【イベントリポート】「乳がんと闘う、この言葉のない世界のために」
Society & Business 2022.04.04
ビジネスの力で日々の暮らしの課題解決を目指すコミュニティ、フィガロジャポンBisiness with Attitude(以下、BWA)事務局では、隔週火曜日の朝時間に、より良い日常をつくるため、さまざまな課題の解決に取り組む起業家や専門家の思いや活動を紹介するオンラインセミナーを開催しています。
3月8日の第2回定例セミナーでは、乳がんの早期発見が可能な画像診断装置「ココリー」を開発した株式会社リリーメドテック代表取締役CEOの東 志保さんをゲストに迎え、ご自身の取り組み、現状の乳がん検査の課題についてお話いただきました。以下、東さんのお話を抜粋してお届けします。
photography : Sodai Yokoyama
■痛くない、画期的な画像診断装置「ココリー」とは?
従来の乳がん検査で最も普及しているものとして、まず挙げられるのが、痛いことで知られるマンモグラフィー検査。乳房を押し潰した状態でX線を照射し撮影します。生体のX線の吸収係数は乳腺と脂肪では異なるので、その白黒の濃淡がついた画像をもとに、医師が読影し、診断します。
ただ、X線検査は、乳房のような軟部組織を画像診断するには課題があります。日本だと、乳房内の乳腺の割合が高いデンスブレスト(高濃度乳腺)の方が、40歳前後で8割、65歳未満だと6割程度いらっしゃると言われています。特に乳腺が発達した乳房だと、X線検査では乳腺もがんもどちらも白く写ってしまうので、がんの見落としが起こり得るといった問題が指摘されています。
そこで、デンスブレストでもがんの発見精度が落ちない超音波検査(エコー)を併用することになります。しかし、従来のエコー検査では、がんを発見できるかどうかは検査に当たる技師のスキル次第であり、乳腺を診るのが不得意な技師に当たってしまうと見落とされる可能性があります。
昨年5月から販売を開始した「ココリー」は、検査で痛みを伴わないことに加え、デンスブレストでもがんとの見分けができるように設計開発しました。また、検査の精度にばらつきが起こりにくいように設計しているので、どの病院で誰が検査しても、同じ結果が得られるようになっています。
リリーメドテックが開発した超音波画像診断装置「ココリー」。痛みがなく、快適に検査を受けられるのが特徴。photography : LilyMed Tech
ココリーはベッド型の装置で、中央に丸い穴が開いています。その中にリング型の超音波の送受信機を搭載しています。検査では、うつ伏せになって、37度前後、体温と同じくらいのお湯が張られた穴の中に、乳房を片側ずつ入れていただきます。すると、乳房を取り囲むようにリングが上から下降をしていき、3Dスキャンが行われます。所要時間は大きさにもよりますが、片側で3分前後。お湯に乳房を浸すので、ポカポカと温まって快適に検査ができるのも特徴のひとつです。
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■起業のきっかけは?
高校生のときに母親が生存率の低いがんを罹い、いろいろ治療を試したものの効果が得られず、1年半の闘病の末に亡くなってしまいました。それから医療とはまったく違う道に進んでいたのですが、弊社のCTO(最高技術責任者)である夫から、ココリーの技術シーズについて話を聞いたとき、がんの早期発見により、死亡率を低減させたり、QOLを向上させることに貢献できる可能性があることに非常に感銘を受け、これにかけようと決意し、起業するに至りました。
私自身も元々は理系の研究者で、航空宇宙工学の分野で、電磁気とかプラズマを研究していました。そこから医療超音波を扱う経営者になったわけですが、公式を使ってある程度はシミュレーションできる研究者とは違い、なかなか正解がない社長業は新鮮でした。
リリーメドテックには現在、20〜70代の社員が40名ほどいます。私よりも年上の方がほとんどで、男女比率は7対3。普通の会社だと50~60代の男性が社長のことが多いでしょうが、弊社の場合は、社員よりも私の方が若いので、同じようにやってもうまくいかない。そこで、リーダーシップを発揮するより、女性らしいマネジメントを心がけ、チーム作りにこだわるようにしました。各自自分でやり方を考えて、主体性を持ってもらう。私はひたすら裏方に徹するようにしています。
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■乳がんのない世界をつくるための課題は?
