2022年の言葉にも選ばれた「ゴブリン・モード」とは?

Society & Business 2023.02.03

SNSで普及し、「2022年の言葉」に選ばれた「ゴブリン・モード」。スウェットのまま、ポテトチップスの袋を抱え、ぐずぐず言いながら暮らす——そんなあらゆるこだわりから解放された生活態度を指している。しかも世間の目は一切気にしない。この新語を解き明かしてみよう。

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ゴブリン・モードとは、スウェットのまま、ジャンクフードを貪り、ぐずぐず言いながら暮らす。そんなあらゆるこだわりから解放された生活態度を指す。Getty Images

一日中、あるいは週末の間中、ベッドでテレビのクリスマス特番を見ながら過ごす。片目はテレビ、もう片方はスマホートフォンの画面に。なんだかデジャヴな光景だ。そしてさらに、数週間洗濯していないシミのついたパジャマのまま、クアトロフォルマッジ・ピザを貪る。部屋にはこもった匂い……。要するに、衛生観念の疑わしい生活と社会的孤立をミックスすれば、ゴブリン・モードの出来上がり! TikTokやツイッターで広まったこの生活モードが、12月初頭、お堅いオックスフォード英語辞典の「2022年の言葉」に選ばれた。この賞は過去1年間の「倫理、気分あるいは関心事を反映する」ことを使命としたものだ。

辞書の定義から判断すると、その要因は最近の時勢にありそうだ。ゴブリン・モードとは「一般的に、規範や社会からの期待を拒絶する形で、誰はばかることなく自堕落で、怠惰で、だらしない振舞いをし、あるいは大食に耽る行動」を指している。これは果たして、助けを求める声なのか、それとも(非常に)受け身な反抗行動なのだろうか?

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醜さを讃える。

「ゴブリン・モード」という言葉の正確な起源は不明だ。オックスフォード英語辞典によると、この言葉がツイッターに登場したのは2009年。ある女性ユーザーが投稿の中で、女友だちが「昨夜、ゴブリン・モード超全開」だったと語り、「キャンディをまるまる一袋食べまくり、それからレッドブルを2、3本」という勢いだったとコメントしている。

その後、2022年2月に、ある風刺的なフェイクニュースがきっかけで、この言葉がネット上で拡散した。発端となったフェイクニュースとは、ラッパーのカニエ・ウェストと当時のパートナーである女優のジュリア・フォックスが破局した理由について、カニエは彼女が「ゴブリン・モードで過ごす」のが気に入らなかったからだと主張するものだった。

 

 

フランス国立科学研究センターに所属する心理学者で精神分析家でもあるナターシャ・ヴェリュによると、この言葉が普及したのは、J・R・R・トールキンやハリー・ポッターシリーズの世界のような、 Y世代やZ世代が熟知するポップカルチャーのコードが参照されているからだという。「ゴブリンのイメージとともに、美しさから、醜さ、小ささ、意地悪へと関心の向きが変わった。あらゆる身体の価値を認めると同時に、広告宣伝や社会自体の表向きの顔、つまり私たちが意に反して毎日身につけているものを剥がすことを受け入れるという発想です」と専門家は指摘する。

ツイッターやTikTokでは、ハッシュタグ#goblinmodeの閲覧数がのべ2080万回に上り、自称ゴブリンたちがなりふり構わず踊りまくる動画をはじめ、ジャンクフードを大量摂取する姿や、リモートワーク中のあまりにラフな服装や、あるいは日曜日にだらだら過ごす様子を撮影した映像が投稿されている。「ゴブリン・モードになって、ベッドと見事に合体した俺。いまや俺とベッドは完全に一体」と、堂々と宣言するユーザーもいる。

