各地に起こるクイアな出来事 ノンバイナリーを表す"they"とは?

世界は愉快 2023.07.18

稲石千奈美

世界のいまを発信する「世界は愉快」。今月は、LAで起こるクイアな出来事をテーマに、LA在住のライター稲石千奈美さんがノンバイナリーを表す代名詞として使われる"they"の視点からアメリカで起こるジェンダーダイバーシティのあり方をレポート。

英語の授業で学ぶ三人称単数代名詞は人の場合、女性がshe/her/hers、男性はhe/him/hisで、三人称複数ならthey/them/theirsだ。日常の英語では性別に特化した三人称単数代名詞を使わないと会話や文が成立しないことが多いので、自然と会話に登場する人は男なのか女なのか意図せずとも限定することになり、名前からは判断しかねる話題の人物の性別も、結局使われる代名詞で明らかになる。ならば、従来のジェンダー枠で分類されたくないノンバイナリーの人の代名詞はどうする?

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「プロナウンはThey/Themでお願いします」とアピールするバッジ。

答えは三人称単数代名詞としてのthey/them。2019年にはノンバイナリーの人々を表す単数代名詞としてメリアム=ウェブスターなど由緒ある辞書でも認められた。

従来の性(生物学上の分類で英語の例ではfemale/male)やジェンダー(社会的、文化的など多義な意味を含む「性」で、英語の例ではwoman/manなど)定義を超え、男女どちらのジェンダーにも限定されないノンバイナリーアイデンティティを持つ人は男女どちらも自分のアイデンティティとして感じたり、どちらも感じなかったり、ジェンダー移行の途中であるなど流動的な性のあり方なので、性を曖昧にしづらい英語では、ジェンダー限定をしない代名詞が必要なのだ。

前述のノンバイナリープロナウンのthey/themは、2019年ごろから使用が拡散され、同年の話題の言葉になったほど。
LGBTQAI+への認識が高まるにつれ、第3のジェンダーとも呼ばれるノンバイナリーへの理解や支援の一環として、自分がどの性別に属するかを自分に当てはまる代名詞(プロナウン)を明確にする動きも広がっている。例えばソーシャルメディアのプロフィールで名前に続いてshe/herとあればアイデンティティは女性、they/themはノンバイナリーだ。インスタグラムは2021年に公式にthey/themを含む4種類のジェンダープロナウン利用を開始した。またビジネスの場でもメールのシグネチャーやイベントなどで任意でジェンダー表記をする機会が増えてきた。習慣としてジェンダー表示をすることが、多様なジェンダーを標準化することにつながるからだ。

これらの動きをリードし、浸透させているのがZ世代。2020〜21年の調査ではZ世代の半数以上がジェンダーは男女に限らないと考えていて、トランスジェンダーやノンバイナリー人口もミレニアルや団塊の世代よりずっと多く、年々増えいていることが分かった。Z世代の若者にとって、自己紹介にジェンダープロナウンを含むことは当たり前かつ重要であり、三人称単数としてのthey/themもさらりと使いこなしているのは羨望するほどだ。なにしろ周りの大人はジェンダーの多様性に理解を示しながらも、習慣を変えることは一筋縄ではいかず、友人の大学教授は学期の途中でプロナウン変更を学生に伝えられたのにうっかり元のプロナウンを使って抗議を受けたり、別の友人夫婦はノンバイナリーで生きていきたいと打ち明けられた高校生の我が子を「娘」ではなく「子」としてプロナウンthey/themに徹底する苦労でヘトヘトだったり。当然ジェンダーアイデンティティにそぐわない名前を公に改める若者も増えているから、誰が誰だったかまめに情報を更新して覚えておくのも一苦労だ。

それでもコロナ、社会情勢、経済事情などを反映してから、若者の感情が移ろいやすい昨今だからこそ、大人たちは勇気を持ってプロナウンthey/themを積極的に習慣化するZ世代のリードにエールを送り、小さな習慣を改めながらジェンダーダイバーシティへのサポートを続けなくてはならないと感じる。

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米国務省パスポート申請ページの性別はM(男)、F(女)、X(それ以外)があり、出生証明書ほかの公式書類表記にかかわらず、任意で選択、変更することができる。

 

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2021年5月にインスタグラムがジェンダープロナウンを男女を超えて拡張することを公表した投稿。この例ではthey/hemが使われている。

text: Chinami Inaishi

稲石千奈美

在LAカルチャーコレスポンデント。多様性みなぎる都会とゆるりとした自然が当然のように日常で交差するシティ・オブ・エンジェルスがたまらなく好き。アーティストのアトリエからNASA研究室まで、ジャーナリストの特権ありきで見聞するストーリーをエディトリアルやドキュメンタリーで共有できることを幸せと思い続けている。

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