当たり前の豊かさを千年先へ。阿蘇・女性農家の挑戦。

Society & Business 2022.08.10

熊本地震からの復興を願い、今年も熊本県阿蘇市で「阿蘇フェスティバケーション」が開催されている。会場となっている阿蘇は、カルデラ地形の中で人々が生活を営む世界的にも珍しい場所。「来場したら、ぜひその特殊な環境に思いを馳せてみてほしい」と語るのは、阿蘇さとう農園の佐藤智香(さとう・ちか)だ。

_DSC0676.jpg 阿蘇さとう農園の佐藤智香(中央)。同世代のスタッフたちと事業を進めている。photography : Aso Sato Farm

農業や牧羊を通じて地元・阿蘇の風景を守りたいと活動する佐藤だが、一時は地元を離れたこともあり、「まさか自分が農業をするなんて思ってもなかった」と語る。そんな彼女のキャリアの転換点は? 改めて感じる地元の魅力は? 話を聞いた。

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■震災で感じた、食をつくる豊かさ。

1987年熊本県阿蘇生まれ。祖父母は阿蘇で農業をしていたが、「農業は長男や男性がやるものだ」と自分に選択肢はないと思っていたという。熊本市内の高校を卒業した後は、大阪の専門学校に進学。そのまま大阪で就職し、車の設計に携わった。

転機は2011年3月の東日本大震災。直接被害に遭ったわけではないが、コンビニから食料品がなくなる光景を見て衝撃を受けた。「実家は水も湧いていたし、ご飯時には畑に作物を取りに行って、それでご飯を作るというのが当たり前の感覚でした。けれども震災でお店から食べ物が全部無くなってしまう状況を見て、私の実家は食べ物を生み出していたんだな、と。改めて地元の豊かさを感じました」(佐藤、以下同)

そして震災後の報道で、女性だけで農業に取り組む人々が山形県にいることを知り、「女性でも農業ができるのか」と、夏休みを使って現地に赴いた。女性である自分も農業ができると知った矢先、九州北部豪雨が発生し、地元の阿蘇地域も水害に遭った。「やっぱり地元に帰って、その場で地元を盛り上げていきたい」と思った佐藤は、阿蘇に戻ることを決意。その後、地元で1年間の農業研修を経て、2014年4月、祖父母の農地を引き継いで、阿蘇さとう農園をスタートさせた。

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■“当たり前”を、価値あるものに。

2014年は、全国で“6次産業化”に取り組む農山漁村地域が話題になり始めた頃。佐藤も最初は、阿蘇の伝統野菜の阿蘇高菜を栽培し、手作り、無添加でピクルスや味噌漬けに加工してマルシェや直売所に出荷しようとするが、すぐに課題にぶち当たる。

「いまでこそ無添加や容器保存料を使っていないことが価値として受け入れられるようになりましたが、逆に阿蘇では昔からそれが“当たり前”。直売所には、地元のおばちゃんたちが本業の傍ら作った無添加でおいしいお漬物がとても安値で売られていて、同じことをして収益を上げるのが難しいことに気付きました」

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阿蘇高菜の新芽の収穫はすべて手作業で行われるという。photography : Aso Sato Farm

一方で、この“当たり前”に違和感を感じる。「阿蘇高菜は、全国で一般的に売られている高菜漬けに使われている高菜とはまったく違うもの。阿蘇高菜は新芽をお漬物にするんですが、収穫時期が限られていて、摘み時は3日前までわからないというほど予測不能。収穫はすべて手摘みで、時期を逃すとすぐに硬くなってしまう。手間の割に採算が合わないと、作付けをやめてしまう人も多いんです」

手間をかけて育てて漬物にしても、普通の高菜漬けとの違いが発信されず、適正な価格で販売されない。そのため、特産品にも関わらず地元の人がどんどん栽培をやめていってしまう……。これでは伝統野菜を育てる人がいなくなってしまうと危機感を覚えた佐藤は、阿蘇高菜を育て続けていってもらうため、硬くなってしまった高菜を買い取って、何かに活用できないかと考えを巡らせる。試行錯誤の末、2016年、阿蘇の高菜の種を使ったマスタード「阿蘇タカナード」を開発。直売所や空港などでお土産として販売し始めた。

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阿蘇高菜の種を使って作ったタカナード。道の駅や地元空港などでお土産として販売されているほか、阿蘇さとう農園のウェブサイトでも購入できる。photography : Aso Sato Farm

阿蘇高菜の種はもちろん、使用する材料はすべて地元産。製造に手間はかかるが、そのおいしさは県外でも話題に。タカナードを通して、阿蘇高菜に興味を持ってくれる人が少しずつ増えていった。

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■野焼きでつくられる阿蘇の草原を、より良い形で次世代に。

