家政婦の目から見た、アメリカの知られざる現実。

Society & Business 2021.11.12

彼女はかつてシングルマザーで、娘のミアを養うためにどんな仕事もこなしていた。2020年10月7日にフランスで出版された著書『メイドの手帖』の中で、ステファニー・ランドは苦悩と疲労、そして希望と寛大さを兼ね備えたこの暗黒の時代を振り返っている。このストーリーはNetflixで映像化され、10月1日から配信されている。

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「メイドの手帖(原題:Maid)」は、ステファニー・ランドのベストセラー書籍で、Netflixでシリーズ化されている。photo:Nicol Biesek

ポルノ・ハウス、シェフの家、哀しみの家……。ステファニー・ランドは、金持ちのために隅から隅まで掃除した家に、これらのニックネームをつけた。フランスでは2020年10月7日に、アメリカでは2019年1月に出版された書籍『メイドの手帖(1)』では、42歳の著者が、アメリカでシングルマザーとして、雑用やソーシャルハウジング(主に低所得者向けの公営住宅)、フードスタンプの間を行き来した経験を語っている。「いまにも足元が崩れそうな床の上を歩いているようだった」と記している。

顧客の日常生活を“見えない”ように観察していた元家政婦は、時に顧客の怠慢や侮辱の犠牲になることもあった。彼女と娘のミアの奮闘は、ステファニーがモンタナ大学で英語とクリエイティブ・ライティングの学位を取得して卒業した2010年に終わりを告げた。

現在、結婚して4人の子どもを持つステファニー・ランドが監督を務めた彼女の著書の映像化作品が、10月1日からNetflixで配信される。ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなったこの書籍は、バラク・オバマをも魅了した。次の目標? 米国議会のすべてのメンバーに、自分の(間違った)冒険を読んでもらうことだ。そんなステファニー・ランドにインタビュー。

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"アメリカでは貧乏人が責められることが多い"

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ステファニー・ランドによる著書『MAID』は、フランスでは10月7日、アメリカでは2019年1月22日に発売された。courtesy of Stephanie Land

ーー『メイドの手帖』は、バラク・オバマ元大統領から「アメリカの社会的格差を冷静に見つめた作品」と評価されました。また、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーにもなっています。この旋風のような成功をどのように感じていますか?

全くの予想外です。この本が出版される前、私はシングルマザーとしての生活について、ガーディアン紙やニューヨーク・タイムズ紙などに書いていました。コメント欄には、生活保護を受ける資格がないという意見もありました。私がシングルマザーになることを選んだとも言われました。アメリカでは、貧乏人を責める声が多いのです。頑張れば成功するという考え方があります。そうでない人は、「努力が足りない」と非難されます。『メイドの手帖』の読者も同じような反応をするだろうと思いました。

ーーあなたは1978年にアメリカの中流階級の家庭に生まれました。子ども時代は幸せでしたか?

私はワシントン州のシアトルから北へ1時間のところで育ちました。7歳の時、アラスカに引っ越しました。父は電気技師。母は家族の中で初めて大学に行き、卒業した人。その後、ソーシャルワーカーになりました。

私はとても幸せな子ども時代を過ごしました。あまり贅沢なことはできませんでしたが、バカンスを過ごし、犬や猫を飼っていました。17歳で高校を卒業しました。親が大学の学費を援助してくれなかったので、2つ3つの仕事を掛け持ちしていました。

ーー娘のミアの父親であるジェイミーと別れた後は、ホームレス・ホステル、社会福祉施設、ワンルームアパートなどで暮らしていましたね。この苦難の時代に何を学んだのでしょうか?

当時、私は仕事とミアの子育てに専念しなければなりませんでした。考える暇もありませんでした。10年経ったいまも、あの不安定な状況でのストレスや、娘のために小さなアパートを借りる苦労は忘れられません。懐かしいのは、娘と一緒に過ごすシンプルな時間です。いま、私たちは複数のテレビを持ち、ミアは常に携帯電話を使い、パンデミックで家に閉じこもっています。

私が学んだことといえば、シンプルなものには美しさがあるということです。電子機器に邪魔されずに外の空気を楽しみながら、一緒に過ごす時間に感謝することが大切です。

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“見えない”という感覚

ーー27歳の時、どのようにしてメイドになったのですか?

この仕事は私にとって最後の手段でした。1年間、少なくとも週1、2回は仕事に応募していましたが、どこも私を雇ってくれませんでした。2007年〜08年にかけての大規模な金融危機の直後のことです。保育園の時間に合う仕事を探すことができませんでした。そんな時、新聞によくある広告を見つけました。そして、私は「クラシック・クリーン」のメイドに応募し、採用されたのです。

ーーこの新生活でどのような体験をしましたか?

この仕事の悪いところは、自分が全く“見えない”ことです。人の家を掃除する人間として、自分の痕跡を残してはいけないと思いました。自分のやっている仕事だけが見えるようにしていたのです。自分なんて重要な存在ではないと感じざるを得ませんでした。給料ははした金(時給約1000円)だったし、病気休暇を取ることができませんでした。病欠した日には「クビにするぞ」と脅されました。クリスマスや感謝祭以外には、一日も休んだことがありませんでした。

ーー「タバコ女の家」「植物の家」「シェフの家」など、掃除した家にはそれぞれニックネームを付けていましたね。なぜそうしたのでしょうか?

ニックネームを付けることによって、家を区別することができました。例えば、水曜日には「ポルノの家」と「哀しみの家」の2つの家を3時間ずつ掃除することになっていた。目覚めた時に、その日何をするのかが明確になった。そのほうが、一人で知らない人の家を訪れて6時間働くよりもずっとよかった。引越しの準備の時などは特に。

ーーこれらの家の特徴は何ですか?

