死の砂丘、美しい琥珀、リトアニアの美しさを求めて。

写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回はリトアニアの旅。

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死の砂丘(The dead dune)を歩いてみる。照り返しの厳しさと、砂に足を取られながら、一歩一歩進み出す。大きな海が目前に広がった時、地の果てまで歩きついたような爽快な気持ちになった。半面、部屋に戻ったら即刻日焼けの手入れをしなくてはと焦る。

バルト海の砂丘、トーマス・マンのロマンス。

vol.20 @ リトアニア・ニダ

リトアニアの沿岸部の小さな街を訪れた。クルシュー砂州にあるニダは、ローカルにも、周辺の外国人(特にドイツ人)にも人気の歴史あるリゾート。松林と長い海岸線、砂丘、極狭い範囲で個性が異なる海景色に出合える魅力的な場所ゆえ、古くから多くの画家たちに描かれてきた。

滞在制作施設「NIDA ARTCOLONY」には、通年世界各国からアーティストが集い、ジャンルを超え活動し作品を発表している。100年近く前、作家トーマス・マンは旅で訪れたニダの美しさに惹かれ、この地に別荘を持った。家族とともに3度目の夏の休暇を彼の地で過ごした頃、ドイツはヒトラーが政権を握り始め、反ナチスのマン一家は国を離れることを決意。その後、この素晴らしいニダの別荘に二度と戻らなかった。

マンと休暇というキーワードから、映画『ベニスに死す』を回想した。美少年タジオの人間離れした透明感に心掴まれる一方、いまの私は主人公の初老の音楽家アッシェンバッハの無様さに大いに共感してしまう。そんな年になったが、マンの原作は彼の実体験をもとに書かれたと知り、その人間くささ、己の滑稽さを笑う感覚に烏滸がましくも親近感を覚えた。

女性が主人公のマン作品が気になり、短編「だまされた女」を読むとこれまたおもしろく、なおかつ身につまされた。老いゆく身と果てぬ恋心の間で揺れる女性を絶妙に描いている。人の「感情が動く」ことの普遍性を、ニダとマンの別荘により再確認してしまった。

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バルト海沿岸は琥珀の産地として知られている。数千万年前の樹木が飴色の美しい琥珀に生まれ変わると聞くと、自然と時の積み重なりとその営みに気が遠くなる。植物や虫が混入し姿をとどめているものはさらに価値が上がる。ニダのAmberMuseum-Galleryにて。
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ニダの見晴らしの良い場所に立つ赤い家は、トーマス・マンが家族と過ごすために建てた別荘だった。現在はトーマス・マン博物館になっていて見学可能。
『だまされた女/すげかえられた首』
トーマス・マン著
光文社古典
新訳文庫 ¥776 

『ベニスに死す』
監督/ルキノ・ヴィスコンティ 
1971年、イタリア・フランス映画 131分 
Amazon Prime Videoにて配信中


*「フィガロジャポン」2024年10月号より抜粋

取材協力:リトアニア政府観光局、 LOTポーランド航空

Yayoi Arimoto
東京生まれ、写真家。アリタリア航空で乗務員として勤務する中で写真と出会う。2006年よりフリーランスの写真家として本格的に活動を開始。

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