれるうつわです。ニュアンスカラーを基調とした波多野さんの作品は、光を透過すると氷のように優しく艶めき、光を受け止めると鉱石のようにしっとりと輝いて、食卓を絵画の一部のように見せてくれます。美しい作品の秘密を工房で伺いました。
 
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—波多野さんのうつわを初めて見た時、ブルーやグレーを基調としたニュアンスカラーにとてもひかれたと同時に、それがガラスだと聞いて驚きました。
波多野:パート・ド・ヴェールという技法を用いています。パート・ド・ヴェールは、ガラスを吹いてかたち作る吹きガラスとは違って、石膏型にガラスの粉を詰めて電気窯で溶かすことでかたちにしていきます。
 
—赤々と燃える炉の中でガラスを溶かしてかたち作る吹きガラスとは、全く違うやり方なのですね。
波多野:パート・ド・ヴェールの制作は、石膏型のもととなるうつわ型を作ることから始まります。私は、ろくろで成形した原型をもとに石膏型をとります。そこにガラスの粉を詰めていくのですが、隙間が開かないようぎっしりと詰める必要があったり、ニュアンスのある色やグラデーションを出すために色の調合を工夫したり、時間をかけて進めていきます。パート・ド・ヴェールは、一瞬でかたちが決まる吹きガラスに比べて、コツコツと積み重ねるイメージです。
 
—型にガラスの粉を詰めた後は、窯にいれるのですか?
波多野:石膏型を窯に詰めたら点火して温度を上げていきます。10時間ほどかけて850度程度になるとガラスが溶けて、独特のツブツブとした表情やグラデーションを生み出します。3時間焼成した後、丸1日かけてすこしずつ冷却していきます。窯に入れてから出すまで、丸2日かかりますね。
 
—波多野さんがインスタグラムなどで公開しているように、パート・ド・ヴェールは、その後の仕上げの工程にも手間がかかるんですよね。
波多野:石膏型を木槌で割りながら、中のガラスを取り出していきます。
 
—つまり石膏型は、一回ごとの使い捨て。粘土の成形に石膏型を使う陶芸だと型を使い回せますが、パート・ド・ヴェールの場合は、石膏の塊を割ってしまう。うつわを掘り出すようなイメージでしょうか。
波多野:そうですね。型を割るまで自分でもどのような色味になったのか、綺麗なかたちができたのかどうか分からないということでもあります。中から顔を出したガラスを見て「よく生まれてきたね」と思うくらい。愛しいというか、この時点では、まだ生まれたてといった感じですね。余分なガラスがついていたり、表面がざらついていたり、厚みがありすぎることもあるので、削ることで整えていくんです。
 
—そもそも、波多野さんがものづくりを始めたきっかけは?
波多野:会社勤めをしながら趣味として、最初は陶芸、やがてガラスを始めました。パート・ド・ヴェールの体験教室に参加したことをきっかけに、そのまま本格的に技術を習得し作品を作るようになりました。2011年にクラフトフェアの「工房からの風」に参加したことで、ギャラリーなどで取り扱っていただくことになりました。
 
—陶芸もしていたから原型づくりにろくろを使うのですね。原型を粘土で作ることから始まり、型を取る、焼く、削るという工程は、陶芸にも似ていますよね。
波多野:陶芸は10年ほどやって、自分で小さな教室も開いていたんです。パート・ド・ヴェールは、素材にガラスを用いること以外は陶芸にとても近いですね。使う道具や機械も似ています。私がガラスによりひかれたのは、陶芸のように収縮せず、焼成後も削ってかたちを整えることができるからでした。最後まで自分の好きなように造形できるのがいいなと思って。仕上がりのかたちに直結する「削り」は、大好きな作業なんですよ。
 
—いちばん手がかかり大変そうな「削り」が大好きとは。波多野さんは、パート・ド・ヴェールをするために生まれてきたのかも。
波多野:ボウルやグラスなどは、ある程度決まったかたちですが、茶匙はアシンメトリーにしてみたり、小皿はより薄くしてみたり、削りながら思うままにかたちを作るのが楽しくて仕方がなくて。彫刻制作のように感じることもあります。
 
—独特のニュアンスカラーは、光にかざすと釉薬の流れのようにも見えますね。
波多野:陶芸をしていた頃も、薪窯で焼いた土味のある渋めのうつわが好きでした。大学時代は舞台美術研究会にいて、ダンスやジャズコンサートの舞台照明を担当していました。作品全体とそれぞれのシーンの雰囲気に合わせて明かりの色を掛け合わせた経験は、いまの色に通じているかもしれません。同級生が作品をみて「波多野の明かりの色だね」と言ってくれたことがあるんです。照明も透明な色を混ぜますが、例えばスモークを焚くと、透明だったはずの色がたちまち目に見えるものになる。舞台上に作った光は、インスピレーションのひとつかもしれません。
 
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うつわ用語【パート・ド・ヴェール】
冷えたガラス素材を窯(炉)で加熱し、変形、融着させるキルンワークという技法のひとつ。粉末状のガラスを型に流し込み溶解することでかたち作る。

【PROFILE】
波多野裕子/HIROKO HATANO
工房:東京都
素材:ガラス
経歴:早稲田大学第一文学部哲学科人文専修卒業、早稲田大学舞台美術研究会所属。趣味で陶芸や彫金をやっていた延長で、パート・ド・ヴェールの体験教室に参加したことをきっかけにガラス制作を本格的に学び、2008頃から作品を制作。2011年「工房からの風」参加。ギャラリーなどでの取り扱いが始まる。以後、国内外で展示会を開催。1968年東京生まれ。https://www.instagram.com/hiroko_hatano/?hl=ja


<波多野裕子さんの展示会情報>F
全国で開催される展示会情報は、Instagram@hiroko_hatanoをチェック

photos:TORU KOMETANI realisation:SAIKO ENA

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