飛騨高山のオーベルジュで、「食楽」を体験する粋な旅。

Travel 2021.06.20

「食楽」という文化がある。人生を楽しむ達人にして、「現代の魯山人」と謳われる陶工、福森雅武による教えだ。野のものを採り、山川の恵みをいただき、よく食べ、よく飲み、よく笑い、よく眠る。「食楽」とはつまり、四季折々の大地をおおらかに楽しもうという食文化のことである。

そんな「食楽」を体感できるオーベルジュが昨夏、岐阜県高山市に誕生した。ロケーションは飛騨高山と郡上八幡の中間に位置する清見町大原地区。清らかな馬瀬川の流れとブナの天然林を擁する山に囲まれたオーベルジュ玄珠では、新緑から紅葉、雪景色まで、四季の繊細な移り変わりを楽しめる。

オーベルジュ玄珠 Genju

岐阜県/高山市

オーベルジュ玄珠の小島伸浩オーナーは福森との親交を深める中で、自然の営みに向き合いながら日本文化の粋ともいえる「食楽」を体験できる旅こそが、これから求められるスタイルなのでは、と考えたそうだ。

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豪雪地帯の自然に耐えられるよう、Rにデザインされたコルゲート銅板の屋根が特徴的。建築家の遠藤秀平が設計したもので、屋根の赤さびは時を経てレザーのような質感に変化する。

「私たちが目指すオーベルジュは、滋養に満ちた郷土料理をアットホームな雰囲気の中でいただける場所。旬の食材は心と身体を作ってくれるパワーに満ちあふれています。こうした食材の滋味を引き出した、毎日食べても食べ飽きない料理がこの土地らしさだと考えています」

その土地でできた旬のものを口にして、健全な身体を育む。「身土不二」の精神をひと皿に表現すべく腕を振るうのは、東京吉兆出身の料理人、早川直樹である。

「吉兆でも岐阜県産の食材を数多く使っていましたから、修業時代から食材の豊富なエリアだと認識していました。実際、前菜八寸からデザートまで、高山市、郡上市、下呂市など半径50キロ圏内で採れた食材のみで構成しています。施設の近隣にはジビエ工房やイワナの養殖施設が点在しますし、敷地内ではEM 技術を取り入れた畑でオーガニック野菜を育てています。人間の身体と大地は密接に結びついているという『身土不二』を体感いただけるはず」

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東京吉兆で修業した後、公邸料理人としてパリやキエフ、サンモリッツ、バンコクと、世界各地で腕を振るってきた早川シェフ。オーセンティックな和の料理人でありながら、斬新さや即興をよしとするその料理哲学は、現地で調達できる素材を駆使して伝統の懐石料理を仕立てるという、海外ならではの経験ゆえかもしれない。

「フランスでは料理に対する自由な発想やアプローチに触れて大いに共感しましたし、四季があいまいなバンコクでは、季節感を表現するためのさまざまな手法やアイデアを試みることができました。そして何より、日本の食材の素晴らしさや日本で料理することの悦びをあらためて再認識できました」

ここのシェフに就任するにあたり、滋賀県の名店、徳山鮓の店主・徳山浩明のもとで3カ月にわたって研修を行った。尊敬してやまない徳山大将からは、風土や食材への向き合い方をあらためて学ぶことができたという。

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奥飛騨温泉の温泉水で養殖したスッポンを茶碗蒸しに。歯ごたえのあるゼラチン質のエンペラとウチコ、卵と、異なる食感が楽しい一品。お碗は隣花苑から引き継いだ、大正10年頃の「華蔓草小吸物碗」

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お造りは、その日の朝に釣り上げたばかりのイワナ。高山産のエゴマの葉と郡上八幡の生ワサビを添えていただく。

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鮮度がいいイワナはクセのない上品な味わいで刺し身にぴったり。辛口の大吟醸との相性も抜群だ。

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冬~春時期のお楽しみといえば、明宝のジビエだ。元満真道から入手したツキノワグマは、赤ワインを仕込んだ醤油に漬け込んで脂のうま味を引き出し、じっくりとグリル。寒い時期には鍋に仕立ててサーブする。

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料理も食材も一期一会、だから、「瞬間」に向き合う。

「私たちが掲げる『身土不二』とは、この土地のテロワールを身体で感じてもらうことだと考えています。そのために心がけることは、あらゆる生産者を訪ねて最高の食材をお届けすること。人も食材も一期一会。日々、そんな気持ちで料理に向き合っています」

早川がこだわる米と酒は、東京吉兆の教えにならい、「オリジナルを開発しよう」とオーナーに直談判。EM 菌を使った減農薬栽培の「玄珠米」と、高山で300年超の歴史を誇る造り酒屋、二木酒造による3種の日本酒が完成した。

「酒と料理は相性がすべて。オリジナルの大吟醸は食中酒にぴったりのドライな飲み口が身上なので、辛口を引き立てるために余計な甘味は足さない、みりんは煮切るなど、料理にもエッジを効かせています。いずれは『玄珠米』を使った日本酒造りに取り組みたいですね」

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「ドレッシング不要なほど味が濃い」という野村農園の野草や野菜を、シカの生ハムとともにいただく。生ハムは明宝ジビエのシカの脚を施設内で熟成させた自家製だ。

食材に加えて注目すべきは、料理に供されるうつわである。骨董の漆器や盆の数々は、原三渓ゆかりの料亭、隣花苑から譲り受けたもの。陶磁器の多くは京都の陶芸家、河合卯之助の作品だ。こだわりの玄珠米は、福森が率いる三重県の陶房、土楽の土鍋で炊き上げる。丁寧に調理された旬の味覚を、時を重ねたうつわがドラマティックに彩る。そんな食体験こそ、オーベルジュ玄珠がもたらす旅の高揚といえるだろう。料理はもちろんのこと、ここに来れば満点の星、豊かな森と川がある。水のせせらぎ、山間を抜ける風の音が私たちの五感を刺激して、食体験をいっそう盛り上げてくれるのだ。

「飛騨の山裾で大自然に触れ、大地を味わいながら自分の原点に還る場所。ここが目利きの旅人たちの拠点として愛されるように、ツーリズムのあり方を見つめ直していきます」(小島)

genju-profile-voyage-210604.jpg早川直樹/大阪府生まれ。東京吉兆で修業後に公邸料理人としてパリ、キエフ、バンコクの日本大使館などに赴任。スイス・サンモリッツのリゾートホテルや香港のマンダリンオリエンタルホテルを経て、2020年より現職。

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生産者

料理人の早川直樹を魅了したのは、四季折々の豊かな食材と飛騨の土地に根ざした生産者たち。飛騨高山郊外から清見町まで、オーベルジュ玄珠の身土不二を叶える農家、猟師、そして養殖家を紹介。

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オーベルジュ玄珠

岐阜県高山市清見町大原801-5
tel:0577-70-8861
全15室 全室バスタブ付き
ダブル¥22,550、コンフォートツイン¥23,650 ~、エグゼクティブツイン¥32,450 ~、スイート¥51,510 ~(1室2名、夕朝食付き)
https://hidaoppara.com

*「フィガロジャポン」2021年7月号より抜粋

 

photography: Mitsugu Uehara, editing & text: Ryoko Kuraishi

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