女らしさを嫌った女性が、デリケートブランドを立ち上げた理由。
Society & Business 2022.09.02
近年、日本で急成長を遂げているフェムケア&フェムテック市場。数々のベンチャー企業が生まれている中、人口わずか8000人あまりの高齢化が進む小さな町で、デリケートゾーンケア製品の開発と農業課題に取り組む一風変わった会社がある。福島県国見町に本社を置く株式会社陽と人(ひとびと)だ。
2017年に同社を立ち上げたのは小林味愛(こばやし・みあい)さん。もともとは国家公務員として国の中枢で働き、“女性らしい働き方”とは程遠いキャリアをひた走ってきたという彼女が、なぜ地方を拠点に女性の健康課題に取り組む会社を立ち上げるに至ったのか。話を聞いた。
小林味愛(こばやし・みあい):1987年、東京都生まれ。2010年慶應義塾大学法学部を卒業後、国家公務員として衆議院調査局に入局。その後、経済産業省、株式会社日本総合研究所で地方創生に携わり、2017年、福島県国見町で農業課題と女性の健康課題に取り組む株式会社陽と人を起業。2020年には国見町の柿の皮を使ったデリケートゾーンケアブランド「明日 わたしは柿の木にのぼる」をローンチ。女性の健康課題や地方の農業課題に対するコンサルティング業務も行う。現在、東京都と福島県国見町の2拠点生活を実践し、2児の子育て中。 photography : Courtesy of Miai Kobayashi
■「社会の役に立ちたい」という思いの先に見えたもの。
国家公務員だった父と社会活動に積極的に参加する母のもとに生まれ、幼い頃から漠然と「社会の役に立ちたい」と考えていたという小林さん。大学卒業後は国家公務員として国のために働きたい、と衆議院調査局に入局。国会議員の立法活動を支えるための調査・資料作成業務などにあたった。入局3年目には産業組織課の係長として経済産業省に出向、M&Aや企業法の整備などを担当する。連日深夜に及ぶ激務をこなし、土日も返上で働いた。
一方で、不規則な生活に身体は悲鳴をあげていた。生理不順などにも悩まされたが、「弱みを見せたら負け」と、職場にバレないよう隠れて通院した。25歳で同期の男性と結婚したものの、「子どもを持つと自分の仕事ややりたいことができなくなる」と、その後も仕事に奔走した。
公務員時代の小林さん。連日深夜に及ぶ仕事をこなし、土日も返上で働いていたという。 photography : Courtesy of Miai Kobayashi
「私が入局した2010年ごろから“女性活躍”という言葉が出てきたけれど、私自身は“女性だから”という言葉が本当に嫌いで、なんなら自分は男ですよ!と、他の人に負けないようにと働いていました。一方で、頑張って働いていると、女性活躍のモデルのように扱われる。当時、周囲には笑って『ありがとうございます』と応えていたけれど、20代半ばになってからは“この働き方をずっとは続けられない”と感じていました。こんな自分の働き方を女性活躍というのであれば本当にいびつな社会だ、という思いは心のどこかにずっとありました」(小林さん、以下同)
その後は地方創生の先駆けとなるローカル経済圏の担当となり、地域経済を考える日々。自分が生まれ育った東京から離れ、初めて地方に触れた小林さんの中に新たな葛藤が生まれる。
「私は東京生まれ東京育ちなので、地域のために一生懸仕事をしようとしても、具体的な現場が思い浮かばなかったんです。その時に初めて、いままですごく頑張って働いてきたけれど、私がやってきたことは社会のためではなく、組織の中で認められたり、出世したりしたいという自分中心の考え方のためだったんだと気付いたんです」
社会の役に立ちたい――自分がずっと持ってきた価値観と働き方にずれが生じていることに気付いた小林さんは、その後、現場の経験を増やしたいと日本総合研究所に転職。地方創生のコンサルタントとして、北は北海道から南は九州まで全国の自治体を訪れた。その中のひとつが、福島県国見町だった。
---fadeinpager---
■国見町で気付いた“働くこと”の多様性。
