子どもの事故にはパターンがある、防ぐためにできること?
Society & Business 2021.12.28
文/井上佳世(ライター)
起こりやすい事故には発達段階に応じてパターンがあることが、研究から分かっている。真の「見守り」は目を離しても安心な環境をつくること。
段差での転落、目を離した間の溺水、ボタンや電池などの誤飲など、起こりやすい事故には繰り返されてきたパターンがありデータも蓄積されている。 photo: iStock
1歳のわが子に水遊びをさせようと、母親は小さなたらいに水を張った。タオルを取りにその場を離れたのはほんの一瞬。だが戻ったときに目にしたのは、たらいに顔を沈めて溺死したわが子の姿だった──。埼玉医科大学総合医療センター小児科の加部一彦によれば、そんな悲惨な事故が後を絶たないという。
子どもの死因の中で常に上位にあるのが、不慮の事故だ。子どもの命を奪うリスクは日常のどこにでも潜んでいるが、そのほとんどが家庭内で起こっている。1歳以上の不慮の事故死の約半数を占めるのが溺水だ。乳幼児は溺れているときには暴れると思いがちだが、実際は「静かに溺れる」と、加部は言う。「ビニールプールでも浴槽でも、口と鼻が塞がれるだけの水量があれば簡単に溺水してしまう」
頭が大きくバランスが悪い乳幼児は、ふとしたことで体勢を崩し、落ちたり、転んだりする。「子供の事故死は、発達段階と密接に関係するので、月齢によって起こりやすい事故が変わることを知っておくことが大切」と、加部は強調する。
まだ自分では動けない6カ月頃までで、最も注意が必要なのは窒息だ。消費者庁のデータでは、0歳児の不慮の事故の中での窒息死の割合は約9割にも上る。布団や枕が口を塞いでしまうベッド内での事故、上の子が与えた食べ物が喉に詰まる例も多い。
6カ月以降、ハイハイするようになると、思わぬところに入り込み、手にした物を全て口に持っていくため誤嚥(ごえん)事故が急増する。特に、日用品や家電のボタン電池は要注意だ。飲んでしまえば開腹手術は免れない。リモコンなどは、手の届かないところに置く習慣が必要だ。
1歳前後でつかまり立ちを始め、やがて歩きだすと、ベランダからの落下、交通事故、水場での溺水といった、一瞬で命を奪う事故の頻度が高まる。
photo: iStock
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あっという間は0.5秒。
成長に伴い、子どもは何にでも興味を持ち、遊び道具にしてしまう。ロールカーテンのひも、炊飯器の湯気、ウオーターサーバー。親が四六時中、子どもから目を離さずにいる努力をしなければ、家庭内の悲惨な事故を防げないのだろうか。
東京工業大学教授でNPO法人セーフキッズジャパン理事の西田佳史は、「見守ることが事故の予防になるというのは誤解で、迷信のようなもの。目を離してもよい状態にする環境づくりが、事故の予防効果を上げる」と断言する。
つまり、「子どもから目を離すな」は不可能。それを証明したのが、西田らの科学的アプローチによる実験だ。2LDKの居住空間を再現した実験室に多数のセンサーを埋め込み、そこで多くの子どもたちに自由に過ごさせる。人や物の動きをAI(人工知能)カメラが計測するセンシングと呼ばれる技術で、子どもが転ぶスピードを測った結果、「転倒のあっという間は0.5秒」だった。
人間の画像処理システムは、見てから動きだすまでに0.2秒はかかる。スーパーアスリートの反射神経をもってしても、残りの0.3秒で子どもの転倒を防ぐのは不可能だろう。同様の実験で、高さ2メートルの遊具から「落下するあっという間は0.63秒」だった。
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「ちょっと今日だけ」の危険。
だが、悲観する必要はない。「起きている事故のほとんどは、何度も繰り返し起きてきたもの。目新しい事故というものはほぼない」と西田は言う。そして、同様の事故が多発し、データが蓄積されてきたからこそ、事故予防のニーズが認知され、問題解決のテクノロジー開発につながる。そのひとつが、歯磨き中に転んでも柄がグニャリと曲がって口内に刺さらない歯ブラシだ。
こうした子どもの安全を考慮した新しいテクノロジーを取り入れることが、子どもから目を離しても安全に過ごせる環境づくりの要だ。転倒してもお湯がこぼれ出ない電気ケトル、チャイルドロック機能付きの家電など、選択肢は増えた。自転車用ヘルメットの着用は常識化しつつある。しかし、テクノロジーが進化しても、利用する側の意識が変わらなければ恩恵にはあずかれない。例えばライフジャケット。川辺の水遊びに必須という感覚は、まだ定着していないだろう。
日本子ども学会常任理事の所真里子は、子どもの命を奪う事故は親が普段見ない状況下で起こると指摘する。
「よく転ぶからといって、転倒で亡くなる可能性は低い。事故の頻度と重症度に相関関係はない。子供はめったに起きないことで命を落とす」特に、「ちょっと今日だけ」というときに限って深刻な事故が起きるという。自家用車が故障したためチャイルドシートがない実家の車を借りて事故に遭い、子供が外に投げ出される。たまたま通園バッグを身に着けたまま公園で遊び、バッグのひもが滑り台の突起部分に引っ掛かり、首つり状態で亡くなる。
「リスクの高い重点事項について家族が情報共有を行い、しっかりと対策を取っておくことが、悲劇的な事故の予防につながる」と、所は言う。うちの子に限って悲惨な事故など起こらない──親なら誰でもそう思う。しかし、その思いこそが子どもの未来から安全を奪うのかもしれない。
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text: Kayo Inoue