インスタグラムで2020年ハッシュタグ「#TheStew」がバイラルし、その後始まったロックダウンを背景に人気自炊レシピの王座に輝いたシチューがある。生姜やターメリックのスパイスを効かせたココナッツミルク入りのひよこ豆シチューだ。ターメリックの鮮やかなイエローとミントやスイスチャード(ふだん草)、ケールのグリーン、ぷりっとしたひよこ豆がインスタ映えするビジュアルで瞬く間にセンセーションを生んだ。「インターネットで話題の」とタイトルがついたレシピ動画の再生回数はすでに200万回を超えている。
ニューヨークタイムズクッキングの公式YouTubeチャンネルに掲載されているレシピ。スパイスやフレッシュミントがユニークなフレーバーを醸し南国の料理を思わせるシチューは、ココナッツミルクとオリーブオイルを使うことで濃厚に仕上がる。
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もともとはロサンゼルス出身の料理研究家のアリソン・ローマンがニューヨークタイムズ紙のコラムとYouTubeで紹介したレシピで、近年話題のひよこ豆、ココナッツミルク、ターメリック、ケールなどが主役。しかも常温保存が可能な食材がメインなので、買い置きしておけばいつでも作ることができるのも魅力だ。また意外に簡単で料理初心者が作りやすく、ベジタリアンやヴィーガン向けのレシピにアレンジしやすいことも人気に火がついた理由だ。寒い季節にはほっこり温まるが、暑い夏にはスパイシーなパンチが食欲をそそるので、万人に通年愛される定番料理となった。詳しいレシピはアリソンの公式ウェブサイトでもチェックできる。
アリソンは「全脂肪じゃないココナッツミルクなんて、私の世界には存在しないの」と低脂肪のココナッツミルクを否定し、あえてカロリーの高い全脂肪のココナッツミルクをたっぷり2缶も使うことをすすめている。彼女のレシピ通り生クリームのように濃厚なココナッツミルクをドボドボと鍋に注ぐ時は「たまにはいいの、こういう贅沢も」と私は自分に言い聞かせながら調理する。リッチなコクが特徴のシチューだが、じっくり煮込んだひよこ豆を半潰しにしてとろりとした食感にすれば、時には低脂肪ココナッツミルクで代用しても違ったおいしさがある。
この日はひよこ豆とケールで。ヨーグルトの酸味がスパイスを効かせたスープと好バランス。
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さて、鮮やかな赤いリップがトレードマークのアリソンは、気取らないがおいしくて楽しいレシピで人気を博し、時に辛口なコメントでもミレニアル世代を魅了してきた。だが2020年に公開されたあるウェブメディアのインタビューで、モデルのクリッシー・ティーガンや片づけコンサルタントの近藤麻理恵を批判した毒舌コメントが炎上。クリッシーは料理で人気が出た途端に量販店とコラボした、近藤は片付けと言いながらオリジナルブランドで余計なものを売っているなどと興ざめするような言葉使いでこき下ろした。後に自分の自信のなさが原因で軽率で恥ずかしい発言であったことを認め謝罪のツイートをしたが、ニューヨークタイムズ紙のコラムは降板となり、活躍の場も激減。
このように過去の言動に批判が殺到し社会的な地位を失うキャンセル・カルチャーは、アメリカで社会問題になっている。しかしアリソンは、心身ともに温まる料理や心和むスイーツレシピを自身のブログやニュースレター、動画サイトで発信し続けた。その結果いまは多くのファンが彼女を再び受け入れ、支持をしているようだ。アリソンが考案したひよこ豆のシチューは、彼女のファンが始めたインスタグラムのハッシュタグ#TheStewで今日まで約9000件が投稿されており、アメリカのみならず世界中で作られている。
photography & text: Chinami Inaishi
稲石千奈美
在LAカルチャーコレスポンデント。多様性みなぎる都会とゆるりとした自然が当然のように日常で交差するシティ・オブ・エンジェルスがたまらなく好き。アーティストのアトリエからNASA研究室まで、ジャーナリストの特権ありきで見聞するストーリーをエディトリアルやドキュメンタリーで共有できることを幸せと思い続けている。