英国のインフルエンサー、スージー流「Stop Asian Hate」
Society & Business 2021.03.24
文/坂本みゆき(在イギリスライター)
パンデミックの最中に拡散し続けるウイルスとは別に、人々の不安な心の隙間に入りこむようにして、じわじわと広がる人種差別。そのひとつは、最初に新型コロナが発見されたのがアジアの国だったことにこじつけた、東アジア、東南アジア人を中心としたアジア系人種をターゲットとしたものだ。先日のアメリカのアトランタで起きた発砲で亡くなったのは韓国系の女性たちだったという事件は記憶に新しいはず。イギリスでは度重なるロックダウンを経験した2020年にはその件数が前年比で300%も増えているという。
そんなヘイトクライムに対する意識を高めるために、アメリカではセレブリティやクリエイター、デザイナーらがキャンペーン「Stop Asian Hate」をスタート。それに連動して、ロンドンではファッションジャーナリストのスージー・バブルことスージー・ラウが声を上げている。
photo : AFLO
彼女が「グラツィア」誌に寄稿した記事では、昨年バスのなかで差別的な言葉を向けられて凍りついた出来事とともに、これまでアジア人として受けた様々な差別的体験を語っている。
学生時代、学校にアジアの食べ物を持っていくと「オエッ」という表情をしたクラスメートの態度、知らない人に突然道で「ニイハオ?コンニチハ?」と声をかけられた出来事、「アジア人だから数学が得意なんでしょ?」と根拠ない言葉など。
同じアジアの顔を持つ、私たち日本人もそんなエピソードと無縁ではないはず。異国に住んでいなくても、旅先でスージーと似たような経験を持った人は少なくないのではないだろうか。
かつて香港からの移民としてヨーロッパに渡ったスージーの親世代は、これら小さな言動を「それらは大したことではない」と気には留めないふりをして、頭を垂れて懸命に働き社会に貢献してきた。そして彼女も、これまではそんな場面に出くわしても何事もなかったように過ごし、特にファッション業界で仕事をするようになってからは自分も「白人社会のなかの大勢のひとり」としてふるまってしまっていたと告白。しかしそんなマジョリティが考える「良い移民」としての振る舞いは差別的な行為を容認してしまうだけではなく、すべての人にとって何の利益も産まないうえに、さらには「成功するマイノリティがいる以上、ここには差別はない」という表層的なイメージを自ら正当化してしまっていると主張している。
「なぜ私たちは黙っていなくてはいけないの?」「期待されてるような『良い移民』じゃなかったらどうだというの?」「型にはまるために、どれだけの自分の文化とルーツを犠牲にしてきたんだろう?」というスージーは問いは、同じようにアジアに祖国を持つ私たちの心にも深く響いてくる。
彼女のインスタグラムにはヘイトに対する強固な姿勢を感じさせる「Stop Asian Hate」のロゴとともに、これまで通り、インフルエンサーとして絶大な支持を持つ彼女ならではのファッショナブルなセルフィーが並ぶ。おしゃれを楽しみながら、同時に自分の考えも明確に語る。そのバランス感覚が心地よい。
昨年スージーは友人とともにイーストロンドンのストーク・ニューイントンにウィー・アー・ドット・ドットをオープン。香港のストリートフードの代表的な存在のバブルティーやバブルワッフルのお店だ。自身のルーツであるアジアの文化に誇りをもちながらも、同時に生粋のロンドンっ子でもあるスージー。彼女のこれら数々の行動をきっかけに、人々が知らず知らずのうちに頭と心の中に築き上げた壁を取り除いていくことを願ってやまない。
東京生まれ。95年に渡英後、ブライトン大学院にてファッション史を学びながらファッション業界紙やファッション誌への寄稿を始める。現在は男性誌、女性誌、専門誌など多方面に渡ってイギリスに関する記事を執筆。好きな分野は英国文化と生活、アート、音楽、食べ物&飲み物。サセックス州在住。ティーンエイジャーの母。madame FIGARO.jpで「England's Dreaming」を連載中。
texte:MIYUKI SAKAMOTO