Culture 連載
Dance & Dancers
能楽堂という空間で綴られるミステリー『Psycho/サイコ』~初顔合わせの津村禮次郎・小野寺修二、両氏にインタビュー。
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能楽堂、という伝統的空間をコンテンポラリーの振付家たちに開放し、新たな創造を生み出す試みとして2008年にスタートした"伝統と創造"シリーズ。これまで、森山開次、中村恩恵、アレッシオ・シルヴェストリン、島地保武、森優貴、酒井はな他、コンテンポラリーダンスはもちろんクラシックバレエ、ピアニストなど多ジャンルのアーティストとのコラボレーションを行い、東京・渋谷のセルリアンタワー能楽堂を舞台に数々の印象的な作品を生み出してきた。
6回目を迎える今回は、これまでの路線から見るとちょっと異色だ。能楽堂で『Psyco』......1960年代に創られたヒッチコックの名作ホラー映画をベースに、能とダンスで新たな表現に挑む。
■マイムと能の共通点をたぐりよせて作品に。
演出・振付に迎えるのは小野寺修二。マイムを学び、1995年~06年の間、パフォーマンスシアター「水と油」で活動。フランス滞在を経て帰国後は、バレエダンサー・首藤康之を主演に迎えた『空白に落ちた男』で新たな境地を印象付け、以後意欲的に新作に取り組んでいる。そして出演者には能楽師・津村禮次郎。伝統と創造シリーズ発起人のひとりであり、1回目から今回まで演出、構成、あるいは出演と、さまざまな形で作品創りにかかわってきた。
「能とのコラボレーションは初めてですし、特に強い関心を持っていたわけではありません。ただ、津村禮次郎という人物に興味があったこと、そしてその津村先生が能とマイムには共通点がたくさんあるのでは、とおっしゃってくださったことから一歩を踏み出した感じですね」とは、小野寺氏。そして、「彼の作品に興味がありました。特に高度な技術を求めているわけではないのに、彼の創る動きには知性を感じる。すっ、としていて軽妙なんです。日本人にはあまりないタイプの振付・演出ですね」と津村氏。リハーサル開始と同時に能の所作なども勉強中の小野寺氏だが、「所詮、付け刃ですから今すぐ深いものを受け取れるとは思っていません。だからといって、上っ面だけをなぞるようなことはしたくない。所作や空間の捉え方からマイムとの共通点を引き寄せ、それを作品に生かしたい」(小野寺)。
■ヒッチコックの傑作が能・ダンス・マイムの融合でどう見えるのか。
『Psyco(サイコ)』はヒッチコックが手がけたホラー映画の代表作とも言える一作だ。大金を持ち逃げしてたどり着いたホテルで殺される女。犯人捜しの過程で次第に露わになっていく人間の猟奇性、精神の闇......。「例えば能では(源氏物語の)"葵上"なんかは、日本の古典の中で表現されている多重人格でもあると思うんです。精神病的なものと物の怪、その西洋と東洋における表現のギャップに挑戦してみたかった」(津村)。源氏の愛妾・六条御息所が嫉妬に駆られ生霊となって正妻・葵上を苦しめる「葵上」は、能の幽玄な世界が表現するサイコパシーとも言えるかも知れない。「病質、というよりは母親との関係、突き詰めたら生きるとは、どういうことか、などもっと大きなテーマにぶつかるかも、うっすらそんな予感がしています。少なくとも"映画見たほうが良かったな"というものにはしたくないですね。ツールとしてストーリーは用いますが、そこに結果を求めたくはない」(小野寺)。最初に落としどころを決めるのではなく、創作過程で感じ、受け止めたことを検証し積み重ねながら核心に向かっていく、のが小野寺流。だからといって重苦しいものにならないのが、小野寺氏の個性、魅力でもあると津村氏は言う。「身体表現には、ストーリーやト書きに頼らない代わりに感情面を強調するものも多い。ともすると深刻に見えがちなそうしたことを、小野寺さんは現代的な軽さで表現できる。そこが気持ちいい」(津村)。
