ものづくりに触れる金沢の旅。 #03

「食べる」以上の豊かな食体験ができる、小松の3軒。

特集

北陸の豊かな海の幸。変化に富む地形がうむ食材。加賀百万石が育んだ料亭文化、茶の道、酒。ざっと挙げるだけでも食文化の水準の高さが伺える金沢。料亭や寿司店から居酒屋まで、ジャンルを問わず名店も星の数ほど。今回、レストランガイドとは趣を変え、ものづくりや食体験という視点から金沢とその周辺の食を眺めたときに、注目のエリアとして浮かび上がったのが金沢の南に位置する小松。古代の碧玉から現代の銘石にいたるまで、“石の文化”が日本遺産として認定されている場所でもある。

ファームハウス(カフェ)、酒蔵、レストラン。業態も小松市内の場所も異なる3軒。ハシゴするというより、それぞれ時間をとってゆっくり訪れたいスポットだ。食べ歩きやレストラン巡りとは異なる、食体験を求めて。連載第3回は少し足を延ばして、小松からものづくりを感じる食の「場」を紹介する。

滝ヶ原ファーム

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「滝ヶ原ファーム」の“顔”ともいえる「滝ヶ原カフェ」。古民家を改装した建物で、店内を彩るのはスペインを拠点にするイラストレーター、ペドロ・ペルレスの作品。

金沢駅から小松駅まで特急で16分、小松駅から車で約30分ほど。金沢市から1時間足らずで“石の町”滝ヶ原町に到着する。採石と農業で成り立つ、人口わずか170人の小さな町だが、近年では優れた石を求めて国内外からアーティストや見学者が訪れることも少なくない。ここで2016年に活動を始めたのが「滝ヶ原ファーム」だ。

プロデューサーはイデーの創始者、黒崎輝男氏。「ファーマーズマーケット@UNU」や「コミューン246」(現在はコミューン 2nd)など、新しい価値観を具現化するための「場」を数多く手がける黒崎氏。彼の元に集まったスタッフたちが滝ヶ原町に移住し、古民家を改装して母屋、カフェ、ゲストハウスを作り上げた。活動のテーマは“農業の未来と農的生活の可能性の探求”。日々の農作業をベースに、地域の人々と交流し、アーティストから宿泊客まで国内外からさまざまなゲストを受け入れ、大小のイベントを開催し、アートや音楽、映像といった多様な視点から農的生活を発信している。滝ヶ原ファームはまさに、彼らの探求を目の前で体感できる場所。新しい暮らしの形を体験する「場」といえる。

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地元の食材をシンプルに仕上げた料理は、色も香りも力強い。根菜や葉物、きのこ……見知った食材がはっとするほど芳しく、味わい深く、食材の力の偉大さを知る。周辺に出没する猪も頻繁にメニューに登場。

滝ヶ原ファームを訪れた人々を真っ先に迎えるのが、滝ヶ原カフェ(その奥に母屋、ゲストハウスが並ぶ)。豊かな自然のなかで育った地の食材が味わえるカフェだ。滝ヶ原産の蕎麦粉で作るガレットを中心に、採れたての野菜でつくるサラダやスープ、手作りのシロップを使った季節のジュースなどを提供。スタッフが育てた野菜や果物はもちろん、地元の人々から譲ってもらった食材が多いのも特徴。金銭を交えない、昔ながらの近所付き合いを間近で感じることができる。

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名物のガレット(¥750~)は平飼い卵や季節の野菜のマリネを使ったものなど3種類程度を用意。

敷地内には和洋の薬用植物を集めた薬草園も。カフェでは摘みたてのフレッシュハーブティーを提供しており、薬草をテーマにしたワークショップやイベントも随時開催予定。このほか、多数のクリエイターや生産者が参加する「滝ヶ原フェスティバル」を筆頭に、滝ヶ原ファームではさまざまなイベントが行われている。里山の恵みを味わう、クロスカルチャーの「場」。発見、出会い、気付き……ここでは思いもよらぬ食体験が得られるはず。

