「叫び」で有名なムンク。知られざるベルリンとの繋がりとは?

世界は愉快 2023.12.05

「叫び」で知られるノルウェーの作家、エドヴァルド・ムンク。しかし、彼が「叫び」を生み出した年も含め1892年から1908年までの16年間、ベルリンに滞在、製作していたことはあまり知られていない。ムンクが自らの芸術性を確立させた街、ベルリン。その知られざる時代にスポットを当てる展覧会「エドヴァルド・ムンク〜北の魔法〜」が来年1月24日(水)までベルリニッシェ・ギャラリーで開催されている。

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エドヴァルド・ムンク、『赤と白』1899-1900年 photography: © MUNCH, Oslo / Halvor Bjørngård

1892年にムンクが初めて行ったベルリンでの展覧会は、後に「ムンク事件」と呼ばれるほどに騒ぎを起こした。当時ドイツでは北欧の風景画が人気だったこともあって、同郷の画家から声をかけられたムンク。しかし描き途中かと思うほどに残されたキャンバスの余白や荒々しい筆致の絵画は、当時のドイツのアートシーンには前衛的に過ぎた。激しい批判が集まり、ムンクの作品は会場から撤去されることとなる。  
しかし、このスキャンダルが結果的にムンクの名を轟かせ、彼がこの街に移住するきっかけともなったのだ。

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エドヴァルド・ムンク、『不安』1896年。『叫び』も版画やスケッチ、油絵で何度も描かれている。photography: © Staatliche Museen zu Berlin, Kupferstichkabinett / Jörg P. Anders

後に「叫び」へと繋がる「絶望」が最初に展示されたのも、実はベルリンだった。1892年に描かれたの作品は、血のように真っ赤に染まった空と、左上から右下まで画面を斜めに横切る橋桁、黒ずくめの男。随所に「叫び」と共通のモチーフがいくつも見つかる。

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エドヴァルド・ムンク、『腕の骨のある自画像』1895年。photography: © Staatliche Museen zu Berlin, Kupferstichkabinett / Jörg P. Anders

ムンクは5歳の時に母を、そして14歳の時に姉を結核で亡くしている。そのせいか、ムンクの描く絵には、いつもどこか死の暗い影が付きまとう。生と死、不安や狂気、そして孤独、愛と嫉妬......。彼は目には見えない人の感情や心の中、人間の生を描き出そうと模索する。1枚の絵では表現しきれないと考えた彼は、同じテーマの絵画をシリーズや連作として展示する新しい試みをスタートした。

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エドヴァルド・ムンク、『マドンナ(愛する女)』1895/1902年。photography: © bpk / Kupferstichkabinett, SMB / Volker-H. Schneider

『声』、『接吻』、『吸血鬼』、『マドンナ』、『メランコリー』、そして『叫び』。のちに「生命のフリーズ」という名前で何度も繰り返される連作シリーズは、1893年12月に初めて、「シリーズ『愛』のための習作」としてベルリンの展示スペースで発表された。(*フリーズとは、空間の壁面上部に帯状に横位置の絵画を並べる装飾のこと)

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『目の中の目』という1899-1900年の作品。見つめ合う男女という甘やかなテーマも、ムンクの手にかかるとどこか不穏だ。photography: © Harry Schnitge

今回の展覧会では、これらの作品を一部屋に集めて、ムンクの意図を再現している。『叫び』は残念ながらオスロ国立美術館から貸し出されなかったが、それが逆に、愛というテーマを強調したようにも感じられる。ムンクはこの構想をさらに進め、1902年に開催された第5回ベルリン分離派展覧会で初めて「フリーズ」として22点の絵画を発表した。

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「生命のフリーズ」の一部となった『ビーチでの踊り』。ムンクはしばしば3人の女性を作品に登場させている。白いワンピースの若い女性、真っ赤なドレスの成熟した女性、そして喪服姿にも見える黒づくめの女性。それぞれ、女性に対する男性の3つの視点を表しているとも。photography: © Harry Schnitge

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「生命のフリーズ」の中でも後期の作品、1904年の『浜辺の若者』。柔らかく淡い色合いに夏の空気が感じられる。photography: © Harry Schnitge

ムンクのベルリン時代は、様々な新しいアイデアを試し、次々と形にすることができた時でもある。ムンクはベルリンの劇場「ドイツ座」の監督、マックス・ラインハルトに気に入られていており、ドイツ座のカンマーシュピーレ(室内劇場)の1階の大きなホールのためにフリーズを制作した。会場の大きな吹き抜けには、このラインハルト・フリーズを再現。多彩な80点の作品群だけでなく、彼が趣味で撮っていた写真などの貴重な展示品も。これまで知らなかった若いムンクの姿が、生き生きと立ち上がってくるような展覧会。ベルリンに行った際は、是非訪れてみては。

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エドヴァルド・ムンク、『ベルリン、リュッツォウ通り82番のアトリエで、トランクの上に座る自画像』1902年。photography: © MUNCH, Oslo

ベルリニッシェ・ギャラリー
Berlinische Galerie
Alte Jakobstraße 124-128, 10969 Berlin,Germany
https://berlinischegalerie.de/ausstellungen/vorschau/edvard-munch/

 

 

 

text: Hideko Kawachi

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