多くはワシントン州のカマノ島にありました。妻を亡くしたばかりの男性が住む「哀しみの家」は、メランコリーな雰囲気が漂っていました。また、ベッドサイドのテーブルにローションが置かれていることから「ポルノ・ハウス」と読んでいた家の引き出しにはポルノ雑誌がたくさん入っていました。「ビーチ・ハウス」は海辺風の内装で、「シェフの家」には巨大なオーブンとキッチンがありました。「植物の家」には20本ほどの植物がありました。これらの家の住人を見かけることはほぼありませんでした。

ーーオーナーの中には、キャンドルや食事、チップを提供してくれる人もいたそうですね。一方、あなたの存在を忘れているような人もいらっしゃいました。顧客との関係はどのようなものでしたか?

私の仕事を評価してくれるクライアントもいました。通常、1年に1回、10ドル(約1100円)相当のチップを受け取っていました。一度、100ドルのチップをもらったことがあります。意地悪ではないものの私を見下していて、時には失礼なことを言う人もいました。彼らの家をきちんと掃除しなければ(彼らによれば)、お金をもらわずに帰らなければなりませんでした。ガソリン代、ミアの保育園の費用、消耗品代は自分で払いました。私が来ていることをオーナーが忘れて、家に鍵をかけ、家賃を払うための貴重な労働時間を失うこともありました。

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"金持ちが貧乏人のために決める"

ーーあなたのストーリーは、今のアメリカについて何を物語っていると思いますか?

アメリカという国は労働者階級のためにあまり貢献していないと思います。貧乏人は休みも取らないし、病欠も取りません。貯金もありません。最近では、コロナウイルスのパンデミックにより、多くの人が職を失っています。数週間後には、家賃や食費が払えなくなってしまいました。何日か無給でいると、ホームレスになってしまうこともあります。ホテルで働く人、家を掃除する人、子どもの世話をする人……。この国を支えている人たちが、やっとの思いで生きているのです。

ーー2020年11月3日にアメリカ大統領選挙が行われました。今回の選挙の結果は、アメリカの労働者階級に変化をもたらすと思いますか?

いまの段階では、誰も助けてくれないと思います(苦笑)。伝統的には、投票したり、法律を提案したりするのは金持ちで、貧乏人のために決断を下しています。彼らは、労働者階級の人々がほとんど仕事をやめられないことに気付いていないのです。

ーーアメリカのシングルマザーの状況を改善するにはどうしたら良いと思いますか?

まず、賃金を上げること。最低賃金を時給15ドル(約1700円)にしたいと考えている政治家もいます。しかし、シングルマザーが生活するには、時給30ドル(約3400円)が必要です。シングルマザーの最低賃金は時給7.55ドル(約860円)。そのため、彼女たちは週160時間働かなければ生活できません。シングルマザーに普遍的な収入と保育制度が整えば、彼女たちの生活は改善されるでしょう。

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貧困から抜け出すために書く

ーー娘さんのミアさんは、貧困との闘いの年月をどのように経験されたのでしょうか?

彼女には幸せな子ども時代の思い出があります。私たちが置かれている状況を理解していなかったのだと思います。彼女は私の存在を喜んでくれました。だから、7歳の時に妹が生まれた時には、ちょっと迷惑に感じたそうです(笑)。引っ越しをしても、彼女の生活はあまり変わりませんでした。確かに服は良くなったし、乗馬のレッスンも受けられるようになりました。基本的には、子どもたちというのは親がそばにいるだけで良いのです。そして私も彼女のそばにいるようにしていました。

ーー32歳という年齢で、どうやって貧困から抜け出したのですか?

大学の最後の年に仕事を辞めました。私のスケジュールはあまりに一杯だったのです。常に大学の講義があったり、ミアを学校に迎えに行ったりしていました。卒業後は、もう個人宅の掃除はしたくないと思っていました。そこで、書くことへの情熱に関連する仕事を見つけました。2年後には、フードスタンプの使用をやめられるほどの収入を得ることができました。

その後、本の執筆のオファーがあり、出版社から前金を出してもらいました。私は貧困から抜け出すための方法を書きました。人道的な組織のためにオンライン講演も行っています。「College Reads Program(カレッジ・リーズ・プログラム)」で働いており、学生に私の本を読んでもらい、ともに議論する機会を提供しています。また、2冊目の書籍にも着手しています。

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Netflixによる包括的なドラマシリーズ

ーーあなたの著書を映画化したNetflixシリーズ『メイドの手帖』の撮影は、2020年10月に配信されました。あなたはこのプロジェクトに深く関わっていましたか?

シリーズのプロデューサーは選びしました。脚本には関わっていません。すでに原作を書いていたので。本にこだわらないのが良かったと思います。全10話で構成される第1シーズンは、私の物語が中心となっています。しかし、次のシーズンからは、有色人種の女優が演じる新しい家政婦が登場します。

私は白人女性で、十分快適な環境で育ちました。私は数年間、貧乏暮らしをしていましたが、そこから抜け出しました。私には特権的なストーリーがあります。私はこのシリーズで、この闘いをずっと続けてきた有色人種の人たちの物語を伝えたいと思いました。これらの話に、みんな耳を傾ける必要があります。

(1) Stephanie Land著、『MAID』、仏国内での発売日:2020年10月7日、Globe出版刊。
日本語訳『メイドの手帖』(村井理子訳)は双葉社より2020年7月刊。

texte : Chloé Friedmann (madame.lefigaro.fr), traduction : Hanae Yamaguchi

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