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築80年の石蔵を改造した滝ヶ原ハウス。2階建てで、1階(写真)がリビングとトイレ&バス、2階がベッドルーム(シングルベッド4台)。1日1組限定、1棟貸し1泊¥15,000。

「ゆっくり滞在したい」という方には、今夏から貸し出しをスタートした宿泊施設「滝ヶ原ハウス」がおすすめ。滝ヶ原ファームのピザ窯やバーベキュー台も貸し出し可能で、スタッフが住む母屋を共有スペースとして使用することもできる(古民家にアートや工芸が溶け合った母屋のインテリアは必見)。のんびり過ごすもよし、スタッフと野菜やブルーベリーの世話をするもよし。どれくらい滝ヶ原ファームにコミットするかも自分次第。この自由さにも“農的生活の可能性”を感じることだろう。

「“石の文化”を含め、ここには自然環境をものづくりにいかしてきた北陸のクラフト文化が息づいています。そこに惹かれて鎌倉からやってきました」とは、取材時に案内をしてくださったスタッフの内木洋一さん。「自分はここで薬草園とハーブティーを作るほか、写真も撮るし、文章も書きます。ひとつのことだけに従事するというより、自然に触れながら、さまざまな方法でその魅力を伝えたいですね。ここは“生き方”を知る滞在型のギャラリー。伝統工芸とは違う形で、農的生活からうまれる新しい文化を伝えたいと考えています」。人々が暮らし、交流してうまれる食。滝ヶ原ファームには、心身とアタマ、すべてで味わう食体験が待っている。

滝ヶ原ファーム
石川県小松市滝ヶ原町ヲ-66(滝ヶ原ファーム母屋)
石川県小松市滝ヶ原町夕2(滝ヶ原カフェ)
tel:0761-58-0179
営)10時30分〜18時(滝ヶ原カフェ)
休)火〜木(滝ヶ原カフェ)
http://takigaharafarm.com/
 ※滝ヶ原ハウスの詳細はAirbnbで確認を(宿泊ゲストは加賀温泉駅または小松駅からの無料送迎あり ※要事前相談)。
www.airbnb.jp/rooms/25519449?s=51

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農口尚彦研究所

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ギャラリーやテイスティングルームから仕込み室を見学できる仕込み室。取材翌日に今期の蔵入り(酒づくりを始めるために杜氏、蔵人が酒蔵に集まること)を控え、若い蔵人たちが入念に清掃中。

米よし、水よし、空気よしと酒づくりにふさわしい環境をもち、優れた日本酒を数多くうんできた石川県。石川に生まれ、“酒づくりの神様”と称される伝説的な日本酒醸造家が農口(のぐち)尚彦さん。1980年代から90年代にかけて起こった吟醸酒ブームの火付け役となり、数々の銘酒を手がけた日本最高峰の杜氏として知られる。80歳を機に酒づくりから引退した農口さんがその技術と精神、生き様を次世代に伝えるために2017年秋に設立した酒蔵が「農口尚彦研究所」。「ファンの期待に応えたい」と、85歳(2018年10月現在)の農口さんがカムバックし、杜氏を務めていることでも話題だ。

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“杜氏の庵”を意味する「杜庵」は、茶室をイメージした空間。石川県産の能登ヒバを使った4畳半のカウンターを中央に据え、全12席。窓外の緑も酒のつまみになる美しさ。

開業にあたり、農口さんが多くの候補地の中から選んだのが、銘石の産地としても有名な小松市観音下町(かながそまち)。「酒づくりに理想的な水と空気が揃う」と惚れ込んだ地で、酒米栽培も行う。研究所内には、日本酒と農口さんの歴史を概観できるギャラリーとテイスティングルームを併設。日本酒を軸にした“SAKEツーリズム”の拠点となるべく、国内外の観光客を受け入れる環境を備える。

