【乳がんと闘うエミリー】母、妻としての過酷な生活。

Society & Business 2021.11.16

2020年10月、インフルエンサーで企業家のエミリー・ドーダンはトリプルネガティブ乳がんを宣告された。フランスで年間9000人近くの女性が発症し、乳がんのなかでも進行が速く、再発リスクが高いタイプだ。過酷な1年を送った彼女が母そして妻としての生活を振り返る。

ちょうど1年前、エミリー・ドーダンの生活は激変した。数ヶ月間何度か誤診を受け、診断が下ったのは2020年10月1日。ふたりの子どもを持つインフルエンサーのエミリーはトリプルネガティブ乳がんを宣告された。乳がんのなかでも稀で(乳がんの15~20%に当たり、フランスでの年間発症数は約9000人)、進行の速いタイプだ。とくに40歳以下の女性に多く見られるトリプルネガティブ乳がんは、治療が難しく、治療後3年以内の再発率も高い。ルーアン出身の企業家で、SNSでは@emiliebrunetteの名で知られるエミリーは、若干33歳でこの想像を絶する闘いに挑まなければならなくなった。3歳のギュスターヴと18カ月のペルニーユのふたりの子どもの母親でもある彼女は闘病中も育児に全力を注いだ。

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診断が下るとエミリーと夫はすぐに家族や身近な人たちに報告した。つらい試練に直面して支援が必要だったせいでもあるが、彼女自身が隠しごとをするのが嫌いだったからでもある。まだ病気のことを話していないのに、それまでぐっすり眠っていた子どもたちが、夜中に目を覚ましたり、怖い夢を見るようになったことに彼女は気づいた。そこで彼女はがんの詳細には立ち入らずに、ママは病気なのと子どもたちに説明した。彼女の言葉を聞いて、子どもたちがすぐに落ち着きを取り戻したのがわかった。上の子どもには自分の病気のことを簡単に言葉で伝えておこうと本も買った。がんについて子どもが理解できる言葉で説明している『Maman est une pirate(ママは海賊)』(1)もそのうちの1冊だ。

「子どもに隠しごとをして、何年か経ってからそれが家族の秘密として表面化するなんていうことになったら最悪です。そもそもギュスターヴは最初から私の胸にしこりがあることを知っていました。彼に胸を蹴られたときに、私がそう言ったのです。私はすぐに子どもたちに説明しようと思いました。子どもたちに状況を理解でしてもらうためにも、それから子どもたちを安心させるためにも」と彼女は強調する。『Liberté, égalité, maternité(自由、平等、母性)』(2)の著者でもある彼女は今年2月にブログ「パルロン・ママン(Parlons maman)」のインタビューでも同じように語っていた。

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フランス、ルーアン在住のインフルエンサー、エミリー・ドーダン。彼女は2020年10月にトリプルネガティブ乳がんと診断された。 @emiliebrunette

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ママの健康状態についてひとたび言葉で説明されると、ギュスターヴとペルニーユは状況を受け入れ、この数カ月は普通の生活を送ってきた。「たとえば私がスキンヘッドになったことも子どもたちはとくに気にしていなくて、むしろ笑っていました」とエミリーは言う。手術後の傷痕については少しだけ教育する必要があった。「息子は最初の頃、私とスキンシップを取りたがらなくなりました。正直言って、これは堪えました。でもしばらくして、単に傷痕を見せたら、安心してくれた。娘はいつもおもしろがっていました。そのことでつらいときも本当に助けられました……」

友人のエミリー・ル・ギニエクと共同で開設したポッドキャスト「Pow[her]」で、彼女は最近、自分の病をテーマにして語った。そのなかで彼女は、子どもたちのおかげでそこまで「大げさに考えない」でいられたと話している。「子どもたちは信じられないくらい強かった。子どもたちにとって、ママはがんになんて罹っていないのです」。彼女は感情を込めてそう語る。「子どもたちはとても元気です。混乱することもなく、ぐっすり眠っています。ふたりとも落ち着いています」

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今年の夏は子どもたちとパパの関係がもっと近くなるといいと思った。もしものことを考えて……。
 

現在、経過観察中の彼女は、子どもたちを残していくのかもしれないと考えるのがもっともつらいと言う。「自分自身は死を考えながら生きることができるようになりましたが、子どもたちのこととなると、この峠を越えるのは難しい」と彼女は打ち明ける。

数カ月間、この考えが頭から離れない。彼女が配信するポッドキャスト「トリプル・ネガティフ」で、今年4月12日に彼女はこう語っていた。「日によってつらいときもあります。今日は大丈夫な日です。息子の幼稚園の校庭を歩いていたとき、はっとしました〔…〕。“もしかしたら子どもたちが小学校に入学する姿さえ見られないかも”と考えて、つらくなってしまった。“子どもを作るとき、そんなことは考えもしなかった”と。幼い子どもを残していくなんて誰だって予想しません。考えるとつらくなります」と、涙ながらに彼女は語っていた。

「私は子どもと一心同体のママではありません。スキンシップは大歓迎、でも、子どもたちにはしたいようにさせています。ただ今年の夏は子どもたちとパパの関係がもっと近くなるといいと思いました。もしものことを考えて……。とくに娘は生まれたときから私にべったりなので」とエミリーは語る。

感情に翻弄されないために、普段の生活にがんをあまり立ち入らせないことも、彼女とがんの闘いだった。「夫とはがんのことはほとんど話しません。家の中や子どもたちの生活に、がんに入り込んでほしくない。気持ちが塞ぐ日ももちろんありましたが、長くは続きませんでした。四六時中、“がん患者”として生きていたくはなかったから。自分の生活を維持したかった。普通の生活を送りたいと思った」と彼女は打ち明ける。
自分自身を守る意味では、子どもたちが幼稚園や保育園に行っている間、日中に自分のための時間があったのもよかった。「私は勝ちました。だって、いまは自分ががんを抱えているのを忘れているときもあるのです。薬や診察の予定を忘れこともあるくらい!」

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@emiliebrunette

(1)Karine Surugue著『Ma maman est une pirate』Gautier Languerea出版、10.95ユーロ
(2)Emilie Daudin著『Liberté, égalité, maternité』Leduc.s Pratiques出版、19ユーロ

text: Marion Joseph(madame.lefigaro.fr)

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