車社会のアメリカでは、車で旅に出るロードトリップが夏の国内旅行の基本形のひとつ。長期休暇を利用した大陸横断や、国立公園巡りも人気の旅程だ。
映画『サイドウェイズ』や『リトル・ミス・サンシャイン』などでも、友や家族と連れ立つドライブ旅行が物語をフレームし、自らハンドルを握る旅の風景や車中のドラマも見どころになっている。
年間通して快適なドライブができるカリフォルニアは観光名所をはじめ、自然、スポーツ、歴史、カルチャーなど魅力的な目的地が多く、ロードトリップ王国だ。休暇に向けて入念に計画する旅もあれば、思いついたら荷物をまとめて、エンジンをかけて出かけるもよし。
ロードトリップでの宿泊は昔からモーテルと決まっている。もちろんホテルもありなのだが、道中の小さな町の選択肢は往々にしてモーテルしかなかったりする。モーター(=車)ホテルを意味する宿はクルマで旅する人のための宿泊施設で、客室は駐車場に面して並んでいる。部屋のドア前に駐車するから荷物の搬入出が便利で、バイクならそのまま乗り入れもできる。
photography: Stephanie Helguera
今年の話題作、ミランダ・ジュライの書き下ろし小説『All Fours』でも、ロサンゼルスからロードトリップに出発する主人公が泊まるのは、どこにでもあるような町にあるモーテルの一室だ(そしてこのモーテルの部屋で想像を超えるストーリーが展開されていく)。
通常モーテルは実用的かつ低料金、安普請な場合が多く、わざわざ泊まりに行くことはないのだが、近年は古い物件をブティックホテル風に改装した新しいタイプのモーテルが増えていて、ロードトリップのデスティネーションとして人気を集めている。自動車での旅が一般化した頃の物件だから年代的にミッドセンチュリー建築が多いこともあって、建築デザインが現代嗜好に迎合しやすいのも理由のひとつかもしれない。
過去に何度もロサンゼルスからハイウェイ101を北上していたのに、立ち寄ったことのなかったロスアラモスを知ったのは2010年にリニューアルしたモーテルがきっかけだった。セントラルカリフォルニアのワイン産地サンタイネズヴァレーのブドウ畑や牧場、農場に囲まれる小さな町の人口は2,000人に満たず、メインストリートはわずか数ブロック。中心にある古いモーテルを改装して2010年にオープンしたアラモモーテルのインテリアは、ニューメキシコのアビキューにいまも当時の状態のまま保存されている芸術家ジョージア・オキーフの自宅兼アトリエのアビキューがインスピレーションで、ロスアラモスの古き良き時代の町といまもなお美しく広がる自然が交わり、アーティスティックな雰囲気を醸し出している。
アラモモーテルが開業し、スタイリッシュにくつろげる宿のオプションができたことで、その頃から南のロサンゼルスや北のベイエリアの友人たちの間でも「ロスアラモスに行った?」と聞いたり、聞かれたりするようになった。
ロスアラモスの田舎町は古い並木や西部開拓の昔を想像する雰囲気がチャーミングだが、ワインはもちろん、クラフトビールのテイスティングや星のあるレストラン、天然酵母のおいしいパン屋さんなどもあり、スローフードを楽しむ選択肢が多いので、何日か滞在して、リラックスする場所に最適。
今年もミシュラン星を獲得したフレンチビストロ「Bell's」。シェフ、デイジー・ライアンがローカルな食材で展開するフランス料理を目指して、ロスアラモスに旅する人も多い。
ロスアラモスでは毎年9月末に昔を偲ぶフェスティバルの開催を予定している。居心地のいいモーテルを拠点にして古道具や地元のクラフト、新しいワインを探すロードトリップに訪れてみては?
稲石千奈美
在LAカルチャーコレスポンデント。多様性みなぎる都会とゆるりとした自然が当然のように日常で交差するシティ・オブ・エンジェルスがたまらなく好き。アーティストのアトリエからNASA研究室まで、ジャーナリストの特権ありきで見聞するストーリーをエディトリアルやドキュメンタリーで共有できることを幸せと思い続けている。