Culture 連載
イイ本、アリマス。
うつくしいものを、うつくしいと言おう。
詩人・長田弘さんの詩集に寄せて。
『世界はうつくしいと』
イイ本、アリマス。
長田弘『世界はうつくしいと』
ここ数日、長田弘(おさだ・ひろし)さんの詩集を何冊か、読み返していた。
長田さんは、1939年福島県福島市生まれの詩人。
代表作に詩集『深呼吸の必要』『食卓一期一会』、エッセイ『詩は友人を数える方法』 『私の好きな孤独』などがある。昨年、27編の詩を収めた詩集『世界はうつくし いと』で優れた現代詩に与えられる三好達治賞を受賞している。
表題作である『世界はうつくしいと』は、こんなふうに始まる。
<うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった>
震災から10日が過ぎ、ニュースも、少しずつ復興の話題が増えてきた。
立派な人の立派な行動は賞賛されるべきだし、そのことに異論はない。
けれど、こわばった顔で一生懸命に「今、できること」を決意し、それを言葉
にして語ろうとする若い人たちを見ていると、立派だと思う気持ちの一方で、
本当はもっと友達とふざけたり、笑っていたい年頃だったのに、頑張って急い
で大人になったね、偉かったね、と、せつなくなる。
誰かが言った。私たちは、ある意味でひとり残らず、誰もが被災したのだと。
しかし実際はすぐには立派になれない、ダメな大人のままの自分がいる。
相変わらず非常持ち出し袋を枕元に置いて、防寒用のコートを着たまま、
布団にくるまって震えているのだ。そのくせ、口では立派そうなことを言っ
てしまいそうだ。
この詩の中で、詩人は<うつくしいものをうつくしいと言おう。>と記す。
それは呼びかけであり、自分自身に対する静かな決意でもある。
そうして目に映る<うつくしいもの>たちを、ひとつひとつ、数え上げていく。
<風の匂いはうつくしいと。>
<渓谷の石を伝わっていく流れはうつくしいと。>
遠くの山並み、草に落ちている雲の影、きらめく川辺の光、
大きな樹のある街の通り、行きかう人たちのなにげない挨拶。
私たちの日々にある、ありふれた<うつくしいもの>たち。
それらに彩られている、過ぎていく季節の美しさを、この詩はうたう。
連休の晴天に誘われて、久しぶりに街に出ると、春物の服が並んでいて、
やわらかく、たよりなげなものがくれる、やさしい力を想った。
まだ時間がかかるかもしれないが、いつか渡せるような花束を準備するのが、
こういう現場で仕事をしているひとりとして、できることなのかもしれない。
「悲しみは本来個人的なこと。今回の震災は、2万人が死んだひとつの事件ではなく、
一人が死んだ事件が2万通りあったということ。2万通りの死に、それぞれ身を裂かれる
思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えている」という北野武さんの言葉に、他者の悲しみに対するデリカシーを感じた。
それぞれの場所で、それぞれの毎日が続いている。
立派そうなことを口にしてしまいそうなときは、せめて、うつくしいものをうつくしいと言いたい。
詩は、このように結ばれている。
<一体、ニュースと呼ばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう
幼い猫と遊ぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ、永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。>
<あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ>という一行が、今こそ鮮烈に響く。
『世界はうつくしいと』 長田弘 みすず書房
¥1,890
詩人・長田弘(おさだひろし)は1939年福島県福島市生まれ。
『世界はうつくしいと』は、昨年、優れた現代詩に対して
与えられる三好達治賞を受賞した27編の詩を収めた詩集。
¥1,890
詩人・長田弘(おさだひろし)は1939年福島県福島市生まれ。
『世界はうつくしいと』は、昨年、優れた現代詩に対して
与えられる三好達治賞を受賞した27編の詩を収めた詩集。
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