イギリスの新首相リシ・スナクの"富豪妻"、アクシャタ・マーシーとは?

Society & Business 2022.10.25

インドの富豪の娘、アクシャタ・マーシーを批判する声はあるものの、彼女はイギリス新首相となった夫、リシ・スナクを力強く支え続ける。

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クリケットの試合のスタンドにて、リシ・スナクと妻のアクシャタ・マーシー。(ロンドン、2021年8月12日) photography: Abaca

2022年7月9日、ケンジントンの家に住むアクシャに近づいていくと、熱い紅茶を振る舞ってくれた。当時、夫のリシ・スナクはイギリス首相の座を目指して保守党の党首選挙に立候補したばかりだった。対立候補は......リズ・トラス。そして今週の月曜日、首相の座を辞任したリズ・トラスの後任としてリシ・スナクは保守党の新党首に選出され、新首相に就任することになった。

アクシャタ・マーシーがお茶を振る舞う姿は2018年、海水パンツ姿のボリス・ジョンソンが、オックスフォードシャーの自宅前でお盆を手に、突然姿を現した時のことをほうふつとさせる。その時、ぼさぼさ髪の前ロンドン市長は、取材陣に紅茶を振る舞うという突飛な行動に出た。ブルカを着用したイスラム教徒の女性を郵便ボックスにたとえて物議をかもしたボリス・ジョンソンによる、イメージ回復のためのちょっとした気配りだった。この光景はSNSでバズり、政治家の好感度は急速に回復した。アクシャタ・マーシーもそのような起死回生の効果を願っていたのかもしれない。

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その数カ月前、アクシャタ・マーシーはイギリスのタブロイド紙を賑わし、夫だけでなく当時の首相、ボリス・ジョンソンこと愛称「ボジョ」も困惑させた。彼女に向けられた非難は、何百万ポンドも節税したということだった。英国では「非居住者」に対し、海外所得の配当金の納税を免除する優遇措置が認められている。アクシャタ・マーシーはロンドンに9年間住んでいたものの、この優遇措置を受けていた。

ガーディアン紙は、インド出身の富豪であるアクシャタ・マーシーが2015年以降、父親が共同創業したインドIT企業、インフォシスから5450万ポンドの配当金を受け取っていると報じた。非居住者であることは合法的であっても、これによりイギリスへの納税を2000万ポンド、軽減させたことになる。「妻はインドで生まれ、インドで育ちました」とリシ・スナクは今年の4月、妻をかばった。「私と結婚したからといって、妻に母国との関係を断ち切れというのは、合理的でもフェアでもありません」という弁明には残念ながら誰も納得しなかった。「インデペンデント」紙は同じ頃、リシ・スナクがタックスヘイブンである英領ヴァージン諸島とケイマン諸島の信託の受益者に名を連ねていることを明らかにし、追い討ちをかけた。

騒動のさなかの4月8日、アクシャタ・マーシーは突然、声明を発表し、今後は「税の減免措置を求め」ないこと、「全世界の所得」について英国で税金を支払うことを確約した。そして「法規で強制されていなくても、自分がそうしたいからやります」と言い切った。とはいえ、愛しい夫のイメージダウンは免れなかった。

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ビリオンダラー・ベイビー

夫がリズ・トラスの後任となり、アクシャタ・マーシーはおおわらわだ。イギリスで彼女は現実からかけ離れた存在とみなされている。なにしろロンドンのケンジントンに推定700万ポンドの5LDKの家、イングランド北部のヨークシャーにジョージアン様式の邸宅、ウェストロンドンのオールド・ブロンプトン・ロードにフラット、さらにカリフォルニア州サンタモニカのビーチに推定550万ポンドのペントハウスを所有しており、夫妻の暮らしぶりは万人受けするものではない。

アクシャタ・マーシーの財産は、主にインド第6位の富豪の父親、ナラヤナ・マーシーから受け継いだものだ。42歳の娘は父親の会社、インフォシス(現在の評価額は推定1000億ドル)の株を約10億ドル相当分、保有している。イギリスの「サンデー・タイムズ」紙によると、これは国王チャールズ3世の約3億5千万ポンドを上回る資産だそうだ。

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(ほとんど)普通の子ども時代

しかしながら、アクシャタ・マーシーの子ども時代は富豪の娘らしからぬものだった。1980年4月に誕生してわずか数カ月で父方の祖父母のもとに預けられる。彼女の両親は、立身出世を夢見てムンバイに引っ越したばかりだった。「(ゴア近くの市の)フブリで君が生まれて2ヶ月後、ムンバイに連れてきました。ですが育児と仕事の両立が難しいことがすぐにわかったのです。なので、君は人生最初の数年間を君の祖父母と過ごしてもらうということになりました」と父、ナラヤナ・マーシーはのちに娘に宛てた書簡にしたためている。この書簡はのちに『Legacy; Letters from eminent parents to their daughter(原題:レガシー、原題:著名な両親たちから娘へ宛てた書簡)』(2013年刊の書籍で、インドの著名人たちが家族に宛てた手紙を公開したもの)に載った。

