ボルシチはロシア料理ではないの? 

3月某日ニューヨークのある会合で、ウクライナとロシアの血を引くエレーナ(仮名)が故郷の味ボルシチを紹介してくれた。彼女は「ウクライナの料理、ボルシチは…」と説明を始める。しかし料理名を聞いたことがあれば、多くの人は「あれ、ボルシチってロシア料理では?」と思うかもしれない。

ボルシチとはいったいどこの料理なのか?

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ボルシチの定番は、赤い色の素となるビーツと牛肉、キャベツやニンジン、ジャガイモ、タマネギを煮込んだもの。サワークリームを添えて供されるのが一般的。photo: iStock

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イギリスBBCの記事は、ロシアのもっとも有名でシンボル的な伝統料理とするロシア外務省のツイートを引用し「おそらく一般的にはボルシチをロシア料理とメディアが紹介することに違和感はないだろう。しかしそれはウクライナ人にとって聞き捨てならないことだ。なぜならウクライナの人は自国の料理だと思っているから」としている。

続いて政治経済アナリストやシェフらに話を聞き「ボルシチは間違いなくウクライナ発祥」「ロシアによる食文化の盗用」「ロシアが自国のスープと主張するのは、占領の歴史によってたどり着いた結果」などとする声を紹介している。

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ニューヨークの老舗ウクライナ料理店からレポート。


「なぜウクライナのボルシチがロシア料理と言われるようになったかについて、(前述の)BBCの記事を読むといいよ」と紹介してくれたのが、冒頭のエレーナだ。

先日、筆者は彼女とともにニューヨークでもっとも有名なウクライナ料理店ヴェセルカを訪ねた。ニューヨーカーなら一度は足を運んだことがあると言っても過言ではないほどの有名店で、ロシアによる侵攻が激化して以来ウクライナを支援しようとローカルたちが列を成し、CBSニュースのクルーやネットフリックスのドキュメンタリー班など取材陣も多く見かけるようになった。

この店で看板メニューのボルシチを注文した。

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創業68年の老舗ウクライナ料理店ヴェルセカ。1954年からウクライナのソウルフードを提供する。

おしゃべりをしていると、注文したボルシチがテーブルへ。真っ赤な色が食欲をそそる。

ひと口含む。やや酸味がある優しい味で身体を温めてくれる。エレーナは「こうやって混ぜるのよ」と見せながら、サワークリームをスプーンで豪快にすくい入れ、まるでカレーのルウを溶かすようにサワサワと慣れた手つきで混ぜていく。そして口に含む。「うん、おいしい」。彼女に笑顔があふれた。

「ここはビーツの味が特徴的ね。家庭によって味が微妙に異なっていて、我が家はもっとトマト風味なのよ」とエレーナ。彼女の家庭では、トマトやポテト、ニンニク、ディルなども入れるそうだ。家庭によって味が違うというのも、やはり日本人にとってのカレーライスのようなものなのかもしれない。いずれにせよ、彼女にとっての「ソウルフード」には変わりなさそう。

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ヴェルセカのボルシチ。

「ウクライナやロシアでは、ボルシチのようなスープ料理をランチタイムに食べるのが一般的なの。私の祖父の味がとてもおいしかった。作り方はとても簡単だけど、大きな鍋いっぱいに煮込むから1週間分はあるのよ」。11歳と9歳の2児の母になったエレーナは、いまでも週一回はボルシチを大量につくりおきしているという。

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おいしいボルシチが急に廃棄されたようなもの。


15年前にIT系の仕事をする夫とともに「いろんなことが腐敗している」と感じたロシアからアメリカに移住した彼女は、父親(すでに他界)がウクライナ人、母親がロシア人のハーフだ。 いまも母親はロシアに住んでいる。「お母さんを呼び寄せたい?」と聞いたら「来て欲しい。けれども母は住み慣れた祖国を離れたがらない」。

ウクライナにはエレーナの友人家族が住む。ロシアによるウクライナ侵攻が激化していることについてどう捉えているのか、最後に聞いてみた。

「幼少期にテレビで観ていた元コメディアンの(ウォロディミル・)ゼレンスキーが、いまはとても勇敢な大統領だとわかった。ウクライナからモルドバに避難する友人家族は国境を超える時、(戦時下において)感覚が麻痺し怖いという感情が消え何も感じなくなったと話してくれた。経済的に成長段階だったのに、突然ロシアによって遮断されてしまった。このおいしいボルシチが急に廃棄されたようなものなの。プーチンはロシアの法律を変えメディアの言論統制を始めたし、今後何をするのか誰も読めない状態。彼は『ロシア民を守るために戦争を始めた』と言っているけれど、戦争によって訪れる平和なんていうものはあり得ない」

IMG_8036.jpgメドヴィック(Medovyk)はウクライナの代表的なハニーケーキ。エレーナは子どものころよく食べたという。甘すぎず素朴な味で、サワークリームとウォールナッツの食感がたまらない!

photography & text: Kasumi Abe

在ニューヨークジャーナリスト、編集者。日本の出版社で音楽誌面編集者、ガイドブック編集長を経て、2002年に活動拠点をニューヨークへ。07年より出版社に勤務し、14年に独立。雑誌やニュースサイトで、ライフスタイルや働き方、グルメ、文化、テック&スタートアップ、社会問題などの最新情報を発信。著書に『NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ 旅のヒントBOOK』(イカロス出版)がある。

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