最先端リゾート「イル・ボッロ」の秘密【後編】 新時代へ掲げる、サルヴァトーレ・フェラガモのエコラグジュアリーとは?
Travel 2019.11.09
イタリアのトスカーナ州にあるエコヴィレッジ、イル・ボッロ(IL BORRO)を訪れた、自然派作家の四角大輔氏。彼がイル・ボッロを通じて、創設者であるサルヴァトーレ・フェラガモ氏の理念や活動を紹介する企画の後編。
「イル・ボッロ(Il Borro)」とは、小さな村の名前であり、五つ星ホテルと、オーガニックワインのブランド名でもある。
手がけるのは、サルヴァトーレ・フェラガモ氏。
――と言っても、あの著名なファッションブランドがプロデュースしている訳ではない。同ブランドの創業者である祖父から、その名を拝命したフェラガモ3代目のサルヴァトーレ氏が運営しているのだ。
「ハイブリッド型として思い浮かぶのは、ジョルジオ アルマーニかな」
彼はしばらく考えたのち、甘いマスクに笑みを浮かべながらこう答えてくれた。
「サルヴァトーレ自身は、クリエイターか、経営者か」
そんな会話の中で、筆者が出した答えは〝両方の能力を兼ね備えたハイブリッド〟だった。ほかにそんな同業者は思いつく?という問いに対して、即座に彼が挙げた名前が、同じイタリアで世界的ブランドを率いるアルマーニ氏だったのである。
行き過ぎた資本主義によって、過剰な量のモノとマネーが行き交うようになった現代。この社会に生き残る、老舗のブランドやリーディングカンパニーの多くが、このハイブリッド志向をベースにしている。世界はもはや、片方のセンスだけではやっていけなくなっているのだ。
そして、サルヴァトーレは総合プロデューサーとして、ハイブリッドな感覚と知性をもって、イル・ボッロ村という広大な土地をマネージメントし、廃墟だった村を、誰もをうならせるアート作品に昇華させた。それがいまや時代の最先端をゆき、世界中のセレブたちの注目を集めている。
そんな彼がここでもっともこだわったのは、昔ながらの方法によるワイン造り。ワインで世界的に有名なトスカーナ州の、中心に位置するイル・ボッロであるから当然とも言えるが、根っからのワイン好きと自称する、彼ならではのこだわりでもあるのだ。
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競争が激化するいまの世の中では、「本気の好き」を仕事の中心にすえないとビジネスとして通用しなくなっている。「儲かるからやっている」ワイナリーより、「好きでしょうがないからやっている」ワイナリーのワインを飲みたいと誰もが思うだろう。
イル・ボッロのビストロで食事をしながらのインタビュー中も、次々と彼の作品であるワインを披露してくれる。うれしそうに、誇らしげにそれぞれの特徴を語ってくれた。
「ブドウ栽培を完璧に行って初めて、最高のワインが生まれる」
という信念のもと、土壌作りに抜かりはない。東京ドーム約10個分(約45ha)のブドウ畑があるのは、木々に囲まれて澄んだ空気が広がる丘陵エリア。
ここで栽培しているのは、トスカーナ州を代表するサンジョヴェーゼ(赤)や、日本で人気のシャルドネ(白)。そして、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラーやメルロといった赤ワインの国際品種までと多様だ。
しかも、100%オーガニック栽培というだけでなく、バイオダイナミクス農法という、とても手の込んだ栽培方法を取り入れている。
この農法は、もっともプリミティブな有機農法ともいわれ、あのルドルフ・シュタイナーが考案した。彼は、子どもの個性と創造性を重視する「シュタイナー教育」と、世界初のオーガニックコスメ「ヴェレダ(WELEDA)」の生みの親としても知られる。
「理想の農場とは、それ自体がひとつの完成個体であること」というシュタイナーの思想を受け継ぎ、土壌と環境づくりを徹底し、村の中に完全なエコシステムを構築している。
シュタイナー式の有機肥料も、水も、飲食店で出る生ゴミも、すべて敷地内で循環させているのだ。さらに、肥料の散布、収穫、醸造のタイミングはすべて、この農法で指定された月齢カレンダーに沿って正確に行われる。