若いコンピュータープログラマーであった彼女の父親は、IT企業の「インフォシス」を立ち上げ、やがて同社のおかげで富豪となる。彼女の母親のスダ・マーシー(現在は慈善活動家として有名)は、自動車メーカーのタタ・モーターズで初の女性エンジニアだった。若い両親にとって娘と離れて暮らすのはつらいことだった。のちにナラヤナ・マーシーはこんなふうに語っている。「毎週末、飛行機でベルガウムの空港まで飛び、そこからレンタカーでハブリまで行きました。費用はとてもかかりましたが、君と会わずにいられなかった」

やがてアクシャタは、弟のローハンとともにムンバイの両親のもとへ戻る。母親はしつけに厳しく、テレビを見ることは禁止、学校へは他のクラスメートと同じように人力車で通わせた。お抱えの運転手なんてもってのほかだった。家では読書や勉強に励み、歴史や物理、数学について家族で語りあった。

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大学生になった少女は祖国から遠く離れた地へ飛び立った。カリフォルニア州のクレアモント・マッケナ大学で経済学とフランス語を学び、ロサンゼルスのファッション専門大学、FIDM(ファッション・インスティテュート・オブ・デザイン・アンド・マーチャンダイジング)を経て、スタンフォード大学で学ぶようになった。この名門大学で彼女はリシ・スナクという、インド系イギリス人の奨学生と出会う。ふたりは恋に落ちた。

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リシ・スナクとアクシャタ・マーシー。大英博物館にて、ブリティッシュ・アジアン・トラストのイベントに出席。(ロンドン、2022年2月9日) photography: Getty Images

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華燭の典

アクシャタの両親はカースト制が残るインド社会の価値観とは異なる考えの持ち主であったため、娘がイギリス南部の都市、サウサンプトンに住む医師の息子、つまりは自分達よりも下層階級の男性と結婚することに同意した。両親も長い道のりを乗り越えてきたのだ。ナラヤナ・マーシーは、娘に手紙で承諾を与え、「少し悲しいし、妬ましく思う」けれど、リシ・スナクが「君が言った通り、優秀でハンサム、そして何より正直」であること認める。2009年、インド南部のベンガルールで結婚式が行われた。式典には、政治家、会社の経営者、クリケット選手など、1,000人ほどの招待客が出席した。

並行してアクシャタ・マーシーは2007年、サンフランシスコにあるオランダのクリーンテック・ファンドにマーケティング・ディレクターとして入社した。アクシャタはほどなくこの職を辞し、自分のファッションブランド「アクシャタ・デザインズ」を立ち上げる。「幼い頃から洋服が好きでした。母は私がたんすの前で、いつまでも服をコーディネートしていることにいつも困惑していました」と2011年、アクシャタはインド版「ヴォーグ」誌に語っている。残念ながら同社は3年でつぶれてしまった。

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ダウニング街のパワーカップル

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娘のクリシュナとアヌーシュカ、妻のアクシャタ・マーシーと党首選の選挙活動をするリシ・スナク。(グランサム、2022年7月23日) photography: Abaca

一方、リシは着実に出世街道を歩んでいった。比較的貧しい家の出身で、若い頃はウェイターとして働いていたことがあることを好んで話すものの、イギリスの政治やメディアのエリート層に溶け込み、ゴールドマン・サックスで投資銀行家としてのキャリアをスタートさせた。2015年に下院議員に選出され、その後コロナ禍において財務大臣に就任する。経済を維持するために公的資金の投入も辞さず、この「何でもやる」姿勢が人気を呼んだ。一時はボリス・ジョンソンの後継者として期待されたが、イギリス人の購買力の低下に伴い、人気も下降する。しかし、夫を信じるアクシャタは支え続けた。7月上旬にジョンソン首相が辞任を発表した後、アクシャタは夫と選挙活動をおこない、普段はメディアから遠ざけているふたりの娘、クリシュナとアヌーシュカ(年齢不明)もひっぱりだした。そしてついに努力が実った。数日前から噂されていたものの、10月24日、リシ・スナクは保守党から正式に指名され、首相になることが決まった。非白人として初めて英国を率いることになる。彼の妻もダウニング街10番地の首相官邸に住むことになるだろう。それにしてもアクシャタ・マーシーは、ボリス・ジョンソンの妻、キャリー・シモンズのようにでしゃばるのだろうか、それともサマンサ・キャメロンのように控えめなのだろうか?

text: Ségolène Forgar (madame.lefigaro.fr)

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