福島県国見町は宮城県の県境に位置する人口約8200人の小さな町。主要産業は農業で、水稲栽培や桃、柿などの果樹栽培が盛んだが、他の地方と同じく、少子高齢化が深刻な地域だ。コンサルタントとしてそんな地方課題を解決しようと、何度も現地に足を運び、地元との関係を地道に築いた小林さんだが、関係を深めれば深めるほど、自分と現地の価値観の違いに驚かされたという。
宮城県との県境にある福島県国見町は、稲作と果樹栽培が盛んなところで、特に桃やあんぽ柿が有名だという。photography : Courtesy of Miai Kobayashi
特に目から鱗が落ちた、と小林さんが語るのが、働くことについての考え方だ。
「当時の私は30代に差し掛かるころ。ある時農家さんとの雑談中に『子どもはいるの?』と尋ねられたので、『子どもはいないし、そもそも欲しいとも思ったことがない』と答えたんです。東京で子育てをしてきた自分の両親や周りの先輩を見ていると、働きながら子どもを産んで育てるとなると仕事をやめるか、ポジションの低い道を選ぶことが多かった。子どもの学校や塾、遊ぶためのお金も準備しないといけない。外出先で子どもが騒いでいると親が申し訳なさそうな顔をしている。だから子育てって大変、というイメージしかなかった。でも、そんな私の話を聞いて、びっくりした農家さんから『何のために働いてるの?』と尋ねられたんです。その時に、この人たちは“家族のために働く”という選択肢を持っているんだと気が付いて、逆にびっくりしたんです」
受験をして大学に行き、大企業に入って、多少無理をしてでも戦い抜き、定年まで頑張って働き続けることこそ社会に貢献することだと思っていた小林さんにとっては、“家族のために働く”という価値観があることは衝撃だった。そして、自分の心に鎧をつけて働いていた自分が何だか滑稽に思えたという。
「“多様性”というのを言葉としては理解していたんですが、その時に初めてリアルに、価値観や働き方が人それぞれであることを体感したんです。と同時に、自分がいかに凝り固まった価値観にとらわれて生きてきたか、ということに気付かされた。それまでは会社のために働くことばかりを考えていたけれど、国見町の人たちと出会い、自分はどう生きたいのかを考えるきっかけをもらいました」
国見町の農家の人々と丁寧に関係を築いている小林さん。国見町の魅力を尋ねると、「私に足りないところ全部持っているところ」という答えが返ってきた。photography : Courtesy of Miai Kobayashi
会社のために働くことだけが唯一ではない。それならば、自分に新たな価値観を気付かせてくれた地域の人の目に見える形で、改めて社会に役に立つ仕事がしたい。一度きりの人生、最後の最後まで責任を持って、自分のできることを地道にやる仕事をしたい――そう思い、2017年会社を退職。福島県国見町を拠点とし、陽と人を起業した。
---fadeinpager---
■働く女性にこそ、デリケートゾーンケアの習慣を。
陽と人が主に取り組む課題はふたつ。ひとつは、国見町の農業課題だ。国見町は豊かな農作物に恵まれているが、栽培・加工にかかる手間の割には収益が少ない。農家の収益を少しでも上げようと、陽と人はまず国見町の特産品の中でも有名な桃に着目。規格外品としてこれまで廃棄されてきたものを契約農家から毎日全量買取し、都市部にその日のうちに届き、翌日には販売できるよう物流を作って販売している。
左:国見町に広がる桃畑。春になるとピンクの花で満開になる。photography : Courtesy of Miai Kobayashi 右:形が悪かったり傷がついたりした規格外の桃を全量契約農家から買い取り、東京都内各所で販売している。photography : Naoko Hattori
さらに、同じく町の特産品でありながら、安価で取引されてきた「あんぽ柿」を作る農家の所得を上げたいと、あんぽ柿を作る際に出る柿の皮を使ったデリケートケア製品を3年間の研究を経て開発。そうして2020年に生まれたのが、デリケートゾーンブランドの「明日 わたしは柿の木にのぼる」だ。
この一風変わったブランド名には、小林さんの経験と思いが詰まっている。
