最悪の事態に対し、第三次世界大戦を恐れるフランス人たち。

Society & Business 2022.03.24

ウクライナの紛争はフランス人の間でネガティブな感情や不安を煽り立てている。破滅的なシナリオに向けて心の準備をする市民さえいる。いくつかの証言をもとに解説する。

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数千キロ離れたウクライナでの紛争は、フランスで否定的な感情の洪水を引き起こしています。photography: Getty images

「最悪の事態はこれからです」。これは3月2日、マクロン大統領が国民に向けて語った演説の一部だ。この言葉を読んだフランス人女性、ソフィの心臓は一瞬止まりそうになった。「プーチンがフランスに戦争をふっかけてくる……。私はとっさにこう考えてしまいました。私の脳はそのまま暴走し、“警報! 警報! あの男は原爆を落とすつもり。世界はハチャメチャになる”と結論付けてしまいました」。27歳のソフィはこう語る。しかし恐怖を感じているのは彼女だけではない。Sud Radioの依頼で行われたIfop-FIducialの調査によると、92%のフランス人が現在ウクライナで起きている戦争、そしてロシア軍が侵略することについて大きな不安を抱いているそうだ。

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人間としての反射的反応

ポール・ヴァレリー・モンペリエ第3大学で社会心理学を教えるパトリック・ラトー教授によれば、これは異常な感情ではない。「私たち一人ひとりに集団的恐怖を感じる下地が備わっている」という。臨床心理学者であり心理療法医でもあるマリアンヌ・ケディアは以下のように説明する。「客観的に見て、私たちが感じる安全レベルに変化が起きています。“全く脅威がない”から“ある程度具体性を帯びた脅威がある”にレベルアップされたのです。当然それはストレスを生みますし、変化に適応するためにエネルギーも必要となります。でもこれは異常ではなく、人間として正常な反射的反応なのです」と安心材料も提供してくれる。

SNSでは“World War III”(第三次世界大戦の意味)というハッシュタグを通して多くの人がこの恐怖を語っている。SNSだけでなく、友人同士の会話や仕事場でもこのことが話題にのぼる。「同僚がこの戦争のことを気軽に話していたり、爆撃について冗談を言っていたりすると、私は笑えません」と40歳の管理職のジャンヌはこぼす。「自分は運命論者ではありませんが“もし私たちも戦争に巻き込まれてしまったら……”と考える自分がどこかにいます」

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「死の序列」効果

当然のことだがこの不安は現在ウクライナの人々が経験している恐怖の比ではない。しかし戦線から送られてくる映像は我々の心を激しく揺さぶる。「戦車や死人の手、もっとひどい写真が朝7時からニュースのタイムラインに流れてきます。これは自分が暮らす大陸で起きていると自覚した時、いまこの2022年にそれが起きているということに衝撃を受け、めまいさえしてしまいます」と33歳のクレールは胸の内を明かす。

悲劇的な出来事が起きている時、自分は家で安全に過ごせる状態にあっても、映像が与えるショックに無傷ではいられない。臨床心理学者のマリアンヌ・ケディアは2015年11月13日にパリでテロ事件が起きた際、メディア報道が与えたインパクトについて著書『Panser les attentats (テロ行為への手当)」(2)で書いた。「延々とループで流れる映像はとてもリアルでショッキングです。だからこそ観る側は引き付けられてしまうのです。情報を繰り返し再現することによって、メディアは鏡のような役目を果たしてしまいます。トラウマ的な出来事を経験している人と同様のショックを視聴者の脳に植え付けてしまうのです」

さらに言えば、起きていることが自分に近ければ近いほど「死の序列」効果が働く。メディア業界でよく言われることだが「10キロ離れた所での10人の死より、自宅から1キロの所で起きたひとりの死の方が心を揺さぶるのです」とケディアは説明する。テレビを見ているジャンヌもこう証言する。「戦争に出向くウクライナの人々は、手にカラシニコフ(ソ連製の自動小銃)こそ持っていますが、彼らは私たちによく似ていて、流行りのデニムとブーツを履いています」。3歳の女の子の母親である彼女は、戦争で離れ離れになった家族の姿に強く胸を打たれる。「娘がこんな暴力的な世界で生きていかなければならないことが耐えられないです」と訴える。

