文/甲斐美也子(在香港ジャーナリスト、編集者、コーディネーター)
2009年に30代前半で香港のウルトラモダンなホテル、ザ・アッパーハウスの全館デザインを担当して世界をアッと言わせて以来、アジアとヨーロッパで話題の新ホテルやレストランを次々と手がける香港人建築家でデザイナーのアンドレ・フー。
アンドレ・フー。香港で生まれ育ち、14歳からイギリスで教育を受けている。ケンブリッジ大学建築学科修士。アジアでは香港以外にもアンダーズ シンガポール ア コンセプト バイ ハイアット、バンコクのザ・ウォルドルフ・アストリア、ヨーロッパではロンドンのザ・バークレー「パビリオン・スイート」など多数のホテル、レストラン、ギャラリーを手がける。photo:Common Studio, courtesy of Andre Fu Living
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2018年には、ルイ・ヴィトンが世界中の著名デザイナーとコラボレーションをして唯一無二のオブジェを製作した「オブジェ・ノマド」コレクションにも参加し、「リボンダンス・チェア」をデザインするなど、家具やライフスタイルプロダクトのデザインでも高い評価を得ている。
宙を舞うリボンの動きに着想を得た曲線美に目を奪われる「リボンダンス・チェア」。courtesy of Louis Vuitton
香港内ではここ数年、前述のアッパーハウスとともにビクトリアハーバーを挟んで建つセントレジス香港、ケリーホテル 香港、K11アルタスなど、アンドレが手がけたホテルが建ち並び、彼のデザインが話題にならない年はないほど。
実は日本でも、2020年にオープンしたホテル ザ ミツイ キョウトで、ホテル・エクスペリエンスの肝となるロビーと客室のデザインを担当。今後も彼が手がける東京や大阪の大型物件のオープンが控えているそうだ。
三井家発展のルーツが呉服屋であることにインスパイアされたホテル ザ ミツイ キョウトのロビー。着物の裾を持ち上げたときにできる曲線をイメージした梁の先に美しい庭園が顔を出す。梁の一本一本に金箔や金糸で水面が描かれ、庭園の池を反映させている。courtesy of Hotel the Mitsui Kyoto
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アンドレといえば、東西の美学が溶け合った、詩的で落ち着きのあるリラックス・ラグジュアリーが真骨頂。彼のデザインに香港人らしさを見い出すとすると、香港で生まれ、英国で教育を受けて育った中で培った、「複数の文化の間をさらりと行き来するTransient(移ろいやすさ)」とアンドレは説明する。そして日本、特に京都は、常にアンドレの心の中で特別な部分を占めているという。
「嵐山の竹林や伏見神社の鳥居などを初めて見たのは、何歳だったか分からないほど幼い頃。家族と頻繁に訪れた京都で目にした風景が、心に深く刻み込まれていて、確かに自分の美意識の一部になっている。決して日本文化のエキスパートではない僕に三井のプロジェクトで課せられたのは、日本の美に感謝する心を持ちつつ、国際的な視点による再解釈をしていくことだったんだ」
夜のとばりが下りた京都をそぞろ歩いて目にした町屋の並ぶ景色、肌で感じた神秘的な空気感も、インスピレーションの源になったという。
コロナ禍のため、残念ながら完成後のホテルには足を踏み入れていないというアンドレ。一方で、それまで世界中を飛び回る生活が一変し、自分のスタジオでじっくりデザインに時間を費やし、ハイキングで香港の豊かな自然を再発見するなど、バランスのとれた日々を楽しんでいるそう。
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そんな彼のオリジナル・ブランド「アンドレ・フー リビング」初の単独店が、香港の最高級モールにオープンしたばかり。
最高級ショッピングモール、パシフィック・プレイスでも、世界の一流ブランドが集まる3階に登場したアンドレ・フー リビング。
アンドレ・フー リビングに飾られたイメージボードには、嵐山の竹林、東福寺の苔庭など、京都の風景が含まれている。photo:Common Studio, courtesy of Andre Fu Living
さまざまな都市でオーナーや土地が持つ物語を解釈して、デザインに落とし込んできたアンドレにとって、アンドレ・フー リビングは、完全に自分ひとりの世界を表現する機会。ここにもやはり東西の文化の間を揺らめくTransientな個性が光っている。
さすが香港と思わせるのは、こちらでは男女問わず一般的な遊びである麻雀卓。優雅さと機能性が共存するアンドレ流の麻雀卓を、マダムが囲んで遊ぶ姿が目に浮かぶ。
上流家庭のインテリアにすんなり馴染む麻雀卓。天板に貼る皮の色調がアンドレならではの柔らかさ。写真左: Common Studio, courtesy of Andre Fu Living
端正な食器類でも、中国茶用の蓋碗(蓋付きの茶碗)からレンゲ、ご飯茶碗や箸などが、西洋食器と当たり前に共存している。
毛筆のストロークを主役にした「アルティザン ブラッシュ」シリーズの蓋碗とレンゲ。レンゲは台付きなので、テーブルを汚さずに置けて使いやすい。
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なかでも「いまの時代を最も具現化するアイテム」とアンドレが教えてくれたのが、まるで灯籠流しのように、幻想的にディスプレイされたコードレスライト。
コードレス充電式のLEDランプシリーズ。ボリューム感のあるガラスを通した光が表情豊かに輝く。photo: Common Studio, courtesy of Andre Fu Living
「仕事だって、ノマドスタイルが当たり前になっている。たとえば庭やテラスで食事をする時にさっとリビングから持ち運んでみるなど、場所に縛られるという意識から離れて、生活を華やがせることができる」とアンドレ。
アンドレが作るのは、麗しく癒やされる静謐な空間と、洗練されたアイテム。それに加えて、ご本人は語彙の美しさがきらめく、知的な語り口の素敵な香港紳士。日本への渡航が可能になれば、彼の姿を目にすることが増えるはず。ぜひ注目を。
photography & text: Miyako Kai