連載【石井ゆかりの伝言コラム】第26回「おみくじ」&「初詣」

第26回「おみくじ」&「初詣」

あけましておめでとうございます!
2020年が皆様にとっていい年になりますよう、心からお祈りしております。
星占いの記事を書く仕事をしていますと、2019年の後半はほとんど「2020年は」「2020年は」と言い暮らしておりまして、2019年の終わりにやっと「2020年は!」から解放される(?)ので、もはや2021年気分です。「現在」がいつなのか、いつも、もやもやしています。

物理学の世界では、「現在」というのはほぼ「人間の錯覚」なのだそうです。『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著 NHK出版刊)という本が大変おもしろく、とてもお薦めなのですが、この本によれば、私たちが感じている「過去から未来に向かって流れる時間」とか「今目の前に在る現在」などは、たとえば「太陽が東から昇って西に沈む」のと同じで、単なる「体感」なのです。私たちが「地球がぐるぐる回る感じ」を直接的に体感できないように、時間も、そのものずばりを「感じる」ことはできないものであるようです。物理学においては「過去・現在・未来」の区別がほぼ、存在せず、ただものごとの前後関係が、局所的にある程度見て取れるだけだというのです。とても不思議です。

星占いは「時間」をあつかう占いです。暦の成り立ちも、元をたどれば星によるものですし、24時間、365日、という時間の区切りは、天体の動きから生じています。その「星」から地上の出来事の意味を読み取ろうとする試みである「星占い」は、「ある瞬間の星の位置」をもとに占いをします。この「ある瞬間」は、たとえば「生まれた瞬間」とか、「占い師の元を訪れた瞬間」とか、「事件が起こった瞬間」など、人間にとって特別な意味が詰まった「時間」を用います。
「生まれた瞬間のホロスコープ(星の位置を記した図)に書かれていないことは、その人の人生において、決して起こらない」という星占いの考え方があります。ある瞬間の星の位置に、その先何十年もの時間が結晶のように表れている、と考えるのです。

そんな「ホロスコープ」を読む時、「現在」をどう扱うか、というのは、よく考えるとなかなかおもしろいテーマだなと思います。もちろん、占い手や研究者によってさまざまに意見が違うでしょうし、ホロスコープの用い方やテクニックによっても、位置づけは異なると思います。ただ、私の個人的なイメージでは、星占いでの「現在」という瞬間は、「その瞬間のベクトル」のような姿をしているように思います。「ベクトル」とは、たとえば、短い小さな矢印のような感じです。「今という瞬間はとりあえず、この未来に向かってるよ!」というイメージです。

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毎年お正月には、初詣でおみくじを引くのを楽しみにしている方もいらっしゃると思います。おみくじはどんな神社でもたいてい、お正月でなくても引くことができます。でも、敢えて「お正月に引く」のに、特別なものがあります。
私は「占い繋がり」で、おみくじに興味を持ち、神社仏閣の多い京都に住んでいるのをいいことに、たくさんの神社やお寺を回って、おみくじをたくさん引いて回ったことがあります。
最初は大変楽しく、内容に一喜一憂していたのですが、回数を重ねるにつれてだんだんと、おみくじが「聖なるもの」ではなく「単なる印刷の紙」に見えてきました。そして、たくさん引いたうちのどのおみくじも、なんだか意味のない、デタラメなものであるような気がしてきたのです。

これはどういう感覚なのだろう、と考えました。
多分、おみくじというものも、「その瞬間、一回だけ」という時間性が、とても重要なのです。少なくとも私たちの心の中では、「今年はこれ一回だけの運試し! えいや!」と引く、その「もうやり直しができない」感じが、「聖なるもの」「神託」の感覚と繋がっているのではないでしょうか。「お正月である」ということももちろん、「おみくじの聖性」に一役買っている「時間性」であろうと思います。

「お金に色はついていない」と言われます。時間もまた、ある意味では「色がついていない」ものです。でも、私たちの心の中では、お金にも、時間にも、特別な「聖なる色」がつくことがあります。少なくともそうした「時間の、聖なる色合い」を通して、私たちは人生や生活の充実を感じるものなのだと思います。聖なる特別な時間の巡りを、心から楽しみたいお正月です。

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