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政治的正しさの拒否。

SNS上で自己啓発や健康的な日常習慣にまつわるお説教を垂れるのが好きな人たちの非の打ち所のない美意識に対し、ゴブリン・モード信奉者の中から、一種の反対表明をする人も出現している。「私は絶対に、朝5時に起きて、グリーンスムージーを飲んで、分単位でスケジュールを立てたりしない。むしろ朝4時までRedittをチェックして、朝っぱらからコカコーラ・ライトを飲んで、スナック代わりにパスタをそのまま手づかみでぼりぼり食べたい」と、TikTokである女性ユーザーがコメントしている。

薄汚れたパジャマとポテトチップスの袋の背後には、社会全体に蔓延する倦怠感も隠れている。「社会に適応することは骨の折れる務めです。学校でも職場でもベストを尽くさなければならないし、少なくとも、人に気に入られないといけません。ある面に関しては誰もがバーンアウトすれすれです。ゴブリンを自称することには、こうした押し付けを告発し、政治的正しさに対して反旗を翻す狙いがあります」とヴェリュはまとめる。

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集団的不満感のサイン?

精神疾患専門医で臨床心理士のサミュエル・ドック(1)によれば、あらゆるこだわりを手放すこの姿勢は反抗などではなく、むしろ集団的不満感のサインだという。フランス世論研究所が最近実施した調査で明らかになったように、フランス人のほぼ3人に1人がやる気の欠如を感じているいま、私たちが直面しているのは「努力の意義が失われた社会」であるとドックは指摘する。実際に、料理をする意欲さえ湧かず、人々は宅配を注文し、映画館よりストリーミングを好んでいる。

そしてパンデミックでこの現象に一段と拍車がかかった。「コロナ禍と立て続けに行われたロックダウンで、人々は実存的疲労感に直面しました。未来もない、何もかも同じ、もはや何にも意味がない、と」とドックは続ける。「こうしためまいを封じ込めるために、人々は刹那的な快楽を追い求め始めたのです。快楽のなかで窒息し、堕落し、最終的にはゴブリンのように醜くなるまで」

臨床心理士のドックは「ゴブリン・モード」の中に、流行以上の、逃避、さらには「マイクロ鬱病」の兆候を見ている。「たとえばテレビという絆創膏で理性を麻痺させながら、ゴブリンは不安を抱えたまま一種の快楽主義を生きている。感動ではなく刺激を求めている」とドックは分析する。

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立ち直るにはどうすればいい?

他者から遠ざかり、部屋の中で無気力に動画を見て過ごす……。こうした生活様態は日本生まれの、極度の孤立状態「ひきこもり」を想起させる。このテーマを研究した国立科学研究センターの心理学者で精神分析家のヴェリュ(2)は、この見方を一蹴する。「ひきこもりとは違い、ゴブリンは仕事に行くために外出し、余暇時間にはSNSで共有する動画や写真を通して他者との繋がりを作ることを続けています。この点で、私にはこの現象が気がかりなものには思えません。むしろ逆に、コミュニケーションが増えれば増えるほど、無気力状態から脱しやすくなります」とヴェリュは話す。

現実世界に復帰するためには、心理学者のドックは、長い間自分の洞穴に閉じこもっていたゴブリンたちに、リモコンを置き、自分の欲望について自問し、どのような人生を送りたいか考えてみるといいとすすめる。

もし、それでもまた、次の週末にスウェットとポテトチップスとNetflixに戻ってしまっても大目に見ましょう、とヴェリュは呼びかける。「TikTokでよく見かけるように、自虐をネタにすることができればさらにいい」と心理学者は言う。「これはひとつの武器、生の苦しみに耐えるためのはけ口ですから」……。とはいえ、部屋の中のこもった匂いはどうしましょう?

(1)Samuel Dock:主著に『Le Nouveau Malaise dans la civilisation』(Plon出版)がある。
(2)Natacha Vellut:『Hikikomori : une expérience de confinement』(Presse de l’Ehesp出版)共著者。

text : Tiphaine Honnet (madame.lefigaro.fr)

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