テレ朝・大下容子の「たたかわない生き方」とは?
Society & Business 2021.10.25
情報番組「ワイド!スクランブル」のMCを23年務める女性アナウンサー、大下容子さんが人生初の本を発売。ずっと第一線で活躍してきた秘訣を聞いた。
女性アナウンサーが「女子アナ」と呼ばれ出したのは、一体いつ頃からなのだろうか。
「子」と入っているのを見ても分かる通り、女子アナには「若くてキレイ」という要素ばかりが求められ、時にはタレントまがいの活動まですることもある。そしてそこには当然、熾烈な椅子の争いもある(と思う)。
テレビ朝日アナウンサーの大下容子さんは23年間にわたり、そんな戦場のような現場の中心に佇んできた。2018年からはメインMCに、そして2019年からは、自身の名を冠した番組タイトルになった。
ずっと第一線で活躍してこられた秘訣は何なのか。2021年の秋に、初めてのエッセイ『たたかわない生き方』(CCCメディアハウス)を発売した大下さんにうかがった。
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「女子アナ」は別世界だと思っていた
――今回が初めての著書だそうですね。これまで本を出そうと思ったことはないのでしょうか?
これが人生初の本です。私は文才もないですし、淡々とした人生なので(笑)、書くほどのものはないと思っていて。でも今回、編集者の方が「本を出しませんか?」と言ってくださいました。
私は「ワイド!スクランブル」を23年続けていて、多種多彩な番組を担当してきたわけではないので、とてもびっくりしました。「書くことは特にないのです」とお伝えしようと思ったら、企画書に『たたかわない生き方』とありました。
それを見て「そういえば私って、そういうところがあるな。なぜ私のことを分かってくださってるんだろう」と思って、編集者の方にお目にかかってみたくなって。だからタイトルは私が考えたのではなく、頂いたものなんです。
――大下さんがテレビ朝日に入社した1993年は、90年代女子アナブームの真っただ中でした。当時、他局では歌をリリースしたり雑誌の表紙を飾ったりする女子アナが生まれる中、どんな思いを持っていましたか。
とにかく別の世界の人というか、同じ女性アナウンサーであっても同じじゃないと思っていました。タレント性が違いますし、だから私はテレビ朝日以外、全部一次試験で落ちているんです(笑)。
でもテレビ朝日は、人気のある1人(のアナウンサー)に仕事が集中するのではなく、常に皆で仕事を分け合っていたので、居場所があった。確かにごく一部のタレント性のある方が目立つのは事実ですが、そうでないアナウンサーも沢山います。だから自分も含めて、まばゆいのがアナウンサーとしての全てではないと思っていました。
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番組を続けてこられた理由は?
――1998年に「ワイド!スクランブル」のMCになられて23年が経ちます。ずっと番組が続いてきた理由は、何だと思いますか?
私も不思議ですし、同時にありがたいことだな思っています。番組が始まってからは俳優の大和田獏さんと11年、寺崎貴司アナウンサーと4年半、元高知県知事の橋本大二郎さんとも4年半と、その時々のパートナーとともに1日1日一生懸命やっていたら、結果として続いてきたという感じです。
自分が続けたいと強く思っていたというよりは、毎日のオンエアにベストを尽くすしかないと思っていたら、いつの間にか23年経っていました。
かつて同じ時間帯に「笑っていいとも!」(フジテレビ)や「午後は○○おもいッきりテレビ」(日本テレビ)といった高視聴率番組があったので、あまり期待されていなかったのでしょう(笑)。結婚や出産という起伏がなかったのも、理由かもしれません。
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予定調和ではないのが生放送の醍醐味
――情報番組でありながらも日々のニュースを取り上げているので、テーマやゲストは多岐にわたります。日々降ってくるニュースに対して、どのように向き合っていますか?
本当に毎日勉強が大変です。「たたかわない生き方」と言っていて、人と争ったりするのは避けたいほうですが、ニュースとは日々格闘していて。毎朝スタッフがゲストの方から聞き取ったことをメモにしてメールで送ってくれるんですけど、それを読み込んでから、皆さんに話をうかがうようにしています。
例えば今日(取材日)のオンエアでは日本とアメリカ、オーストラリア、インドの新たな枠組みである「QUAD(クアッド)」と、米英豪による「AUKUS(オーカス)」という安全保障の枠組みを取り上げたのですが、まず地図を広げて、インドが中国ともパキスタンとも国境を接していることを確認するところから始めました。
毎日準備時間がすぐになくなってしまうのですが、せっかくゲストをお招きしたのに、その方が一番言いたいことを聞き出せないと、不完全燃焼になってしまうと思うんです。だから、自分の中で「ここが大事だ」という点を探し出すようにしています。
――今まで出会った方について本でも触れていますが、ほかにどんな方が記憶に深く残っていますか?