ギャラリーの見学とテイスティングをセットにした完全予約制の日本酒体験プランが「酒事」。名前は茶事から着想を得たもの。美術や工芸に通じた加賀藩3代藩主、前田利常公が隠居後に移り住んだことで茶道も大きく発展した小松。土地の歴史にあやかり、茶の湯の世界観を日本酒で表現しようとする試みだ。

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「酒事」の内容は月替り。季節に合わせた日本酒とその楽しみ方を提案する。所要時間は約90分で、営業時間は11時〜12時半、15時〜16時半/完全予約制。料金は¥5,000。数量限定でノンアルコールコース¥3,000も用意可能(※それぞれ価格は税抜き)。

テイスティングは日本酒を温度や酒器の形状・素材の違いで飲み比べるほか、石川県産の石皿に盛った酒肴とのペアリング、酒米の試食、季節にちなんだ風流な酒の楽しみ方(菊酒や花見酒など)、日本酒に浸して食べることで味わいが完成する「酒菓子」の提供、蔵人への質疑応答など盛りだくさんの内容。

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「酒事」で提供する酒肴。イカやタラの粕漬けなど、伝統的に親しまれてきた発酵食品を揃える。

酒と飲む「和らぎ水」や器類も地のものを中心に使い、小松の“テロワール”を感じる日本酒体験が堪能できる。日本を代表する杜氏の、未来へ向けた最後の挑戦。最高の匠が最高の酒を目指す、比すもののないものづくりの現場を体感しよう。

農口尚彦研究所
石川県小松市観音下町ワ1番1
tel:0761-41-1227
営)11時〜12時半、15時〜16時半(テイスティングルーム「杜庵」)
休)木、第1水曜(テイスティングルーム「杜庵」)
https://noguchi-naohiko.co.jp
※「酒事」は上記サイト内の無料会員用ページから要事前予約。

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SHÓKUDŌ YArn(ショクドウ ヤーン)

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米田裕二さん・亜佐美さん夫妻がダブルシェフとして腕を振るう「ショクドウ ヤーン」。店舗は奥様のご実家が営んでいた築50年の撚糸工場を改装したもの。かつて小松市では撚糸業が盛んだったとか。中庭にはスペインからやってきた樹齢200年のオリーブの木が据えられている。奥はどの席からも眺めることができるガラス張りのオープンキッチン。

食通の間で「いま行ってみたい場所」として密やかに噂される店がある。その名は「ショクドウ ヤーン」。小松駅から車で約10分ほどの場所に佇む、撚糸工場を改装したレストランだ。「ショクドウ」は“食の道(みち)”と“食堂”を指し、「ヤーン(Yarn)」は英語で編み糸や織り糸を意味する。撚糸工場を改装した店舗であることと、“いくつもの糸を撚り合わせて新たな糸を作るように、これまでの経験を組み合わせて料理したい”というオーナーシェフ夫妻の想いを込めた店名だという。

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各テーブルにはプレゼンテーション用のスペースが設けられている。ふたりのシェフによるパフォーマンスがふんだんに盛り込まれているのも「ヤーン」の特徴。実験器具さながらのセッティングは出汁をとるためのもの。「引きたての出汁がいちばん」と、羅臼昆布出汁とともに削りたての鮪節による一番出汁をコーヒーサイフォンでとり、地元の銘酒、菊姫の大吟醸を加えてお椀に仕上げる。

イタリアとスペインで修業を積んだ米田裕二さん・亜佐美さん夫妻が、生まれ育った小松に3年ほど前にオープンしたショクドウ ヤーン。彼らが提供するのは、北陸の食材と器をいかしたエンターテイメント性のある料理の数々。メニューは旬の食材に合わせて日々徐々に変わっていくコースのみ。“ネタバレ”を避けるため、あまり詳しくは伝えられないが(ぜひ実際に体験を!)、席に着いて目の前に置かれたメニューを見ると、謎めいた言葉の数々に頭の中にハテナマークが次々に浮かぶはず。しかし、すぐに「?」は「!!」に変わり、食べ進めるうちに次はどんな1品が登場するのかと期待は膨らんでいくばかり。

