「ニューヨークでは、いつも仕事か、恋人か、アパートのどれかを探していると言われている」これは『セックス・アンド・ザ・シティー』の主人公、キャリー・ブラッドショーのクオートで、当時のニューヨーカーの生活を如実に表していると言われたが、仕事も恋人も、良い物件を見つけるのは、至極難しい。今では特に良い物件の「アパート」を見つけることが最難関かもしれない。そして劇中キャリーは、月の賃料が700ドルで、アッパーイーストサイドに住んでいる設定だが、1990年代のレントコントロール(家賃規制)があるアパートであれば、クレイジーな話ではなかった。当時は。

ドラマ内でも登場人物達が、この家賃がどれだけお得かと話していた頃から(2002年)、約20年の月日は流れ、ニューヨークの家賃は高騰。特に5月は大学生の卒業と新社会人の新居が探すため、ニューヨーク市の不動産マーケットが最も動く季節として、家賃が上がる傾向にあり、引越しの繁忙期だ。しかし、2025年5月は例年と違う異変が起きている。家賃がさらに上がり、多くの人が住まいを失う「エヴィクション・クライシス」(退去危機)が表面化している。
コロナ禍の間に、ニューヨーク州は家賃の支払いが困難な住民を保護するため、立ち退きの一時停止(モラトリアム)や、「エマージェンシー・レンタル・アシスタンス・プログラム」(ERAP)などの、住宅補助金制度を導入していた。これらの政策は、一時的に多くの家庭を救ったが、モラトリアムは2022年1月に終了、ERAPも2024年には新規受付を停止し、現在は支援がない状態になっている。
さらにアメリカ全土を襲ったインフレの影響により、家賃はパンデミック前よりも上昇。ニューヨーク市の不動産会社、コーコランが発表したデータによると、2025年1月のマンハッタンの中央値家賃は月額4,530ドルにもなる。これらの要因が重なり、2025年春には、退去命令の件数が増加。パンデミック以前の水準をすでに超えており、なかでも低所得層や高齢者世帯などが深刻な影響を受けている。
ニューヨーク市は2017年、全米で初めて「住宅裁判において立ち退きの危機に直面する低所得者に法的代理人を保障する」法律、「ライト・トゥ・カウンセル」(RTC)法を制定。ニューヨーク市の監査局が発表したデータによると、この制度は非常に効果的で、2024年には弁護士が付いた世帯の89%が住まいを維持できたと報告されている。しかし、2022年1月にモラトリアムが終了した後、ニューヨーク市の立ち退き件数は約33,000件から177,000件へと440%も急増。にもかかわらず、市庁舎の管理体制の不備と資金不足により、RTCを提供する法律事務所は需要に応えられておらず、過去3年間における弁護の提供率は常に50%未満、2025年3月には30%という最低水準にまで落ち込んだ。2022年1月以降、裁判所の命令により実際に強制的に退去させられた件数は、すでに約37,000件に達している。
『AND JUST LIKE THAT... / セックス・アンド・ザ・シティ新章』で現在もニューヨークに住んでいる設定のキャリーだが、彼女が新居として選んだのは、グラマシーパークにあるギリシャ復興様式のタウンハウス。価格はドラマ内で、設定されていないものの、この邸宅は、2022年にペントハウスが500万ドルで売却され、1階のスタジオが90万ドルで販売中。キャリーの生きる世界にも、インフレは影響しているようだ。
photography: Shutterstock

長谷川安曇
東京出身、2004年からニューヨーク在住。フリーのライターとして活動しながら、映像制作にも携わり、キャンペーンやミュージックビデオのプロデュースとフィルムメーカーとしても活動する。www.azumihasegawa.com