文/稲石千奈美(在LAカルチャーコレスポンダント)
外国の朝ごはん事情は、その国で暮らしてみると少しずつ紐とけてくる。アメリカでは忙しく移動しながら朝ごはんをすませる習慣があり、片手でいただける「オン・ザ・ゴー」アイテムが人気だ。なかでも、1960年代の発売以来、アメリカの大人も子どもも愛してやまないオン・ザ・ゴー朝食の女王的商品といえば、「ポップターツ」。
一般的な名称は、トースターペイストリーというものだが、誰もそう呼ばない。ダントツ1位のロングラン商品名「ポップターツ」(ケロッグ社)を一般名詞的に使うからだ。同社商品の売り上げは年間20億個以上、アメリカ人の9割がポップターツを食べ、毎月8枚以上食べている人は1割という統計もある。
手のひらにすっぽり収まるサイズの、サクッとした軽いタルト/パイ生地には甘いジャムやチョコレートなどのフィリングが入っている。片面には甘いアイシングが塗ってあるのが定番だ。昔ながらの縦型トースターに入れて軽く焼くと、ポンっ!と焼き上がりとともに飛び上がり、ほわんとした甘い香りとともに温かいタルトができあがる。つまり、ポップするタルトなのでポップターツという名称が腑に落ちる。
ジャンク感を否めない甘いお菓子を朝食にしていいの?という疑問もあるが、カリフォルニア発アニーズ社製オーガニック商品もあるし、L.A.ではおいしいバターや季節の素材をとりいれた自家製ポップターツをメニューにしているレストランやベイカリーもある。人気エリアのロスフェリスがエッジーだったころから、ダイナー「フレッド62」では定番メニューにポップならぬ「パンクターツ」があるし、ロサンゼルスカウンティ美術館のアートなカフェでもベーコンとなつめやしのポップターツがあった。インディなヒップスターも、自然食崇拝のママやパパ、スローフードを好むグルメたちも、なつかしのポップターツはやめられないのだ。そういえば著名料理雑誌によるレシピ紹介や、プロのパティシェが手作りポップターツに挑戦した動画も話題になった。料理は作るとなると、意外に手順は複雑で、思ったより難しい。
映画『パルプ・フィクション』では、逃亡中のブルース・ウィリスが形見の品を取りに命がけで戻った自宅のキッチンで、トースターにポップターツを入れる。そのキッチンカウンターには見知らぬ大型ライフルが。そしてポンっと朝食が焼き上がった音とともに……。機会があればぜひ、ポップターツをほおばりながら、続きを観てみてほしい。
スーパーに「どうだ!」と並ぶケロッグ社のポップターツ。年間30種類ほどのフレーバーが発売されるナンバーワンの実力だ。1箱8枚入りで2ドルほど。 photo : Uma
フレッド62のパンクターツ(5.99ドル)はインディ精神たっぷりのネーミング。現在バナナヌテラとアップルシナモン2種類を販売中。パンデミックが落ち着けば、イチゴやミックスベリーも復活するそう。 photo : Courtesy of Fred 62
バークレーに本社があるヘルシースナックメーカー、アニーズ社製オーガニックのトースター菓子。でもなかなか店頭で見つからない。
LAのニッケルダイナー名物「ストロベリーポップターツ」(5.75ドル)。コロナ規制で週末のみ限定営業中だが、テイクアウトができる。
texte : CHINAMI INAISHI