数年前に小泉純一郎元総理をお迎えしたのですが、その際に脱原発を巡って、コメンテーターと小泉さんのやりとりがヒートアップしました。番組として他にも聞かなくてはならないことがあり、時間も限られていたので「ちょっとこっち向いていただけません?」と私が割って入ったら、「ああ、はい」とそこで気付いてくださいました(笑)。
この時は展開が予測できずドキドキしましたが、生放送らしい印象深い回になりました。事前に考えていた質問が順序も時間配分も違ったものになりましたが、小泉さんもコメンテーターの方も真剣勝負だったので、これこそライブだなと思いました。
何が起きるのかが分からないのが生放送の醍醐味で、きれいにまとまることだけが正解ではなく、言葉に詰まったり涙ぐんだり焦ったり、そういう予定調和ではないところにリアルがあり、番組として大切にしていきたいなと思っています。
――先ほど「結婚や出産という起伏がなかったから続けてこられた」とおっしゃいました。以前よりは働きやすくなったとはいえ、まだまだ子育てしながらの仕事は難しい部分があると思います。悩める女性にアドバイスをするとしたら、どんな言葉をかけますか。
経験していないので偉そうなことは言えませんが、テレビ朝日のアナウンス部は産休、育休を経て復帰している後輩も多く、みんな忙しい中見事に頑張っています。
でもどこで働いていてもそうだと思いますが、仕事と家庭の比重は1人1人考え方が違うと思うので、自分はどうしたいのかを伝えることが大事ではないでしょうか。「言わなくても分かってもらえる」というのは難しいと思うので、「私はこうしたい」をしっかり伝えれば、意向を尊重してもらえる方向に進むのでは。
すぐには叶えてもらえなくても、今後に活かされるかもしれない。自分の思いを伝えて、周りとコミュニケーションを取っていくことが必要だと思います。
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誰もがコロナ時代をともに生きる仲間のはず
――大下さんはブログやSNSを、全くされていないんですね。
アナウンス部のブログがありますが、更新が全然できてなくて。やったほうがいいのかなと思うのですが、あまり得意ではありません。自分じゃ御しきれない気がしています。
――そのSNSでは誰かが誰かを誹謗中傷したり、PV(ウェブサイトのアクセス数を示す「ページビュー」)を稼ぐために炎上したりと、日々事件が起きています。
SNSには自分の才能を世界中にアピールできるなどの良い面もありますが、便利なものは悪用する人にも便利なもので。そのメリットとデメリットを考えると、今のところ私は臆してしまいます。
最近は誹謗中傷への対策も進んでいますが、まだ法整備が追いついていない部分もあります。文明の利器を使いこなすつもりが、振り回されてしまったら本末転倒ですし、そのことで自分のエネルギーを消耗してしまう人が増えるのは、SNSが本来目指していたものではないと思うんです。
どうつきあうかは、本当に難しいですね。
――その一方でニュース番組の「視聴者提供」のように、市民がSNSに投稿した内容を報道で使うことも増えてきました。
これは、この23年で劇的に変わったことのひとつだと思います。「ワイド!スクランブル」を始めたときは影も形もなかったのに、今は皆さんの投稿に助けられています。
それこそ気象災害などの局地的な情報は、現地にいらっしゃる方が一番リアルなものを撮影できると思いますし、その映像は他の方へのアラート(警告)にもなります。もちろん避難を最優先にしていただきたいということは言うまでもありません。
SNSは「お互いに役立て合おう」という意識で利用すれば、とてもすばらしい繋がりになるはず。SNSを誰かを傷つける道具にしたり、それで別の誰かが悩んだりする状況が私には辛いんです。
でもあっという間に浸透したのは、それだけ便利だからなのでしょうね。だからこそ気持ちよく活用するためのマナー教育などが必要なのかなと思います。
――大下さん自身が今、興味のあるテーマはなんですか?
ゲストは人生経験を積んだ方が多く、また私には子供がいないので、若い方とお話しする機会が少ないんです。コロナ禍での私たち大人の2年間と若い世代の2年間では違うと思っていて、その世代でしか経験できない数々の行事やイベントが叶わなかった方たちの率直な思いを聞きたいです。
というのも、「せっかく地方から上京して大学に入学したのに、授業はオンラインで友人はできないし、アルバイトもできない。かといって県は跨ぐなと言われて故郷に帰ることもできない、ただ学費は納めなきゃいけない。私の青春と学費を返して」という声が視聴者から寄せられたことがあったんです。
高齢者の(新型コロナウイルスに感染した際の)重症化を防ぐことは何よりも大切だけど、その裏で我慢を強いられて言いたいことも言えない若い世代の気持ちを吐き出す場はあるのか、自分たちの伝え方を振り返って反省すべきところもあります。1点に集中して詳しく伝えることも俯瞰で観ることも必要であり、課題です。
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――大下さん流の、たたかわない生き方のコツを教えてください。
皆さんコロナで日常が大きく変わっても、それに対応し十分頑張っておられるのでそんな自分をほめましょう。そして世界中がコロナの時代をともに生きる仲間と考えて、理解し合いながら一緒に踏ん張り、乗り越えていきましょう、と捉えたいです。
コロナは人間とウイルスとの戦いであって、人間同士の戦いではないので、世界で克服するためには皆で協力して助け合っていかないと。
私は世の中の多くの方は真面目な善い方だと思っているし、自分もそうされると嬉しいから、人には優しく接することを心がけたい。結局、全部自分に返ってくるような気がするんです。
人を思いやると、人からもそのように思われる。きれいごとだと言われるかもしれないけれど、そう信じています。足を引っ張り合うより理解し合うほうが、お互いにハッピーにそして良い結果を生み出すんじゃないかなと思うのです。
大下容子(おおした・ようこ)
テレビ朝日 エグゼクティブアナウンサー。
現在は「大下容子ワイド!スクランブル」(月〜金、午前10時25分〜午後1時 ※一部地域をのぞく)でメインMCを務める。
『たたかわない生き方』
大下容子 著
CCCメディアハウス
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