がんの早期発見に最も効果的なのは、自分で触って見つけるよりも早く、自覚症状のない段階で検査発見することです。自覚症状のない段階で発見される平均腫瘤サイズは、自己発見による平均腫瘤サイズより小さいため、自覚症状がない人ほど検診に行くべきなのは明確です。何かあってから検診に行くのではなく、継続的に検査することに意味があるので、検診自体のハードルを下げ、「これだったら検査してもいいな」と思っていただけるような機器を提供することもメーカーとしては非常に重要だと思っています。
マンモグラフィーが導入されたのが2000年。それ以降、新しい画像診断装置は登場してこなかった。つまり医療現場では20年間以上、マンモグラフィーだけがゴールドスタンダードの検査装置として使われている状態で、新しい装置の登場を想定していない。ですから、「ココリー」をいかに市場に認めてもらい、浸透させていくかが私たちの課題です。関東圏だと、ココリーをテスト導入いただいている病院がいまのところ1件。まだまだこれからといったところです。
乳がん検診の受診率は少しずつ上がり始めてはいるけれども、まだまだ不十分な状況です。そんな中、どうしたら早期発見、早期治療に貢献できるかと考えているリリーメドテックのヴィジョンに共感いただける医師の方々をうまく巻き込んで、日本だけではなく、世界全体の乳がん検査の精度向上や検診受診率の向上を目指し、ココリーを販売していきたいです。
【セミナーのアーカイブ動画はこちら】
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■Q&A
――リング型超音波の精度は?
X線の課題を克服するために採用しているので、能力自体はX線(マンモグラフィー検査)より高いと考えています。一般的な画像診断装置では、技師の撮影能力、読影する人の読影能力の掛け算で、両方がよくならないと精度が向上しない。「ココリー」の場合は、基本的に技師さんの撮影能力に依存しないというのがコンセプトですから、そこが問題にならないのは強みです。一方で、読影者の能力については、この装置で撮った症例というのがマンモグラフィーやエコーに比べたらまだまだ少ない。そのため、マンモグラフィー読影の熟練の方に、従来のエコー検査で行ってきたような診断を頭の中で再解釈しながら読影いただくか、当社で開発したAIに診断してもらうというようなアプローチをとっています。
――被ばくなどの副作用の心配は?
超音波で被ばくすることはありません。妊娠中の方でも受けていただけますが、うつ伏せの状態で撮るので、お腹が大きくなっているなら避けた方がいいです。妊娠が分かった直後、お腹が目立たないとき、出産後なら大丈夫です。授乳中の場合は、医療機関にご相談いただいてからの検査になります。
――「ココリー」で想定する、体質や年齢別で適切な乳がん検査や検診の頻度や内容は?
「ココリー」は、医療機器の認可を取得しており、超音波画像診断装置の機器として認可を取っています。世の中にある乳がん検査方法というのはマンモグラフィーとエコーの2種類で、「ココリー」はエコーの中に含まれます。一般論として、学会では40歳以上の方にマンモグラフィーを推奨しておりますが、先述のようにデンスブレストはマンモでは見つかりにくいです。一度マンモグラフィーを受けたら、デンスブレストかどうかは教えていただけるので、デンスブレストの場合はエコー検査を受ける方がいいでしょう。
頻度については、マンモグラフィーの場合、X線に被ばくし過ぎるのを防ぐ等の理由から、2年に1回が推奨されています。エコー検査については、明確に提示されておらず、個人的な見解になるのですが、デンスブレストと診断されたのであれば、2年に1回ないしは1年に1回は受けた方がいいと思います。
――「ココリー」は女性だから開発できた医療機器だと思いますが、東さんの今後の開発の予定の有無に関わらず、女性の視点でまだまだ開発余地がある医療機器や医療分野はありますか?
胃がん検査、バリウム検査、内視鏡検査、子宮頸がんの検査など、私自身も検診をいろいろと受けてみて、どうにかならないか?と思うものは、結構たくさんあります。これらの検査は、検査自体のハードルが高くなってしまうと見落とし以前の問題になってしまう。いますぐには難しいかもしれませんが、技術の進歩とともに、低侵襲で気軽に検査できるような装置を開発していく必要があると思います。
――日本と海外とで乳がん検査を取り巻く環境の違いを感じることは?
基本的に先進国の検診はある程度連携がとれていて、マンモグラフィーがゴールドスタンダードであるのは、世界共通です。一方で、マンモグラフィーにおけるデンスブレストの問題について、取り組みが進んでいるのは米国です。米国では2019年にマンモグラフィーの品質基準法が改正され、デンスブラストの女性に対して通知をしないことは女性の知る権利を侵害することになるとし、通知義務を課しました。これはかなり大きな変化です。その他の国については、マンモグラフィーの課題は認識しているもののそれをどう克服するかの手段が具体的になく、日本も含め対策がそこまで進んでいないのが現状です。
協力:株式会社Lily MedTech
https://www.lilymedtech.com/
text: ERI ARIMOTO