最旬の現代美術館、香港M+の日本人凄腕キュレーター。

2021年11月、香港の西九龍文化地区にオープンしたM+(エムプラス)は、20~21世紀の視覚文化に特化したアジア初の美術館。展示総面積17,000㎡という圧倒的なスケールでテートモダンやMoMAと並ぶ水準を誇っている。コロナ禍により海外からの渡航者不在の中、地元だけでも連日10,000人近いビジターが訪れて、香港内外で大きな話題となった。

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西九龍文化地区に誕生したM+。110m×66mある大規模LEDスクリーンが、ビクトリアハーバーの新しい顔になっている。photo: Virgile Simon Bertrand  © Virgile Simon Bertrand Courtesy of Herzog & de Meuron

そんなM+でリードキュレーターを務める横山いくこといえば、かつてスウェーデン在住時代にはライターおよびコーディネーターとしてフィガロジャポンの旅特集などでも活躍されていたので、長年の愛読者にとっては懐かしい名前のはず。16年から香港に移り住み、日本をはじめ世界各地を飛び回って、新美術館のためのコレクション構築に貢献してきた。

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M+デザイン建築担当リードキュレーターの横山いくこ。スウェーデン在住21年を経て、M+開館準備のために香港へ。photo: Winnie Yeung @ VISUAL VOICES Courtesy of M+

「近年、世界の美術界では、白人アーティストによる西洋美術に偏重したコレクションを、ダイバーシティを意識して広げなければと慌てている状態でした。そんな中で誕生したM+では、近代アジアの美術とデザインの歴史を体系的に俯瞰しながら、アジア各国の優れたアーティストを発掘できるため、グローバルな注目度が非常に高いのです」と横山。

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香港人アーティストKong Khong-chang (Kongkee)によるカラフルで幻想的なアニメーション「Flower in the Mirror」。photo: Commissioned by M+, 2020 © Kongkee

横山が担当するのは、デザインと建築。「M+では、コレクションを国別にカテゴライズしません。私はキュレーターとして、アジア全体から見てこんな動きや傾向があった、こんな商品が登場したことで世の中が変わったなどの、歴史的な価値が高い優秀なデザインを研究しながら、発掘して入手する役割を担っています」

日本はアジアの近代美術デザイン史で最も重要な位置づけにあるため、M+での横山の活躍範囲は広い。80年代に活躍した伝説のデザイナー倉俣史朗がインテリアデザインを手がけた寿司店を丸ごと館内に移築したきよ友は、国内外で大きな話題を集めている。そして横山ならではのキュラトリアルな視点が明確に現れている展示が、初代ウォークマンだ。


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倉俣史朗が手がけて1988年に新橋に開業したきよ友が、そのままM+内に再現されている。ミリ単位におよぶ倉俣のこだわりを維持しながらの解体は想像を絶する困難な作業だったとか。photo: Lok Cheng, M+ Courtesy of M+, Hong Kong

「ウォークマンは世界で初めて音楽を持ち歩き、ヘッドフォンで自分の世界に浸るという、おひとりさま文化の始まりとなったイノベーション。家族みんなで楽しむテレビやラジオからひとりの世界へと社会が進むと孤立やひきこもりも生まれるなど、必ずしもポジティブな変化だけとは限りません。何気なく使うモノのイノベーションが、人の暮らし方や行動を知らないうちに変えていくのです」

私たちのいまの生活も、デザインの変遷による時間軸の上にある。「アジアで初めて、そんな時間軸を俯瞰して見られるのがM+なのです。M+の帰り道、街や自宅の風景が少しだけ変わって見えたらうれしいですね」

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韓国人Chang Young-haeと米国人Marc Vogeのアーティストデュオによる17分間のビデオインスタレーション「CRUCIFIED TVS — NOT A PRAYER IN HEAVEN」・
© M+, Hong Kong photo: Lok Cheng and Dan Leung, M+

海外の大規模美術館でリーダーを務める日本人女性として、何か使命を感じるところはあるのだろうか。

「実はスウェーデンも香港も、女性だから不利になることがない社会でした。さらに美術業界自体も世界的に女性が圧倒的に多くてM+のキュレーターの9割が女性です。驚いたのは、香港が非常にコスモポリタンな都市であること。M+には30カ国以上からの職員が集まっており、館長はスリランカ人女性なんですよ」

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M+自体のダイナミックな建築を担当したのはテートモダン、プラダ青山店、北京国家体育場などを手がけたスイスのヘルツォーク&ド・ムーロン。photo: Kevin Mak © Kevin Mak Courtesy of Herzog & de Meuron

リーダーとして心がけているのは「M+は公立美術館であることから、お役所的なヒエラルキーが明確にあります。私はスウェーデンの美術大学で長年学生と展示やプロジェクトを行ってきた経験からから、学ぶ環境に価値を置いています。ヒエラルキーの弊害で若手が単純作業だけを任されるように陥らないように、できる限りの責任分担の機会と学べる環境を作ることが、リーダーとしての役割と意識しています」

日本から香港への渡航が可能になった際には、M+だからこそ見られるアジアと日本の現代ビジュアルアーツの凄みと歴史を体感しに、ぜひ訪れて欲しい。

2006年より香港在住のジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、英国人と結婚し、ヨーロッパ、東京、そして香港へ。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港とマカオの情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。

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