2年ほど前から始めた牧羊事業も、地元では“当たり前”のことを、よりよい形で次世代に残していきたいという思いから始まった。

「私たちが住んでいる阿蘇の特徴的な草原は、樹木が生えないように毎年地元の人たちが野焼きをして維持しています。昔は各家庭に牛や馬がいて、飼料の元になる草が必要だったからこの作業をみんなでやるのが当たり前だったけれど、いまは放牧している家はほとんどなく、ただ、景観を守るためだけに命の危険を冒して作業しています」

P3216656.JPG 樹木を生やさず草原を維持するために、毎年地元住民が協力して行うという「野焼き」。このお陰で草原が保たれ、地下水涵養が行われるというが、気をつけていても事故が発生することも少なくないという。 photography : Aso Sato Farm 

地元にとっては当たり前の風習として根付いた“野焼き”だが、危険を伴うことも少なくない。参加することで恩恵を感じることができないと、いつか野焼きをする人がいなくなり、草原が広がる阿蘇の美しい景観を維持することが難しくなる。「だったら、草を生やすことが収入に繋がる、野焼きをすることで恩恵があると感じてもらえるような仕組みを作ろう」と思い至る。

昔のように赤牛を放牧することも考えたが、赤牛は放牧すると痩せてしまい価値が下がってしまうという。それならば、と市場がまだ開拓されていない牧羊をスタートさせた。羊肉を阿蘇の新しい特産として売り出すことで、羊の飼料となる草を野焼きをして育てることに改めて価値を感じてもらおうという狙いだ。

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現在約3haの草原に、50頭の羊が放牧されているという。「毎年毛を刈らないといけないので、その毛を加工して洋服を作ってみよう、など夢はたくさんあります。実現にはハードルも多いけれど、いまひとつずつ解消しているところです」と佐藤は微笑む。photography : Aso Sato Farm

いま阿蘇で牧羊しているのは農家や観光牧場のみだが、将来的には「農家さんだけじゃなくて、すべての家に2、3頭といるようなところを目指していきたい」と佐藤。「草原と関わることで、地域のみんなが少しでも収入を得て、いい思いをする。そしていい思いをしながら、地域を維持するためにみんなで関わる、そういう仕組みを私たちで仕掛けていきたい」と先を見据える。

 

 

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■千年先に阿蘇の営みを伝えていくための挑戦を。

「日々の営みが、千年先の阿蘇で生きていますように」——。阿蘇さとう農園のウェブサイトを訪ねると、雄大な阿蘇の風景の写真とともに、このメッセージが表れる。これまで千年間、地元住民が野焼きをして維持してきたという阿蘇の大草原を、次の千年も残していきたいという佐藤の思いが込められている。

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阿蘇さとう農園のウェブサイト。タカナードや牧羊、今後の展望などが写真やイラストとともにかわいらしく紹介されている。*阿蘇さとう農園ウェブサイトのスクリーンショット

「そのためにも、地域資源をちゃんと生かして、少しでもお金に変えていくというチャレンジをずっと続けていきたい。せっかく阿蘇に住んでいるなら、地域に貢献しながら、地域の恩恵を受けるような仕組みを作っていきたい。そして、周りの人も巻き込みながら、自分が地域の一部という感覚を持てるような活動をみんなと一緒にしていきたい、と思っています」

そんな佐藤がいま改めて感じる、地元・阿蘇の魅力は?

「やっぱり私も草原が大好き。車で少し走れば、草原の中をずっと駆け抜けられるような道があったりするんです。草原の中を車で走っていると、すごく広々として本当に気持ちいい。昨年には熊本地震で崩落した橋の架け替えも終わり、熊本市内からのアクセスも格段に良くなったので、またたくさんの方に阿蘇に遊びに来てほしいです」

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阿蘇の美しい草原を感じられる阿蘇パノラマライン。photography : Aso City

世界自然遺産登録を目指す美しい阿蘇の景観と、それを築いてきた人々の暮らしをよりよい形にして次世代に繋いでいく——阿蘇の伸びやかな自然を守るため、新しいチャレンジを続ける佐藤は、穏やかに、そして着実にその歩みを進めている。

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■取材協力
阿蘇さとう農園
http://www.aso-satofarm.com/

阿蘇の自然を体感できる「阿蘇フェスティバケーション」開催中!
>>「阿蘇フェスティバケーション/阿蘇スカイレストラン」madameFigaro.jpの詳細ページへ

日時:〜2022年8月14日(日)
*阿蘇スカイレストランは、
8月11日(木)、13日(土)、14日(日)の11:30〜17:00開催。
場所:瀬の本高原リゾート特設会場
阿蘇フェスティバケーション
https://asofesti-vacation.com/

text : Toshiko Fujimoto

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