香港で最も華やいだ祭事のひとつである中秋節が近づくと、街のいたるところに丸くて赤い提灯が飾られるようになり、夜には幻想的でメランコリックな風景を見せてくれるようになる。日本でも最近、焼き菓子のひとつとして目にすることが増えてきた月餅は、この中秋節にちなんだお菓子。香港では、ばら売りを自分で購入するというよりは、季節の贈答品という位置づけであり、日ごろお世話になっている方や取引先などと箱詰めを贈り合うのが一般的だ。
ビクトリア公園近くに飾られた中秋節の提灯。夜の闇に浮かび上がる赤い光が、香港の街を妖艶に麗しく彩る。Photography: Miyako Kai
日本でいうところの十五夜の満月を愛でる中秋節は、香港では旧暦の8月15日。そのため、毎年9月~10月のなかで日程が異なり、2025年は10月6日となっている。当日は早めに帰宅できる会社がほとんどで、夜は家族で自宅やレストランで晩餐を楽しむ。その後は、翌日が祝日になっているので、子供たちは提灯を手持ちして街を歩くなどして、夜遅くまで遊ぶことが許される貴重な機会を満喫できる。
毎年パッケージのデザインに定評がある広東料理店ダドルスは、ミシュラン1ツ星の名店。写真中央の限定版LED提灯ボックスは、8個のミニカスタード月餅入り。photography: JIA Group
月餅自体は、もちろん中秋節の夜、満月を愛でつつ、しみじみと味わうものではあるが、中秋節の1カ月前くらいから月餅が届き始めるので、もうすぐ中秋節という気分とともに、少しずついただくことになる。何しろ月餅は大変な高カロリー食品なので、一度に大量に食べることはできないという事情もある。
毎年夏になると、各企業が競い合うように、今年の月餅のデザインを発表し予約販売を始めるので、月餅の広告をいたるところで目にするようになる。最も伝統的な月餅は、蓮の実餡が詰められていて、中に満月をかたどったアヒルの塩漬け卵の黄身が入っている大ぶりのタイプ。甘味は強くなく、油が強くてやや癖があると感じるかもしれないが、これを薄切りにして、香港でよく飲まれるプーアール茶やウーロン茶などと合わせると、すっきりと食べられて絶妙なマリアージュになる。
扇のロゴが刻印されたマンダリン オリエンタル 香港の月餅は、最も縁起が良いと言われる2個のアヒルの塩漬け卵の黄身を入れた伝統タイプ。切り口が満月のように見えて、めでたさが倍増。photography: Miyako Kai
月餅には、さまざまなモダンバージョンがある。その代表格は、ミニサイズのエッグカスタード月餅で、もはや主流とも言える人気を博している。元々は、80年代にペニンシュラ香港の広東料理名店である「スプリングムーン」のシェフが開発して評判となったもので、スイーツ感覚でいただける。コーヒーや紅茶などともぴったり合って、万人受けする味わいだ。
1986年から発売されているザ・ペニンシュラ香港のミシュラン1ツ星広東料理店スプリングムーンのミニエッグカスタード月餅は、食べる前にオーブンや電子レンジで温めるとおいしさがマックスに。箱のデザインは、店内にあるステンドグラスを模している。東京のホテルでも直輸入品を予約販売しているそう。photography: Miyako Kai
近年は、多彩な食材を組み合わせたオリジナル月餅も増えてきた。黒ゴマやナツメなどの伝統風味に加えて、チョコレート、ハチミツ、マンゴー、ピスタチオなど、続々と新しいフレーバーが登場するので、斬新な月餅を試すのも毎年のお楽しみ。すっかりおなじみになったアイスクリーム月餅などに加えて、高級肉店のビーフウェリントン月餅など、変わり種も毎年登場する。
香港のザ・ペニンシュラ ブティックでは、毎年多彩なオリジナル月餅を販売。今年のフレーバーは、ペニンシュラ名物のマンゴープリン(写真)や、マヌカハニーと柚子とクルミなど。空港内のショップでも購入可能。photography: The Peninsula Boutique
月餅のパッケージも創意工夫にあふれている。数年前まではあまりにも立派なパッケージが増えて、中秋節が終わるとそのまま大量廃棄されていたことが問題視されていた。エコ意識の高まりで、中秋節のために飾ったり持ち歩く提灯になったり、ジュエリーボックスや小物入れになったり、再利用しやすいデザインのケースが目立つようになった。
蓋を開閉して、小物入れとして使えるデザインは、イートンホテル香港内にあるミシュラン1ツ星の広東料理店「逸東軒(Yat Tung Heen)」の月餅。ミニエッグカスタードに、店名が刻印されている。ほかに小豆と陳皮、蓮の実餡とエッグカスタードをミックスしたフレーバーも。photography: Miyako Kai
そして中秋節が終わると、月餅は跡形もなく香港の店頭から消えてしまう。残念にも思えるが、季節ものであることをしっかり守ることで、次のシーズンに月餅が再び現れたときの新鮮なトキメキが保たれるのだ。

ジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、ヨーロッパ、東京、そして香港で18年を過ごす。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港の情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。2024年に帰国。