「“わたしはのぼる”と言い切ることで、女性が自分自身で人生を作っていく、という意志を込めています。“明日”というワードは、私がサラリーマン時代に言われたかった言葉。誰にも負けないようにいつも気を張って働いていた当時の自分は、『明日でも大丈夫だよ』という一言があったら、どんなに救われただろうと思う。だから、毎日忙しくて自分のことを後回しにしてしまう方たちに向けて、『明日でも大丈夫だよ』ということを伝えたくてこのブランド名をつけました」
サラサラとしたテクスチャーで毎日でも使いやすいフェミニンオイルをはじめ、デリケートゾーン用のソープや化粧水などを展開している「明日 わたしは柿の木にのぼる」。ブランド名に入っている半角アキには、余裕・ゆとりなど息継ぎをするという意味が込められているという。photography : Courtesy of Miai Kobayashi
このケア製品を皮切りに、自らも20代から悩んできた女性の健康課題の解決に積極的に取り組み始めた。2022年には、働く女性に向けた小冊子『働く女性の心と身体FACTBOOK~未来のわたしに、今の私ができること』を産婦人科医監修のもと作成。働く女性にこそデリケートゾーンケアの大切さを知ってほしいと、各所で冊子を無料配布をしたり、自ら赴いてセミナーを行ったりしている。
photography : Courtesy of Miai Kobayashi
「フェムケアグッズやフェムケアに関する情報は増えてきているけれど、まだまだ知らない方のほうが多い。それは、私たちが学校教育でも教わってこなかったから当然です。でも、デリケートゾーンは生活習慣やストレス、体調の変化などが一番出やすいところ。デリケートゾーンを健康のバロメーターにすることで、女性がもっと健康に、自分らしく生きられたり、働けたりすると思うんです。だからこそ、私たちは働く女性に向けてのケアを浸透させていきたいと思っています」
---fadeinpager---
■すべての選択が正解であっていい。
地域の農業課題、女性の健康課題。一見まったく違うふたつの課題に対し、「人を大切にし、繋がりを大切にする」という信念のもとに同時に取り組んでいる小林さん。
「商品が売れれば売れるほど会社が良くなるのではなく、会社に関わってくれている農家さんたちに還元されるようにしなければ、私たちの存在意義はないと考えています。だからこそ、自社の利益だけになるとか農家さんに還元されないこと、嘘をついたり騙したりすることは絶対にしたくない」
そう力強く語る彼女のアールドゥヴィーヴル(暮らしの美学)を最後に尋ねてみると、数々の経験を積み重ね、価値観の多様性に触れてきた彼女らしい答えが返ってきた。
「日本には“暗黙の了解”が多くて、特に組織に属して働いていると、“こうあるべき”という論調がまだまだ残っているように感じます。もちろん、そのべき論に従ったほうが生きやすければそれも正解だけれど、一方でそれに自分を当てはめるのがつらいと思ったり、違和感を感じたりして他の選択肢を選ぶならそれも正解。すべての選択が正解として尊重されるような社会になってほしい。
そのためにも、自分が感じる楽しさだったり、ちょっとした違和感だったりを感じ取る“心”を持っていることが大事だと思っています。私は昔一般論を自分の意見として言うことが正解だと思っていたのですが、いまは自分の心のざわざわやワクワクを消さないで生きることを大切にしています。そして、そんな自分の選択も他者の選択も尊重できるような生き方、働き方が、結果として社会をより良くしていくことに繋がると信じています」
以前は子どもはいらない、と考えたという小林さんだが、国見町の人に出会ってからパートナーとも子どもについて話し合えるようになったという。今年2人目を出産し、東京と国見町との2拠点で生活している。photography : Courtesy of Miai Kobayashi
さまざまな人が暮らす社会のために働き、同時に自分自身の心身も大切に育む——。こうした小林さんの姿は、新しい時代により美しく豊かに働くためのヒントを与えてくれる。
text : Toshiko Fujimoto