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コースの前半に登場する「How much 茶碗無視?」。粒状の茶碗蒸しに新物のいくらを合わせて。見た目は洋風、食べると和な一品。

たとえば、取材時のメニュー「How much 茶碗無視?」はいくら(How muchの訳「いくら?」をかけて)を加えた茶碗のない茶碗蒸し。「今日のお肉にソース、はずんだよ!」は能登牛プレミアム(A5ランクの中でもさらに品質が高いもの)にずんだのソースがたっぷり。アイディアに驚き、食べて唸る。出汁や和の食材がベースにあり、それを遊び心とモダンな技術が彩る。帰国した後、日本料理店で長く調理長を務めたご主人、裕二さんのキャリアが活きる料理だ。

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「さ〜さ〜You Can open」と名付けられた魚料理。「さ〜さ〜(笹)」「can(缶)」とあるように、笹寿司入りの自家製缶詰。缶詰ごと蒸しており、缶を開けるとのどぐろと小松産の蛍米、オリーブ、銀杏が現れる。昆布出汁でリゾット風に仕上げたもので、ひと缶に石川の食材、和の味付け、洋のエッセンス、夫妻の感性が凝縮されている。

修業したイタリア、スペイン以外にもヨーロッパを巡り、食べ歩いた夫妻が、なぜ出店場所に小松を選んだのだろう?  「各地で伝統料理や家庭料理を食べましたが、我々“外国人”には微妙なニュアンスまで理解しきれない壁があることに気づきました。伝統料理には、生まれ育った背景や環境だからこそ出せる/楽しめる素晴しさや凄みがあります。石川県には山と海があり、食材に恵まれているうえ、工芸や食を含む伝統文化があります。伝統料理を軸にした食は、ヨーロッパの地方でも成立している文化。であれば、自分たちも生まれ育った場所で伝統を大切にした“日本人が楽しめる料理”を提供しようと考えたのです」(裕二さん)。

「本来、食事は楽しむもの。食が簡素化して、あるべき姿を失っているように思います。ここでは、食を丁寧に、心から楽しむ時間を味わっていただきたいですね」(裕二さん)。遊び心を、演出を、会話を、味を楽しむ。ここは幾重もの意味で食を“楽しむ”ことができる場所。決してモダンでイノベーティブというだけではない。コースを通して、作り手の経験を追体験し、さらには現在進行系のクリエイティブな日本料理を体験することができる。「おいしい」の先にある(あるいは根本にある)食体験が叶う場所だ。

先に紹介した農口尚彦研究所の酒もオンリストされているので、料理と酒をともに“地産地消”するのもおすすめ。「杜庵」のカウンターに使用されている能登ヒバも、偶然とはいえ楽しい共通点。ショクドウ ヤーンでは「能登ヒバかほり箸」を使用しており、食後には持ち帰ることができる。自宅でこの箸を使うたび、爽やかな芳香に小松で味わったとびきりの食体験が蘇るはずだ。

SHÓKUDŌ YArn
石川県小松市吉竹町1-37-1
tel:0761-58-1058
営)12時半〜13時L.O.、18時〜19時半L.O.
(※完全予約制、前日までに要予約。予約は電話とウェブサイトでのみ受付)
休)日、月、火曜のランチ(月1回、不定期で日曜にランチ営業。詳細はウェブサイトで確認を)
※メニューはコースのみ。ランチ¥6,480、¥12,960(日曜のみ)、ディナー¥10,800、¥16,200(サービス料別)
http://shokudo-yarn.com/
 

●本記事内で紹介した店舗について、掲載時の価格や営業時間、休業日などは掲載後に変更される場合があります。最新情報は各店舗にお問い合わせください。

photo:TOMOKO OSADA (TAKIGAHARA FARM, NOGUCHI NAOHIKO SAKE INSTITUTE), réalisation:NAOKO MONZEN

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