ロサンゼルスの現代美術館(MOCA)が再開したMOCA FOCUSは、過去にLAでの美術館個展歴がないアーティストにフォーカスした美術展シリーズで、新人やあまり作品が知られていないキャリアアーティストによる作品との出会いにわくわくさせられる機会だ。
Takako Yamaguchi(b. 1952, Okayama, Japan; lives in Santa Monica, California)Trap, 2024 Oil and metal leaf on canvas 60×40 inches(152.4×101.6 cm)Private collection, United Kingdom
6月末にオープンした最新展示『MOCA Focus: Takako Yamaguchi』では、ロサンゼルスやサンタバーバラを拠点に芸術活動を続けてきた日本人アーティスト山口貴子氏が抜擢され、海の景色を描く作品10点が閲覧できる。
1970年代に東京の国際基督教大学からアメリカ・メイン州のベイツ大学に留学した山口氏は、美術を始めたきっかけを、「大学で英語での受講や課題、試験はそれは大変で、美術なら英語の読み書きをしなくていいと思ったから」とお茶目に語る。大学や大学院で美術を続けた山口氏は当時日本人芸術家に期待されていた禅風のミニマリズムに反し、独自にフェミニニティや装飾性を探求、表現。日本で一切本格的な美術教育を受けていないからこそ、型にハマらないアートが生まれた。
Installation view of MOCA Focus: Takako Yamaguchi, June 29, 2025-January 4, 2026 at MOCA Grand Avenue. Courtesy of the Museum of Contemporary Art (MOCA). photography: Jeff McLane
山口氏の描く海景作品では東西に限らず、時代をまたぐ美術様式が融合する。抽象と幾何学模様や大胆な形状と繊細なパターン、ディエゴ・リヴェラらのような社会主義壁画、アール・ヌーヴォー、日本画やロマン主義を連想するゴールド使いなどが洗練された美しさとして混在する作品の前に立ち止まると、静かに引き込まれるように惹きつけられてしばし目を離すことができない。
アメリカに住む日本人、白人男性が依然として勢威を放っていた現代アート界におけるアジアの女性画家、個人差があるフェミニズムの意義と解釈など、山口氏はすべてでありながらどこかでアウトサイダーとしての客観を持っていたのだろう。一方で、波や雲、島々が描かれる海の景色は世界各地に共通するモチーフだ。いくつかの作品に表現されている海の島々に瀬戸内の海を想ったけれど、岡山県出身のご本人に聞いてみると特に瀬戸内海を描いたのではないという。描かれているのは誰もが共感できる海なのだ。
Takako Yamaguchi, Guide, 2024, oil and metal leaf on canvas, 42×50 in. (106.7×127cm). Courtesy of the artist; Ortuzar,New York; and as-is.la, Los Angeles. photography: Gene Ogami
10作品を展示したコンパクトながらパワフルな個展は1月まで開催されている。アイデンティティが頻繁に問われるロサンゼルスで、ぜひ多くの人に訪れてほしい展覧会だ。
Installation view of MOCA Focus: Takako Yamaguchi, June 29, 2025-January 4, 2026 at MOCA Grand Avenue. Courtesy of the Museum of Contemporary Art (MOCA). photography: Jeff McLane
Takako Yamaguchi, Procession, 2024, oil and metal leaf on canvas, 40×60 in. (101.6×152.4cm). Courtesy of the artist; Ortuzar, New York; and as-is.la, Los Angeles. photography: Gene Ogami
会期:開催中~2026年1月4日
会場:The Museum of Contemporary Art
250 S Grand Ave, Los Angeles, CA 90012
https://www.moca.org/

稲石千奈美
在LAカルチャーコレスポンデント。多様性みなぎる都会とゆるりとした自然が当然のように日常で交差するシティ・オブ・エンジェルスがたまらなく好き。アーティストのアトリエからNASA研究室まで、ジャーナリストの特権ありきで見聞するストーリーをエディトリアルやドキュメンタリーで共有できることを幸せと思い続けている。