photography: Chinami Inaishi
旅とおいしいものが重なり、食をテーマに旅先を選んだことのあるフーディたちなら、憧れのシェフのレストランの予約を取ったり、現地での食べ歩きをマッピングしたり、見聞してきた料理が現地ではどんな味なのか想像するなど、出発する前から旅先のおいしい出会いにワクワクするはず。そんなプロセスも楽しくて、ほとんどの旅は家のテーブルやソファであれこれ夢みるところから始まる。
おいしいものを求めて旅をしたくなったら訪れるのが、LAチャイナタウンの古いショッピングセンターにある料理本専門書店ナウ・サービングだ。有名店で長年シェフを勤めた、食文化を愛するオーナー夫妻が自分たちが"読みたい"料理本をセレクトして集めた書店らしく、小さな店舗の書棚に並ぶのは単なるレシピ本ではなく、世界各地の食文化や食材の歴史、ミシェラン星がいくつも輝くセレブシェフのストーリーやレシピなど気にしたこともない台所のおばあちゃんたちの料理話など、食にまつわる読みごたえたっぷりのカラフルな本たちだ。
photography: Chinami Inaishi
「世界中のいろいろな料理を本で網羅しているのは、料理本を通じて真の多様性、レプレゼンテーションを求めているからなんだ。たとえばここにあるドメニカ共和国の家庭料理の本は珍しいでしょう? ストーリーとレシピがぎっしり詰まっているいい本だよ」と共同経営者のケン・コンセプションは語る。ベストセラーと並ぶのはシリアのアレッポ料理、ベトナムの少数民族モン族料理、台湾のベジタリアン料理など見ているだけで世界地図が浮かぶ。ジョージア料理は旧ソ連のジョージアのものも、アメリカ南部の料理本もあった。
ドメニカ共和国の家庭料理本 『The Dominican Kitchen(Vanessa Mota著)』photography: Chinami Inaishi
コーカサスの料理とワインの伝統を綴った『Tasting Georgia』は、写真やイラストも豊富でジョージアの旅をしているように読める本。もちろんレシピや料理テクニックも充実している。(Carla Capelbo 著) photography: Chinami Inaishi
料理のレシピだけならインターネット検索をすればいい。料理本を手に取るのは旅と同じようにそこにあるストーリーに惹かれ、体験したくなるから。最近この書店から購入した『Yogurt and Whey』はブルックリンとLAで静かにヨーグルト革命を起こしているイラン人女性のアメリカ移民人生ストーリーとレシピの本。著者のドライなユーモアとイランの食文化への愛が伝わる本はレシピをちりばめた旅行記のようにおもしろくて、いつかイランの家庭料理を大勢で囲むような旅ができるだろうかと彼女のレシピで作ったヨーグルトを味わいながら想像する。レシピを参考になじみのない料理も作って、空想の旅は続く。
8歳の時にイランからアメリカに家族と共に移民したHoma Dashtakiの著書『Yogurt and Whey』ではゾロアスター教の伝統、家族との食事を大切にする文化、アメリカでの移民暮らしなどが昔ながらのヨーグルトづくりやヨーグルトの副産物であるホエイを使ったレシピとともに綴られている。イエスを意味するノーやノーを意味するイエスの言い方、食卓にいない人への挨拶の言葉など、イラン文化の説明もおもしろい。レシピはサフランハニーでいただくヨーグルトでマリネしたフライドチキン。photography: Chinami Inaishi
グルメな旅行記のように読めるグローバルな料理本は常時300種類以上揃えている。
今年で創業6年目となる書店は本の販売だけでなく、フードコミュニティとの繋がりも厚い。ナウ・サービングが企画、開催するサイン会や著者トークは、料理本イベントらしく食べ物や飲み物のコラボレーションもあっていつも大賑わい。本の出版を記念するイベントは世界中のシェフや料理研究家にも注目されていて、ノーマのシェフたちが無料でサンプルを配布しながらファンと会話をしたり、メーガンとハリーのロイヤルウェディングケーキを焼いたパティシェがケーキを振る舞いつつ、まるでロマコメのようなパティシェ人生を語ったり。レストランを会場にした料理本著者とのコラボディナーも頻繁に開催されるので、いつか訪れたい目的地に思いを馳せて、まずは新刊やイベントカレンダーをチェックしておいしい旅への出発としよう。
https://www.instagram.com/p/CsNEzNdpVgm/
ロイヤルウェディングケーキパティシェに抜擢されたロンドンバイオレットケーキのクレア・タックを招いての特別イベントにはLAのパティシェやパン職人が勢揃い、お菓子作りファンが集い、新刊『LOVE IS A PINK CAKE』を祝った。ロンドンは遠いが、サンタモニカはLAからだと近い!
https://www.instagram.com/p/CsOnXI1gRNr/
家族でLAの老舗オアハカレストランゲラゲッツァを経営するブリシア・ロペスの新刊『ASADA』のサイン会では行列の参加者にマルガリータと前菜が振る舞われ、オアハカのグリル料理トークのフィエスタ気分を盛り上げて。
料理本のほか、台所用品やオリジナルグッズもある店内。本選びに迷ったら、アドバイスを求めよう。photography: Chinami Inaishi
Far East Plaza 727 N Broadway #133, Los Angeles, CA 90012 USA
nowservingla.com (日本への発送も対応)
text: Chinami Inaishi
稲石千奈美
在LAカルチャーコレスポンデント。多様性みなぎる都会とゆるりとした自然が当然のように日常で交差するシティ・オブ・エンジェルスがたまらなく好き。アーティストのアトリエからNASA研究室まで、ジャーナリストの特権ありきで見聞するストーリーをエディトリアルやドキュメンタリーで共有できることを幸せと思い続けている。