一見するとスピリチュアルに感じられるかもしれないが、知の巨人シュタイナーらしく、学術的な裏づけがされていることは言うまでもない。きっと「フィガロジャポン」読者であれば、満月や新月が、人や自然の営みに大きな影響を与えている事実はご存知であろう。
サルヴァトーレは、こだわり抜いた作品づくりと、持続可能なビジネスを両立させるために、昔ながらの伝統と、最新テクノロジーという相反するような二軸をハイブリッドさせたのである。
そして彼は、この土地にマッチするぶどうの育成方法と、ワイナリー経営術を必死になって勉強したと語ってくれた。
裕福ではない家庭に生まれ、靴を買えない妹のために9歳で初めて靴を手作りし、13歳でお店を出し、16歳で渡米したブランド初代創業者フェラガモ。
オードリー・ヘプバーンやマリリン・モンローといったハリウッドスターたちの御用達にまでなったものの、職人気質の彼は、自身が作る靴が「ただの商品」になり下がることを嫌ってイタリアへの帰郷を決意。
「ハンドクラフト=作品」を貫くべく地元の靴職人を抱える工房を構え、サルヴァトーレ・フェラガモ社を開業する。
しかしのちに、世界を席巻する大量生産ビジネスの波に押される形で、ビジネスが大きく傾いた時期もあった。その紆余曲折を見て育った2代目は、初代が構築したハイクオリティな作品づくりの工程に、ビジネス知識と堅実な経営をかけ算することで、ワールドクラスのブランドへと成長させた。
そんなアーティストの祖父と、ビジネスマンの父の血を引くサルヴァトーレ。
彼は、「クリエイティブと経営」それぞれの重要性を熟知した上で、両方のセンスを身に付けた。でも、誰かにそう教えられたわけではないと言う。
まず彼は、幼少期からファッションとアートに造詣を深めることで、洗練された感性をインストール。成人後、母国イタリアを離れて資本主義の中心地、アメリカの大学院でMBAを取得する。
世界に通用する美的センスに加えて、世界に挑める英語でのビジネスマインドと経営学を身に付けた。彼は意図して、自身をハイブリッド化させたのである。
そう、彼は単なるサラブレッドではなく、強い意志の人、努力の人なのだ。
そうであることは、彼の経歴が語っているが、彼の精悍な顔つきと思慮深い言葉もそれを証明している。多くのイノベーターをインタビューしてきた筆者の経験から、間違いなくそう言い切れる。
白ワイン好きの僕の一押しは、驚くほどフルーティなシャルドネとスパークリングワイン。日本でも、これら含め7種類が買える(輸入代理店ENOTECA)。
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イル・ボッロのブドウの樹一本あたりの収穫量は、最大1kgと非常に低く、わずかワインボトル1本だ。さらに、ブドウは手で収穫という徹底ぶり。
ワインの醸造もアルチザンスタイルを貫いている。
最新技術を使った温度管理のもとでのステンレスタンクも活用するが、醸造所の大半を占めるのは昔ながらのフレンチオーク樽。しかも、最も古いとされる、赤土で作った素焼きの壷アンフォラの数も増やしているというからすごい。
彼が大切にするのは、効率性よりも作品性の高さ。
人間の、美しきクリエイティビティとハンドメイドの可能性を信じ、あえて手間暇がかかる方法を選んでいる。昔ながらの手仕事を心から愛しているのだ。
祖父のスピリットを継承した彼のその姿勢は、大量生産方式への抵抗を試みているかのよう。ナチュラリストでもある彼は、現代の大量生産・大量消費社会こそが、各地に残る古きよき伝統を消滅させ、地球環境を破壊していることもわかっている。
同世代ながら、それぞれ別の場所で、同じような想いを持って気候変動へのアクションをしてきたこともあり、「もし音楽をやっていたら、お互い、反体制のロックスターを目指していたかもね」と強く握手してくれた。
イル・ボッロには食事ができる場所が3ヵ所。ディナーだけのオステリア、ランチとディナーが可能なビストロ、そして朝食ビュッフェ。朝食以外は予約が必要で、特にオステリアはすぐに埋まってしまうので、早めのブッキングをおすすめする。