 

 

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人間は自分をよりよくコントロールするために予防する

この感情の波にどう対応したらいいのか。35歳のクララは万が一戦争の範囲が広がった場合のことをすでに想定し、避難計画を練っている。「愛国心について考えました。自分が守りたいのは家族? それとも祖国? 私は前者を選びました」。フランスとイタリアの両国籍を持つ彼女は、生まれ故郷に戻ることになるだろうと言う。「イタリアにいる方が身の安全を感じます。世界的に見てテロのリスクの数が少ない気がします。地元でシェルターを作っている企業が最近絶好調だそうです。でも私が避難するならイタリアの田舎にある家になるでしょう」と彼女は言う。

ソフィは原子爆弾が投下された場合の放射能汚染が心配だという。「安定ヨウ素剤のことを知ってすぐに薬局に相談しに行きました。ここの近辺には原子力発電所がないので、手に入れることができないと言われました。そして早く摂りすぎても健康に大きなリスクが及ぶ可能性があると」。それでも彼女はベルギーに住む友人から郵便で送ってもらうことにしたそうだ。

 

 

「人間は、自分の身にコントロール不可能なことが起きることを嫌います。偶然や制御不可能な状況に対して、無防備であることが耐えられないのです」と集団心理学者のパトリック・ラトーさんは分析する。「それに対抗するため、人間は行動します。ヨウ素剤や備蓄を増やすことで状況を先取りし、予防するのです」

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パンデミックに対する疲労感

それにしてもこの不安感はデジャヴのような感じがする。不快な感覚だ。「コロナがあり、次はウクライナ戦争。悪いニュースの連鎖から抜けられないような気がしています。私たちはいま、気楽な日々に別れを告げているのでしょうか」とジャンヌは明かした。「『のんき』という感情は絶滅危惧種になってしまいましたね」とクララは皮肉る。「今年の夏休みの計画など、短いスパンの未来さえ想像できなくなってしまいました」

ここ数年、心理カウンセラーに駆けつける人は非常に多い。「2年前から同業者は大忙しです」とマリアンヌ・ケディアは報告する。「私たちは我慢と辛抱を繰り返して、感情をコントロールしてきました。死別を経験した人もいます。誰もが精神的に疲れています。みんな落ち着いた日々を待ち望んでいたのに、この危機によってそれが更に先延ばしになってしまったのです」

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不確実さと生きるということ

しかし、この内なる大混乱に対して、専門家たちにはかすかな糸口が見えていると言う。「ポスト・コロナについてさまざまな議論がありました。たとえば対人関係に変化が起きるかなどです。結局、脅威が落ち着いてきたころに、少しずつ日常が戻ってきたことが確認できました」とパトリック・ラトーは指摘する。「この紛争が落ち着き、時間がたてば衝撃も和らぎます」とマリアンヌ・ケディアは断言する。

この状況を乗り越えるため、いくつかの方法がある。まずはメディアとの接触を制限すること。「1日に2回にとどめ、睡眠の障害にならないよう就寝前は見ないこと」と心理療法医である彼女は言う。何か行動を起こすことも解決につながる。たとえば支援団体に寄付するなどだ。「自分が信じている価値観について考える機会です」とマリアンヌ・ケディアはまとめる。「家族や近所の人などの他者とつながることや、今回の危機とは直接関係がない活動に参加することで安心感を得ることができます」。クララは娘たちとの日々のスキンシップから元気をもらっているそうだ。

(1)調査はフランスの人口を反映する18歳以上の1007人を対象に行われた。
(2)マリアンヌ・ケディア著「Panser les attentats (テロ行為への手当)」はéditions Robert Laffontより出版。16ユーロ。

text: Tiphaine Honnet (madame.lefigaro.fr), translation: Hideko Okazaki, Hana Okazaki

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