愛おしいのに恐ろしい妄想が......産後を襲う恐怖症とは?

Society & Business 2021.10.04

出産後の母親の頭にふと恐ろしい思考がよぎることがある。ひどくなると自分が子どもに危害を加えることを想像し、激しい罪悪感に襲われる女性もいる。3人の周産期専門家がフランスで「衝動恐怖症」と言われる症状と、それに類似した現象について解説する。

phobie-dimpulsion2.jpgphoto: Getty Images

「母親が赤ちゃんを抱っこしている。彼女は赤ちゃんを愛している。でも、大好きだからこそ、母親は恐ろしいことを考えてしまう。なぜなら、そんなことを考えるなんて恐ろしいことだから…。人間の精神って、とても複雑なものだから」

今年5月、ラジオ局フランス・アンテールの解説者で医師のバティスト・ボーリユは、産褥期の母親が経験する苦悶をインスタグラムに投稿した。育児がうまくできないのでは、さらには自分が赤ちゃんに危害を加えるのではないかという大きな不安だ。

この投稿に胸のつかえが下りたと多くの母親たちがコメントを寄せた。口にするのも憚られる、聞く方も耳を塞ぎたくなるような苦しみだが、この現象は「非常にありふれた、よく見られるもの」というのは、精神科医のマリー・ドゥニオル。彼女はパリ郊外のロービエ周産期精神病理学研究及び治療センターで責任者を務めている。

頭から離れない妄想とはどういうものか?なかにはぎょっとするような心的イメージを挙げる女性たちもいる。一瞬にも満たない短い間だが、彼女たちは自分が子どもを階段に突き落とす場面や、お風呂で溺れさせる、あるいは哺乳瓶を与えながら窒息させるといった場面を想像してしまうという。

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不安と病気を見分ける。
 

「出産後の母親は大きな疲労を抱えながらも、赤ちゃんの世話を繰り返し、献身的に尽さなければなりません。乳児はまだコミュニケーションが上手く取れないので、母親は感謝という見返りを得ることができません」と精神科医は説明する。その結果、強度の疲労から、自分が母親として失格なのではと考えてしまう。「こうした恐ろしいイメージが一瞬頭に浮かぶのは、大きな不安を抱えている証拠。母親は何でも完璧にできなければならないという社会的プレッシャーに彼女たちが否応なしに晒されていることを物語っているのです」と、ポッドキャスト「Parentalité(s)」を配信する、臨床心理師で心理セラピストのマチルド・ブイシューは言う。

しかしながら、この不気味な思考は一過性で、深刻なものではなく、典型的な「マタニティブルー」の症状のひとつ。病理学的な診断が必要な疾患である「衝動恐怖症」と混同してはいけないと専門家たちは強調する。「違いは、思考の強度や頻度、過激さの度合い、日常生活に与えるインパクトといった点です」と、シャルル・ペラン医療センターの周産期精神科医・小児精神科医のアンヌ=ロール・シュテール=ダレは説明する。「衝動恐怖症の場合は、根拠のない観念だと自分で理解していても、こうした思考がしつこく浮かび、頭から離れなくなります」

周産期の女性は重大な生理的変化を被っており、その影響はニューロン(神経細胞)のレベルにまで及ぶ。「出産後の数週間から数カ月間、脳は極度に過敏な状態になります。音、匂い、視覚などのあらゆる刺激を強く感じるようになります。赤ちゃんへの危険信号を見逃さないためです」とシュテール=ダレは解説する。

母親の心理的傾向や個人的な背景によって、本来備わっている自動調整が作動しない場合がある。「調整が行われないと、”感情の調整不全”と呼ばれる状態を招くこともあります。これは女性の15~20%に見られます。うつ症状や強迫障害、不安障害の発症につながることもあり、そのまま放置するとやがて衝動恐怖症に発展する場合もあります」
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衝動恐怖症の兆候とは?
 

ぞっとするような心的イメージが現実にならないよう、衝動恐怖症を発症しやすい状態にある母親たちは通常、回避行動を取る。「お風呂に入れる、授乳する、抱っこするといったことを避け、子どもに対して距離を取るようになる女性もいます」とドゥニオルは言う。「あるいは、赤ちゃんの世話に関して過剰なまでの完璧主義を貫くことで、この不安を埋め合わせようとする女性もいます。たとえば、子どものためにとにかくいちばんいいものを買おうとしたり、ただ子どもをお風呂に入れるだけのことに、思いつく限りのものをあれこれ買い揃えるなど」

身近な人たちにとっては乳児の態度も状況が深刻かどうかを判断する材料になる。「赤ちゃんが母親を避けたり、自分の中に閉じこもり、周囲のことに対してあまり反応しないときは、注意したほうがいいでしょう」と臨床心理士のブイシューは指摘する。
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どう対処すべき?親子のメンタルヘルス治療とは?
 

実行に移す可能性はほとんどないとはいえ、衝動恐怖症にはしかるべき治療が重要だと専門家たちは強調する。「周囲の人たちの援助や、医療関係者のアドバイスを受けても不安感が持続する場合は、専門医に診てもらう必要があります」とシュテール=ダレは力説する。フランスでは、親子のメンタルヘルス治療を行っている病院が全国に存在する。診察の結果を踏まえて、投薬以外にも症状に合わせた治療法が提案される。

「治療の多くは会話を交わしながら進みます。カウンセラーは患者が思考に意味を見出す手助けをします。患者の心の負債を掘り下げ、幼い頃の両親との関係や、暴力、喪失体験、ひどいネグレクトなどの苦痛を経験したことがあるかどうかを探ります。こうした経験があっても必ずしも本人が意識しているとは限りません」と小児精神科医のドゥニオルは言う。

症状があっても打ち明けられない患者もいる。恥ずかしいという気持ちが強すぎたり、赤ちゃんにとって自分が実際に危険な存在と思われるのではと危惧するためだ。「性的な意味合いを含んだ衝動恐怖症のケースがそうです。幼少時のトラウマや性的虐待、実行に移されないにしても家庭内に近親姦に近い雰囲気があったという子どもの頃の記憶が関与している場合がとても多い」とドゥニオルは指摘する。
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心的外傷後ストレス障害が疑われる場合は、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)か、ライフスパンインテグレーション(仏名ICV)などの心理療法を受けるよう勧めると心理療法士のブイシューは言う。

単に一過性の不気味な思考に悩まされているだけであれば心配する必要はないとドゥニオルは言う。「こうした不安を言葉にしたり、子どもとのやりとりのなかで気づいたことを言語化するだけで、一度の診察を終える頃には母親たちは落ち着きを取り戻しています」。友人、姉妹、同僚といった、頼りになる人に話を聞いてもらうのもいいだろう。「後ろめたさを感じないでいられる、信頼できる話し相手を見つけるのは大切です」とブイシューはアドバイスする。

周産期専門医のシュテール=ダレは非営利団体Maman Bluesのサイトを閲覧してみてほしいと勧める。数年前から医師自身も同団体の活動に参加している。「自分の体験を語ってもいいですし、女性たちの証言を読むだけでも気持ちが落ち着きます。自分はひとりではないと感じられるはずです」

text: Tiphaine Honnet(madame.lefigaro.fr)

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