食事にも当然、サルヴァトーレのアーティスト哲学が投入されている。前菜からメイン、スイーツすべてが交響曲のごとく流麗で、計算され尽くしたイル・ボッロワインとのマリアージュは至高だ。
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そして、ここにはさらなる主役がいるのをお忘れなく。
それぞれの食卓を彩る、敷地内のオーガニック菜園でできた野菜たちだ。「Farm To Table」のダイニングが世界で流行しつつあるが、ここはその上位概念とも言える「Garden To Table」ということになる。
菜園を担当するのは、サルヴァトーレの妹ビットリア。フェラガモ家の血をひく彼女が手塩にかけた新鮮なアートは、味だけでなく見た目にもエレガント。イル・ボッロが、イタリアらしく家族経営というのもまた魅力的である。
ここには、アルチザン形式の小さなアトリエやブティックもあり、地元のアクセサリー職人や靴職人、画家たちに開放されているのだ。そこにも、フェラガモ家の血筋らしい、大規模工業へのアンチテーゼと、アーティストや手作りへの深い畏敬の念が感じられる。
「人間のクリエイティビティと、自然環境」「最新テクノロジーと、古きよき技術」「アートとビジネス」「新しいけど懐かしい」そして、「セレブリティとサステナビリティ」。
これら、相対するエレメントすべてを組み合わせる形でハイブリットさせ、真のラグジュアリーを体現させたサルヴァトーレ。
「このイル・ボッロ全体がアートワークだね。ブドウ畑とオリーブ林と菜園、ワイン醸造所、ホテル、レストラン、そしてサステイナブルな試みすべてが、あなたの作品。まるで、おじいさまの靴のような」
思わず心から、そう言っていた。
「そうだね、もしかしたらここは僕のビッグアートなのかもしれない」
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最後に、未来の話を聞かせてほしいと訊ねてみると、キラキラした目で彼は答えてくれた。
「ちょうどいま、古代小麦のオーガニック栽培を試みているんだ。この国の主食である、パスタやパンまでも原料から自家製にしようと計画中なんだ」
「その情熱の源泉はなんなの?」
「母親さ!」
マンマの国である、イタリア男性らしいはっきりした答えが返ってきた。
生きるためには決して必要ではない、ラグジュアリーの文脈において、「人は何にお金を払うか」という本質的な問いかけに、あなたは何と答えるだろうか。
その答えはシンプル、「気分」である。
好みのファッションやデザイン、センスのいい空間やクリエイティブといったあいまいな「感動」に人はお金を投じる。
そこに、伝統文化や自然を守ること、サステイナブルであることが加わってもいい時代に、我々は生きている。しかも、この地にあるラグジュアリーは、表面的でチープな快楽ではなく、人類としての心地よさ、ヒト科の生物としての喜びといった、根源的な「感動」に直結している。
「気候変動のことを考えて暮らし、働くことは、僕ら世代の責務」
サルヴァトーレはこんな言葉も残してくれた。
国の伝統や、家族の歴史を受け継ぎながらも、新しいことに果敢に挑戦する。イル・ボッロのあちこちに、その印が刻まれている。この壮大なアート作品は、サルヴァトーレの生き方そのものとも言えるだろう。
レコード会社プロデューサーとして10度のミリオンヒットを創出後、行き過ぎた大量消費社会と距離を置くべく、2010年より森に囲まれた湖の畔でサステイナブルな自給自足ライフを営む。
場所に縛られない働き方を構築し、世界中のエシカルな現場を視察するオーガニックジャーニーを続け、これまでに60ヵ国以上を訪れる。
「(社)the Organic」副代表理事、国際環境NGO「Greenpeace」オーシャンアンバサダーなどを務める。
『人生やらなくていいリスト』(講談社+α文庫 刊)、『LOVELY GREEN NEW ZEALAND 未来の国を旅するガイドブック』(地球の歩き方 BOOKS刊)など著書多数。
photos:DAISUKE YOSUMI, IL BORRO