しかし、橋掛かり、目付柱、老松の描かれた鏡板、すべてが神聖を意味する白木で構成された能舞台は、物語の舞台となるホテルとはかけ離れた空間である。そこで演じるのは、女優、コンテンポラリーダンサー、そして小野寺・津村の両氏。和洋、さまざまな素材をミックスして創作されるこの舞台。忍び寄る影のようなPsycoの映像世界が、老松の鏡板という背景を背負い、いったいどんな風にその空間で描かれることになるのだろう......。
■ミニマムな表現で想像力をかき立てる。
手をひらりと動かしただけで、見えないはずの花がそこに見えたような気がする。能の所作とマイムにはそんな共通点がある。「ないものがあるように見える、あるいは過去の記憶を呼び出したり、あるいはふっと顔の向きを変えるだけで"気"を変えシチュエーションやキャラクターをチェンジさせる。そんなところが共通点だと思います」(津村)。「一歩で千里を表わす=時間の凝縮、あるいは物の見立て、そういう発想はマイムにもあります」(小野寺)。さらに、マイムは身体を5分割に分け、それぞれのパーツを動かすのが基本なのだそうだが、「身体は動かさず顔の角度だけを変えた表現、足の動きによる表現、などはまさにマイムのアチチュード(キャラクター表現)に共通するものがあります。ただ、能の削ぎ落としかた、ストイックさは究極のミニマリスムですね」(小野寺)。
小野寺作品には、日本を代表するバレエダンサー、首藤康之氏もたびたび出演している。しかし氏は、首藤を派手に踊らせたりはしない。けれども彼が片手を上げただけ、目玉を動かしただけでもそれがダンスのように語りかけてくるのはなぜだろう。「身体が動く人間があえて動かない。それはマイムの美学でもあるんです。エネルギーやある種の予感、そうしたものが人々の想像力に直結するのではないでしょうか」(小野寺)。
■素材=出演者を巧みに活かす、小野寺の目。
確かに! 身体表現、というのは派手に動くからいいのではない。テクニックを駆使して動き回られるより、ただ舞台に出てきただけで空気の色を変えたり、掌の動きひとつでどきりとさせられることだって、ある。「津村先生の身体からは、伝えるとはどういうことか、そのヒントをたくさん貰っています。まずは、身体の圧倒的な存在感。その原点には、型なり所作なりに真剣に取り組んだ修練があるのだと思います。本物、ってつまりそういうことなんじゃないでしょうか。そしてコラボレーションというのは、積み重ねてきたものを引き出しから取りだし、新しいチャンスに出会うこと、なのでは」(小野寺)。今自分が行っていることは、振付、というより道筋を見つけていくという作業に近い、とも。そのリハーサル現場で小野寺氏は、台詞の発し方、動き方のリズムに細かな注文を入れていく。難しい表現や複雑な感情表現を交えなくても、タイミングや間が変わると、とたんに周囲の空気の色が変わる。ほんの0.5秒程度の差の違いから全体の流れが変わるのが面白い、と津村氏は言う。「小野寺さんは"素材を料理する"のが実に巧みです」(津村)。自分のやり方を押し付けるのではなくひとりひとりに目配りをしている。豪華な料理だって、素材を存分に活かせなければ、美味しさへ結びつけるのは難しいのと同じだ。
「とかく難しい、わかりにくい、と言われる舞台表現の世界ですが、説明過多にならずかと言って自分の世界に固執するのでもなく、納得できる形にはしたい。自分としては、情報量は少なくてもイメージが膨らむような世界に、豊かな表現が生まれると思っているのですが、それでも観る方がいる限り合意点は追求したい。自己満足には終わりたくないんです」(小野寺)。和と洋、あるいは伝統と冒険、という視点で、初回から毎回楽しみにしてきた試みだが、今回は互いに型を持つマイムと能の出会い、しかも各方面から引っ張りだこ、注目!の演出家と津村氏のタッグであるだけに、展開が楽しみだ。映画では全身鳥肌が立つようだったあのシャワーシーンは、どうなっちゃうんだろう。
■伝統と創造シリーズ Vol.6『サイコ』
出演:津村禮次郎、鈴木ユキオ、竹内英明、川上友里、小野寺修二
日程:10月22日(火)~25日(金)19時30~
会場:セルリアンタワー能楽堂
料金:A(正面)席¥6,500、B(脇正面)席¥5,500、C(中正面)席¥4,500、D(座敷)席¥3,000
問い合わせ先:セルリアンタワー能楽堂 Tel.03-3477-6412
www.a-tanz.com/cerulean6.html