香港と聞いて思い浮かぶものは? 食や観光、金融や貿易の印象が強い土地だが、1960~80年代にはさまざまな工場が建ち並ぶ商工業がとても盛んな街だった。かつては香港を代表する産業のひとつであった絵付け工房も、300軒から1軒まで減少した。今回紹介するののは、現存する最後の工房、九龍半島の郊外にある1928年創業の「粤東磁廠(Yuet Tung China Works)」だ。

店内は創業時以来の製品で埋め尽くされていて、レンゲだけで1万点以上あるなど、総数は不明だそう。絵付けした品を800℃で焼き上げる大窯もある。
飾り気のない九龍湾(Kowloon Bay)の街並みに建つ、古びた工業ビルの無骨なエレベーターを降りると現れる「粤東磁廠」。一歩足を踏み入れると、400m²におよぶ広大な店内を天井まで埋め尽くす食器の山! 日本と違い、地震がほとんどない土地がゆえに誕生した、あっと驚く空間に包まれる。

手描きの繊細なタッチが見事な、龍柄の食器。左から大碗400香港ドル、小椀150香港ドル、中国茶器300香港ドル、蓮型碗250香港ドル、蓋つき小物入れ200香港ドル、皿300香港ドル
ここでは、日本や中国から仕入れた白無地の陶磁器に、主に「広彩(ゴンチョイ)」と呼ばれる、中国の広東省や香港に長年伝わるカラフルで華やかな絵付けを施している。熟練の職人による手描きの一点ものを中心にしたさまざまな柄が並んでいて、お皿ひとつとっても、サイズや形状も多種多様。

絵付けの修復を行っているのは、3代目当主のジョセフ・ツォンさん。かつて何百人もいたという絵付け職人は現在5人となり、後継者不足が深刻。
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地元の名門ラグジュアリーホテル、ペニンシュラ香港をはじめ、伝統を守るためのサポートもかねて数多くのブランドがコラボレーションしている。魅力あふれる食器で上手に空間を演出し、伝統とモダンが見事に融合したスタイルばかり。
まずは、広彩を代表する柄のひとつ「カントンローズ」。ピンクのバラとグリーンが基調の優雅さと華やかさのあるデザインで、かつて欧米への輸出用の陶磁器で人気を博した。

中国茶用茶器300香港ドル、ヴィンテージのティーカップ&ソーサ―600~800香港ドル。手前右がカントンローズ柄。
次に「粤東磁廠」シグネチャー的存在の柄のひとつ「マックリホース」。1975年、英国植民地時代のマックリホース総督夫人による、古代中国に伝わる絵柄をアレンジしてディナーセットを作りたいというオーダーから生まれた青い絵柄がオリジナル。ペニンシュラ香港でも長きにわたって使用されているのは、色違いとして生み出した赤い柄の特別仕様だ。
ペニンシュラ香港の客室には、茶器が長年使用されている。

写真上左から時計回りに、3段トレー800香港ドル、ティーポット300香港ドル、ポットウォーマー300香港ドル、カップ&ソーサ―400香港ドル、ミルク入れ300香港ドル、皿120香港ドル、深皿600香港ドル
元英国領ならではの東西文化の融合が香港の伝統であることから、アフタヌーンティーも盛んな土地柄。「粤東磁廠」のティーセットはより魅力的なデザインが多い。深紅の紅茶や色鮮やかなスイーツとマッチするので、一式揃えてみるのもおすすめ。
「粤東磁廠」をサポートする現地ブランドとのコラボレーションは多岐にわたる。2025年には香港・銅鑼湾(Causeway Bay)にある革製品を扱うセレクトショップ「Leather Healer」が、大阪のジーンズメーカー「Full Count」とのコラボ10周年を記念して、かつて香港で頻繁に作られた記念プレートのデザインをオマージュ。限定ジャケットを作り、「粤東磁廠」にも同じデザインを使ったプレートの製作を依頼したのだそう。
Leather Healer記念ジャケットと同デザインのプレート。
小ぶりながら、デザインが豊富な醤油皿やレンゲは、お手ごろ価格で持ち運びにも適しているのでお土産にもぴったり。同じ柄で揃えるのもよいけれども、香港の伝統柄であるニワトリや花柄などをミックスしてみるのも楽しい。

醤油皿40~100香港ドル、小皿200香港ドル

レンゲが40~60香港ドル、手前左のみヴィンテージ品で100香港ドル。醤油皿60香港ドル
いろいろ購入したいけれども持ち帰りが心配!という方には船便による日本への送付も可能。古き良き香港の魅力あふれる食器に囲まれ、旅の思い出に浸るひとときをご自宅でお過ごしください。
粤東磁廠(Yuet Tung China Works)
3/F, Kowloon Bay Industrial Centre, Unit 1-3, 15 Wang Hoi Rd, Kowloon Bay
@yuettungchinaworks_official
●1香港ドル=約19円(2025年12月現在)

ジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、ヨーロッパ、東京、そして香港で18年を過ごす。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港の情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。2024年に帰国。




